さんくこすとこうか|sunk-cost effect|行動経済学
料金を払って映画を見始めましたが、どうも楽しめません。残りの時間は散歩をしたいと思います。それでも、「お金を払ったのだから、最後まで見ないともったいない」と席にとどまります。払い戻しがないなら、最後まで見ても途中で出ても、支払った料金は同じです。それなのに、支払い済みの料金が、これからの時間の使い方を左右しています。
すでに費やし、取り戻せない費用をサンクコストといいます。日本語では埋没費用と訳されます。サンクコスト効果は、それまでに使ったお金、時間、労力が、物事を続けたり、購入済みのものを利用したりする方向へ判断を動かす現象です。
取り戻せない費用と、これから変わること
映画の途中でいま変えられるのは、残りの時間の使い方です。続きを楽しめそうなら、それは見る理由になります。散歩のほうが心地よさそうなら、散歩に切り替えることも選択肢に入ります。どちらを選んでも返ってこない料金は、両方に共通する過去の支出として残ります。
返金を受けられる契約なら、判断に含める金額が変わります。途中でやめたときに戻るお金は、やめる選択によって受け取れるものです。解約に新たな料金がかかるなら、それも今後の費用になります。経済的な判断では、このように選択によって増えたり減ったりする費用と、得られるものを比べます。
たとえば、机の制作に合計十一万円かかるとします。十万円を支払い済みで、完成にあと一万円かかる場合と、一万円を支払い済みで、あと十万円かかる場合では、これから必要なお金が違います。完成品の価値が同じでも、続けるかどうかの条件は変わります。「十一万円の机」と総額だけを眺めていると、支払い済みの金額と、これから支払う金額が混ざってしまいます。
楽しい旅行より、高く払った旅行
心理学者ハル・アークスとキャサリン・ブルーマーは、1985年の論文で、学生が二つのスキー旅行から選ぶ架空の課題を報告しました。先にミシガンへの旅行券を一〇〇ドルで買い、数週間後にウィスコンシンへの旅行券を五〇ドルで買います。後者のほうが楽しめると思っていたところ、二つの日程が同じ週末だと気づきます。どちらの券も返品や転売はできず、一方しか使えません。
この問いに答えた六十一人のうち三十三人は、一〇〇ドルのミシガン旅行を選びました。楽しさでは劣ると設定されていた旅行です。どちらを選んでも、支払った合計一五〇ドルは変わりません。残る二十八人は、より楽しめるウィスコンシン旅行を選びました。
五〇ドルの旅行を選ぶと、一〇〇ドルの券を使わずに終えます。一〇〇ドルの旅行を選べば、使わずに終わるのは五〇ドルの券です。この金額の違いが、「どちらの旅行を楽しめそうか」という期待とぶつかります。アークスらは、高いほうの券を使うことで、より大きな無駄を避けられたように感じる、と説明しています。
この節の出典:B1
参考記事→損失回避
支払いと、その先の楽しみを結びつける
経済学者リチャード・セイラーは、お金の出入りを目的ごとに分け、頭の中で収支をつける「心的会計」という考え方で、こうした判断を説明しました。旅行券を買った支出は、その旅行を楽しむことと一組になります。券を使わず終えると、支出だけが残ったように感じられます。旅行に行けば、支払った分に見合う経験を得られるかもしれません。
この考え方では、ほかの予定を楽しめたとしても、使わなかった旅行券への惜しさは残ります。散歩や別の外出で楽しい時間を過ごすことと、券に払ったお金を無駄にしたという気持ちが、頭の中では別々に扱われるからです。目の前の選択で得られる楽しみだけを比べるのが難しくなります。
実際の利用を調べた研究もあります。アークスらは、劇場のシーズン券を買う意思を示した人に、通常価格か、二種類の割引価格のいずれかで券を販売しました。価格は購入者の好みと関係なく、あらかじめ無作為に決めた順番で割り当てました。観劇できる公演は共通していました。
回収した半券を数えると、前半の五公演では、通常価格のグループが各割引グループより多くの券を使っていました。後半の五公演では、その差は確認されませんでした。半券には、本人用に加えて同伴者用の券も含まれていました。
セイラーは、支払ってから時間がたつにつれ、支出が利用の判断で持つ重みが薄れるという考え方を紹介しています。買った直後には「せっかく払った」と感じた券も、何か月もたつとそれほど気にならなくなることがあります。
自分の選択を、正しかったことにしたい
購入済みの券を使う場合、利用する権利はすでに手に入っています。開発中の計画では、完成させるためにさらにお金や時間を入れることになります。すでに使ったお金や時間を惜しむ気持ちは、こうした追加の支出や労力の判断にも関わります。
仕事の計画や開発では、自分が始めると決めたことへの責任も加わります。中止すれば、最初の判断が誤りだったと認めるように感じます。もう少し資源を投入して成功させられれば、それまでの選択にも意味を持たせられます。このように、過去の判断を正当化したい気持ちから、計画を続けようとすると考えられています。
