神経可塑性

Oct 23, 2026

しんけいかそせい|Neuroplasticity|神経と学習

神経可塑性とは、経験や周囲の条件に応じて、神経系の働きや構造、細胞同士のつながりが変化する性質です。「しんけいかそせい」と読みます。経験によって生じた変化は、その後の神経系の働きにも関わります。

初めて使うキーボードでは、キーを探して指を伸ばし、画面で打ち間違いを確かめます。繰り返し同じ言葉を打つうちに、少しずつ指を動かしやすくなることがあります。こうして動きを覚える経験には、感覚を受け取り、運動を組み立てる神経の働きが関わっています。

神経可塑性は、成長、学習、損傷後の変化などを扱う研究で使われます。大人になって新しい動きを学ぶことも、その研究対象の一つです。

この節の出典:N_S1 N_P1

神経可塑性キーボード練習の例から、経験に応じ神経系の働きやつながりが変わる性質を理解する代表図。
キーボード練習の例から、経験に応じ神経系の働きやつながりが変わる性質を理解する代表図。

日常例の模式図。描かれた人物の脳の変化を測定した場面ではない。

指を動かすとき、神経の中では

キーボードへ指を伸ばすとき、目はキーの位置を捉え、筋肉や皮膚からは指の位置や接触についての情報が届きます。脳や脊髄では、それらの情報を受け取り、筋肉へ運動の指令を送っています。神経系は、このような情報のやり取りを担う仕組みです。

参考記事→求心性線維

その働きを担う細胞の一つが、神経細胞(ニューロン)です。ほかの細胞から情報を受け取る枝のような部分や、離れた場所へ信号を伝える長い突起があります。多くの神経細胞が互いにつながり、回路を作っています。

細胞から別の細胞へ情報を渡す接点は、「シナプス」と呼ばれます。化学シナプスでは、神経細胞の末端に信号が届くと、神経伝達物質が放出されます。相手の細胞にある受容体がその物質を受け取り、細胞の電気的な状態が変わります。こうしたやり取りが、感覚や運動を支えています。

この節の出典:N_S4 N_S5 N_S7

身体の動かし方を覚えていく

ボディワークで慣れない順番に腕を動かすとき、途中で止まり、一つ前の位置に戻って確かめることがあります。どこを先に動かすかが分かるにつれ、次の動きへつなげやすくなります。

たとえば、肘を曲げてから肩の高さへ腕を運ぶ動きと、腕を前へ出してから肘を曲げる動きでは、手が通る場所も、途中で感じる腕の位置も変わります。腕を運ぶ間、筋肉や皮膚からは動いた結果の情報が戻ってきます。

手がどこまで進み、肘がどのくらい曲がったかを感じながら、次の位置へ腕を運びます。動作の間には、感覚を受け取り、動きを組み立て、その結果を再び受け取るやり取りが続いています。

この節の出典:N_S1 N_S5 N_S7

シナプスで、情報の伝わり方が変わる

シナプスでは、それまでの活動に応じて、次に信号が来たときの応答が変化することがあります。ある細胞から同じ程度の入力が届いても、受け取る細胞への影響が以前より大きくなったり、小さくなったりします。このような変化は「シナプス可塑性」と呼ばれます。

シナプスでの伝達が持続的に強まる現象を「長期増強(LTP)」、持続的に弱まる現象を「長期抑圧(LTD)」と呼びます。どちらも、神経細胞の活動に伴う変化として研究されてきました。

神経回路には、多くの細胞から情報が集まります。ある接点では伝達の影響が強まり、別の接点では弱まることで、同じ情報が入っても回路の応答が変わることがあります。シナプス可塑性は、経験が神経系に残る仕組みを考えるうえで重要な現象です。

動物の脳組織を使った長期増強の実験では、まず神経の経路にテスト用の刺激を与え、受け取る側の細胞の応答を記録します。次に、その経路へ一定の条件で連続した刺激を与え、もう一度同じテストを行います。すると、以前より大きな応答が続くことがあります。前後の記録を比べることで、伝達の効き方の変化を確かめます。

この節の出典:N_S1 N_S2 N_S3

細胞のつながる形にも変化がある

神経細胞の枝のような部分を「樹状突起(じゅじょうとっき)」と呼びます。その表面に「スパイン」という小さな突起が見られるものもあります。スパインの多くには、ほかの神経細胞から情報を受け取るシナプスがあります。

神経可塑性を調べる研究では、伝達の効き方に加え、こうした構造の変化も観察します。顕微鏡で同じ場所を追い続けると、新しくできたスパインや、姿を消したスパインが分かります。何日も同じ位置に残るスパインもあります。

「神経のつながりが変わる」といっても、接点での信号の伝わり方が変わる場合と、接点を作る構造そのものが変わる場合があります。神経可塑性は、どちらの変化も含む言葉です。

