ぜんていどうがんはんしゃ|vestibulo-ocular reflex; VOR|感覚・運動制御
駅の通路を歩きながら、前方の時計を見ます。歩くたびに頭は少し揺れますが、針を見続けることができます。頭の動きに合わせて眼球も動き、像が大きくぶれるのを抑えているからです。前庭動眼反射は、内耳で受け取った頭の動きの情報をもとに、視線を安定させる眼球運動を生み出す反射です。英語のvestibulo-ocular reflexを略して、VORとも呼ばれます。
同じ場所を見ているとき、目は動いている
壁の時計を見たまま顔を少し右へ向けると、眼球は顔に対して左へ動き、視線は時計に残ります。これは頭を基準にした目の動きで、外から見れば、視線の方向を大きく変えないための調節です。眼球の奥には、光を受け取る網膜があります。眼球が頭と一緒に向きを変えてしまうと、時計の像は網膜の上をずれていきます。前庭動眼反射は、このずれを小さくします。網膜のうち、視線の中心にあたる中心窩(ちゅうしんか)は、細かい形を見分けるのに適しています。像をこの付近に保つことで、動いていても時計の針や文字を見続けやすくなります。
左右は本人基準。矢印は頭の回転と頭に対する目の動き、破線は視線です。精密解剖・定量計測図ではありません。
頭の動きを受け取る内耳
耳の奥にある内耳には、頭の回転を受け取る半規管があります。左右それぞれに三つあり、異なる向きに配置されています。顔を左右へ向ける、うなずく、頭を横へ傾けるといった回転についての情報を受け取ります。
半規管の中は液体で満たされています。液体には、急には動き方を変えない慣性という性質があります。頭が回り始めると、この性質によって、クプラというゼリー状の構造へ力がかかります。クプラの変形に伴って、感覚を受け取る有毛細胞からクプラへ伸びた毛束が曲がり、前庭神経を通る信号が変わります。右へ顔を向ける回転では、右の水平半規管からの信号が増え、左側からの信号は減ります。
内耳には、重力や直線的な加速度を受け取る耳石器もあります。歩くときの頭の上下動や横への移動に合わせて視線を保つ際には、耳石器からの情報も使われます。前庭動眼反射には、回転に対応するものと、直線的な移動に対応するものがあります。
耳から眼球の筋肉へつながる回路
前庭神経の信号は、脳の下部にある脳幹へ入り、前庭神経核という神経細胞の集まりへ届きます。そこから、眼球を動かす筋肉に信号を送る神経細胞へ伝わります。眼球の外側につくこれらの筋肉が、外眼筋です。例えば顔が右へ回ると、左目を外側へ向ける外直筋と、右目を内側へ向ける内直筋の活動が高まり、両目は頭に対して左へ動きます。同時に、目を逆向きに動かす筋肉の活動は抑えられます。内耳から脳幹を経て外眼筋へ届く短い経路が、この反射の速さを支えています。対象の位置を毎回意識して考えなくても、頭の動きに応じた眼球運動が起こります。
参考記事→求心性線維
頭の動きに、どれくらい速く応じるか
前庭動眼反射は、頭の急な動きにも素早く応じます。オーらは、12人の健常者に正面の画面上の目標を見てもらいました。研究者が参加者の頭を素早く回し、頭と眼球の動きを記録しました。回すタイミングと方向は、参加者が予測できないようにしています。頭側は眼鏡の枠、眼球側は左目に取り付けた小さなコイルを使い、それぞれの向きの変化を測っています。
頭と目の速度の記録を時間的にずらして重ね合わせると、目の動きがどれほど遅れているかを推定できます。この方法で調べた遅れは、顔を左右へ向ける回転では平均約7.5ミリ秒、うなずく方向では約7.6ミリ秒でした。ミリ秒は、1秒の1000分の1です。
この反射は、視野の像が動いたという情報を待たずに、内耳からの入力を利用できます。光のない暗所でも、頭の動きに応じた眼球運動が生じます。