バリー・ストーは、1976年に、経営を学ぶ大学生二百四十人に、企業の資金配分を模した課題を行ってもらいました。最初に二つの事業部の一方を選んで資金を配分し、五年後という設定で業績を見て、次は二つの事業部に資金を振り分けます。最初の配分を前任者が決めたという条件も設けられました。
配分した事業部の業績がよくなるか悪くなるかも変えたところ、自分が選んだ事業部の業績が悪化した条件で、その事業部への追加配分が最も大きくなりました。
うまくいかない方針への関与を深めていくことは、コミットメントのエスカレーションと呼ばれます。すでに使った費用への惜しさに、自分の判断を正しかったことにしたい気持ちが重なると、撤退を選びにくくなることがあります。
参考記事→事後合理化
完成への近さも、継続を後押しする
「ここまで来たから続ける」という言葉には、多くのお金を使ったという意味も、完成まであと少しという意味もあります。実際の計画では、支出が増える間に作業も進んでいるため、この二つは重なりやすいです。
ガーランドとコンロンは、1998年の研究で、過去の支出と完成度を別々に変えた課題を用いました。その一つでは、銀行の管理職に、融資先の設備改修について判断してもらいました。融資先の競争条件が悪化したという情報も示されていました。すでに融資した額は二百万ドルか八百万ドル、完成度は二〇%か八〇%です。次に求められる融資額は、どの条件でも二百万ドルでした。
百六人の回答を分析すると、完成度が高い条件ほど、追加融資を認める意向が強くなっていました。過去の支出が多いほど追加意向が強まる効果は、この課題では確認されませんでした。研究者たちは、完成に近づくにつれて、収益を得るという当初の目的よりも、完成させること自体が優先される可能性を論じています。
机の制作をやめても、すでに作った部品を別の仕事に使えるなら、その部品には今の価値があります。完成までの一万円を出して机を使うか、その支出をやめて部品を棚づくりへ回すかを考えます。支払い済みの十万円は戻らなくても、手元にある部品から得られるものは、これからの選択によって変わります。
出典
- B1 Hal R. Arkes & Catherine Blumer (1985). The Psychology of Sunk Cost. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35(1), 124–140. DOI: 10.1016/0749-5978(85)90049-4
- B2 Richard Thaler (1980). Toward a positive theory of consumer choice. Journal of Economic Behavior & Organization, 1(1), 39–60. DOI: 10.1016/0167-2681(80)90051-7
- B3 Richard H. Thaler (1999). Mental accounting matters. Journal of Behavioral Decision Making, 12(3), 183–206. DOI: 10.1002/(SICI)1099-0771(199909)12:3<183::AID-BDM318>3.0.CO;2-F
- B4 Barry M. Staw (1976). Knee-deep in the big muddy: A study of escalating commitment to a chosen course of action. Organizational Behavior and Human Performance, 16(1), 27–44. DOI: 10.1016/0030-5073(76)90005-2
- B5 Howard Garland & Donald E. Conlon (1998). Too Close to Quit: The Role of Project Completion in Maintaining Commitment. Journal of Applied Social Psychology, 28(22), 2025–2048. DOI: 10.1111/j.1559-1816.1998.tb01359.x
- B6 Stefan Roth, Thomas Robbert & Lennart Straus (2015). On the sunk-cost effect in economic decision-making: a meta-analytic review. Business Research, 8, 99–138. DOI: 10.1007/s40685-014-0014-8