変化が続く時間もさまざまです。細胞内のタンパク質の働きが変わる過程や、新しいタンパク質が作られる過程などが関わります。数秒間の変化を追う実験もあれば、日をまたいで同じ細胞を調べる実験もあり、短期から長期までの変化が研究されています。

この節の出典:N_S5 N_S6 N_P2 N_S1

大人が指の動きを覚える研究

Karniらは、大人が決められた順番で指を動かす練習を続けたとき、動作の成績と脳活動がどう変わるかを調べました。参加者は数週間にわたって練習し、指を動かす速さと正確さが向上しました。

脳活動の測定には、機能的MRIを使いました。脳の活動に伴う血液の酸素化の変化を、画像の信号として捉える方法です。この研究で注目したのは、体を動かすことに関わる大脳の領域「一次運動野(いちじうんどうや)」です。

練習を始める前は、練習する順番と、練習しない順番で、画像上に活動の信号が見られる範囲は同程度でした。4週間後には、練習した順番で動かしたときに信号が見られる範囲が、練習しなかった順番より広くなりました。大人の運動野にも、特定の動作を学ぶ経験に伴う変化が見られたのです。

この節の出典:N_P1

参考記事→運動野

マウスの運動野で観察された変化

Xuらは、マウスに前足を伸ばして餌を取る動作を覚えさせ、神経細胞の小さな構造の変化を調べました。一部の神経細胞を蛍光で見えるようにし、二光子顕微鏡で生きたマウスの運動野を観察しました。練習の前後で同じ樹状突起を繰り返し撮影し、スパインの変化を追ったのです。

新しい動作を学ぶ時期には、スパインの形成が増え、その一部は後まで安定して残りました。一方、練習を続ける間に、以前からあるスパインが失われることも観察されました。学習の過程では、構造が新しく作られるだけでなく、残るものと失われるものがあったのです。

若い時期にこの動作を覚えたマウスを約4か月後に再び調べると、再開した最初の日から高い成功率で餌を取れました。同じ研究では、最初の学習中にできたスパインの一部が、数か月にわたり残る様子も捉えられています。

この節の出典:N_P2 N_P1

覚えた動きには、練習した内容が表れる

同じ指でも、動かす順番が違えば、指から指へ移る組み合わせも変わります。先ほどのヒトの研究では、練習による成績の向上は、別の順番や反対の手へそのまま広がりませんでした。参加者が覚えたのは、練習してきた具体的な動きだったのです。

キーボードでも、慣れた配列なら、よく使う言葉を続けて打てます。キーの位置が変わると、以前の位置へ指を伸ばして打ち間違えることがあります。画面で間違いに気づいたら、キーの位置を確かめて打ち直します。新しい配列を使いながら、どの指をどこへ運ぶかを覚え直していきます。

関連記事

この節の出典:N_P1 N_S1

関連語

シナプス・運動学習・長期増強・長期抑圧

参考文献

  • [N_S1] Margetis K, Vadakekut ES. Neuroplasticity. In: StatPearls [Internet]. StatPearls Publishing; 2026. Updated May 24, 2026. 参照
  • [N_P1] Karni A, Meyer G, Jezzard P, Adams MM, Turner R, Ungerleider LG. Functional MRI evidence for adult motor cortex plasticity during motor skill learning. Nature. 1995;377(6545):155–158. doi:10.1038/377155a0. 参照
  • [N_S4] Purves D, Augustine GJ, Fitzpatrick D, et al., editors. Synaptic Transmission. Neuroscience. 2nd ed. Sinauer Associates; 2001. 参照
  • [N_S5] OpenStax. 12.1 Basic Structure and Function of the Nervous System. Anatomy and Physiology 2e. Rice University. 参照
  • [N_S7] Purves D, Augustine GJ, Fitzpatrick D, et al., editors. Mechanoreceptors Specialized for Proprioception. Neuroscience. 2nd ed. Sinauer Associates; 2001. 参照
  • [N_S2] Purves D, Augustine GJ, Fitzpatrick D, et al., editors. Long-Term Synaptic Potentiation. Neuroscience. 2nd ed. Sinauer Associates; 2001. 参照
  • [N_S3] Purves D, Augustine GJ, Fitzpatrick D, et al., editors. Long-Term Synaptic Depression. Neuroscience. 2nd ed. Sinauer Associates; 2001. 参照
  • [N_S6] Purves D, Augustine GJ, Fitzpatrick D, et al., editors. Plasticity of Mature Synapses and Circuits. Neuroscience. 2nd ed. Sinauer Associates; 2001. 参照
  • [N_P2] Xu T, Yu X, Perlik AJ, Tobin WF, Zweig JA, Tennant K, Jones T, Zuo Y. Rapid formation and selective stabilization of synapses for enduring motor memories. Nature. 2009;462(7275):915–919. doi:10.1038/nature08389. 参照
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