視覚による追跡と組み合わさる
テーブルの上をゆっくり動く小さな玩具を目で追うときは、滑動性追跡眼球運動が使われます。対象の動きについての視覚情報を使い、なめらかに追う動きです。日常では、内耳の情報と視覚情報を組み合わせながら、頭を動かしてものを見ています。前庭動眼反射は速い頭の動きへの対応に優れています。一方、ゆっくりした動きや、同じ速さで長く続く回転では、視覚による調節が視線の安定を補います。視野全体の動きに応じる眼球運動もあります。例えば電車の窓から横へ流れる景色を眺めると、目は景色を追ったあと、素早く向きを戻します。景色に合わせて、追う動きと戻る動きを繰り返す反応が視運動性眼振です。
この節の出典:O_S4
参考記事→多感覚統合
頭と一緒に動くものを見るとき
見る対象によっては、頭と同じ方向へ視線を移す必要があります。例えば、小さなカードを顔の前の同じ位置に持ち、頭・腕・上半身を一緒に横へ向ける場面です。カードが頭と一緒に動くのに、眼球だけが逆向きに動き続けると、視線はカードから外れてしまいます。このときは、頭の動きを打ち消す眼球運動が弱まって、対象を見続けられます。これが前庭動眼反射の抑制、またはキャンセルです。人を回転台に乗せた実験でも、頭と一緒に動く目標を見ているときは、回転の速さの変わり方に応じて反射の抑制の程度が変わりました。この調節には、視覚で対象を追う働きも関わります。ボディワークで顔を向けるときも、部屋の一点を見続けるか、顔と一緒に視線を移すかによって、必要な目の動きは変わります。
目標までの距離も関係する
頭が回る速さに対して、眼球がどれほどの速さで逆向きに回るかを表す比率を、前庭動眼反射のゲインと呼びます。1なら頭と眼球の回転の速さが同じで、0.5なら眼球の速さが頭の半分という意味です。遠くの固定した目標を見て、顔を左右へ向ける場合は、両者の速さが近い、ゲイン1前後の応答が視線を保つのに役立ちます。
頭を左右へ回すと、眼球は向きを変えるとともに、頭の回転中心の周りを移動します。近くの目標ほど、この位置の移動によって目標の見える方向が大きく変わります。そのため、近くの固定目標を見続けるには、同じ頭の回転でも、より大きな眼球運動が必要になる場合があります。
カストロらは、健常者18人で、目標を150センチから10センチまで異なる距離に置いて調べました。目標が近づくほど、測定されたゲインは大きくなりました。この実験では、頭を短く素早く動かしたときの眼球運動をカメラで記録する、ビデオヘッドインパルステストを用いています。
経験に応じて調整される反射
前庭動眼反射の働きは、経験に応じても変わります。ゴンショーとメルヴィル・ジョーンズは、4人の成人に左右の見え方を反転させるプリズムを装着してもらい、その条件で過ごす間の反射の変化を調べました。装着期間は、それぞれ2日、6日、7日、27日でした。
実験中は定期的に、暗所で身体を左右へ回転させ、ゲインを測りました。4人とも、初めの2日間にゲインが低下していました。プリズムを外して通常の見え方に戻すと、ゲインは時間をかけて回復しました。見え方が変わった状態で過ごした経験が、暗所で生じる反射にも現れていたのです。
前庭動眼反射のこうした調整には、脳の後下部にある小脳を含む神経回路が関わっています。
関連語
- 前庭覚:頭の動きや重力に関わる感覚。
- 半規管:頭の回転を受け取る内耳の器官。
- 耳石器:重力と直線加速度を受け取る器官。
- 神経可塑性:経験などに伴って神経系の構造・働きが変わる性質。
- 滑動性追跡眼球運動:動く対象をなめらかに追う眼球運動。
参考文献
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