あとぢえばいあす|hindsight bias|行動経済学
楽しみにしていた屋外イベントが、雨で中止になりました。朝は晴れ間もあり、開催できるか迷っていたはずなのに、夕方になると「天気予報を見れば、中止になるのは分かった」と感じます。午前中に期待していたことや、雨雲がそれる可能性は、思い出の中で小さくなっています。 H1 H3
結果を知った後で、その結果を前もって予測できたはずだと感じやすくなる傾向を、後知恵バイアスといいます。英語ではhindsight biasです。終わった出来事を振り返ると、当時は入り交じっていた情報が、ひとつの結末に向かって並んで見えてきます。 H1 H3
結末だけを変える実験
この働きを実験で調べたのが、心理学者のバルーク・フィッシュホフです。1975年の研究では、参加者にあまり知られていない過去の出来事について短い文章を読んでもらいました。題材のひとつは、イギリス軍とグルカ兵の戦いです。参加者は、いくつかの結末がそれぞれどのくらい起こりそうかを判断しました。 H1
結末を知らされないグループもあれば、いずれかの結末が実際に起きたと教えられるグループもありました。参加者が報告された結末に与える確率は、結末を知らない人たちが同じ選択肢に与えた確率より高くなる傾向がありました。背景として読んだ文章が同じでも、最後の一行を知ることで、そこまでの出来事の見え方が変わったのです。 H1
文章には、イギリス軍の将校が敗北を経験して慎重さを学んだ、と書かれていました。イギリス軍が勝ったと知らされた人は、この情報を結末に関わる重要な要因として評価しました。グルカ側の勝利を知らされた人では、その評価が低くなりました。 H1
同じ研究の別の実験では、結果を知らなかった場合を想像して答えるよう求めました。それでも、知らされた結末を起こりやすいと見積もる傾向が残りました。 H1
過去の自分の予測も変わって見える
自分が以前に答えた予測についても、ずれが生じます。同じ1975年に発表されたフィッシュホフらの研究では、ニクソン米大統領による中国とソ連への訪問前に、そこで起こり得る出来事の確率を参加者に予測してもらいました。訪問が終わった後、今度は「自分はどのくらいの確率だと答えたか」を思い出してもらいました。 H2
参加者が実際に起きたと考えている出来事については、以前よりも高い確率を答えていたと記憶する傾向が見られました。起きなかったと思う出来事は、もともと低く予測していたことになりやすかったのです。最初の回答が記録されていたため、研究者は、当時の予測と後から思い出した予測を比べられました。 H2
たとえば、試合前には「勝つか負けるか分からない」と話していたのに、勝った後には「かなり勝てそうだと思っていた」と思い出します。そんな変化が、本人にとっては自然な記憶として起こり得ます。 H2
「分かっていた」に含まれる三つのこと
試合の前後を表す説明例です。記憶の変化・必然性の印象・予見可能性の印象という三分類は、連続する段階ではありません。
後知恵には、少しずつ異なる現れ方があります。ひとつは「私はそう予測していた」という、過去の判断の記憶の変化です。もうひとつは「この条件なら、そうなるしかなかった」という、出来事の必然性についての印象です。そして「自分には事前に見抜けたはずだ」という、その結果の予測可能性についての感覚もあります。 H3
ハルトムート・ブランクらは、選挙を題材に、以前の予測をどう思い出すかと、結果をどれほど予測できたと思うかを調べました。過去の予測を結果に近づけて思い出す傾向と、結果を予測できたと感じる傾向は、必ずしもそろって強くなるわけではありませんでした。 H3
たとえば、「優勝候補は別のチームだと予測していた」と正しく覚えていながら、試合後には「勝ったチームの調子を見れば、優勝は当然だった」と感じることがあります。 H3
結果に合う筋道が浮かびやすくなる
結果を知ると、人はそこに至った理由を探します。イベントが中止になれば、朝に見た黒い雲や予報の雨のマークが思い浮かびます。予定どおり開催できれば、同じ日の晴れ間や雨雲の切れ目が、うまくいった理由として目立つでしょう。結末に合う手がかりがつながるほど、流れはすっきりしたものになります。 H4
知識の更新や記憶の再構成は、後知恵を説明する手がかりになっています。たとえば、雨雲の動きを詳しく知れば、朝の空の写真からも雨の兆候を読み取れるでしょう。新しい知識を得ると、古い情報の意味も変わります。過去の判断を思い出す際にも、今ある知識が手がかりになります。「あのときの自分はどう考えただろう」とたどり直しているうちに、後から分かったことに沿って、以前の見通しを組み立て直すことがあるのです。 H4
参考記事→確証バイアス
デービッド・ワッサーマンらの実験では、結果を人の技量に結びつけて説明する場合と、予想できない嵐や地震などの偶然に結びつける場合を比べました。予想できない偶然が原因だとされた場合には、後知恵の影響が大きく弱まりました。結末がどのように説明されるかも、振り返りを左右します。 H5
答えを知ると、ぼんやりした絵も分かりやすい
「答えを知る前の見え方に戻る難しさ」は、画像を使った研究にも表れます。ダニエル・バーンスタインらは、身近な物のぼやけた画像が、少しずつ鮮明になる課題を子どもと大人に見せました。初めて見る画像では、何が写っているか分かったところで答えます。別の条件では、先に正解を知ったうえで、同じ年齢の、正解を知らない人ならどの段階で見抜けるかを判断しました。 H6
正解を知っていると、知らない人も実際より早い段階で分かるだろうと見積もる傾向が、子どもにも大人にも見られました。輪郭の曖昧な部分に、答えにつながる形を読み取れる自分の見え方が、相手の見え方の予想にも入り込むわけです。 H6
身近な例でいえば、ぼんやりした写真の答えが自転車だと教えられると、二つの丸い影が車輪らしく見えてきます。形がまとまって見える自分には、「このくらい見えれば分かる」と感じられます。歴史の実験でも、知らされた結末が、それ以前の情報を読み解く手がかりになっていました。 H6 H1
他人の判断を見るときにも
後知恵は、自分の過去だけでなく、他人の判断を振り返るときにも働きます。連絡を待って出発した人が約束に遅れると、事情を後から聞いた側は「待っていたら間に合わないと分かったはず」と感じるかもしれません。実際に判断した時点では、連絡がすぐ来る見込みや、移動にかかる時間が、まだ確かではありませんでした。 H1 H6
結果を知る側には、当事者が持っていなかった答えがあります。その答えから逆にたどると、いくつもあった小さな兆候のうち、結果につながったものが特に重要に見えます。「なぜ気づかなかったのか」という疑問の中には、今の自分には見えているものを、そのときの相手にも見えていたと感じる働きが含まれます。 H1 H6
当時の迷いが残る記録
イベントの朝に「午前中は晴れ間があり、雨雲がそれるかもしれない。午後の予報を見て決める」とメモしていたとします。中止の知らせを聞いた後に読み返すと、雨を心配しながらも開催を期待していた自分が残っています。夕方にははっきり見える結末も、朝の時点では複数あった可能性の一つでした。 H2
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参考文献
- Fischhoff, B. (1975). Hindsight ≠ foresight: The effect of outcome knowledge on judgment under uncertainty. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 1(3), 288–299. 2003年公認再掲載。
- Fischhoff, B., & Beyth, R. (1975). I knew it would happen: Remembered probabilities of once-future things. Organizational Behavior and Human Performance, 13(1), 1–16.
- Blank, H., Nestler, S., von Collani, G., & Fischer, V. (2008). How many hindsight biases are there?. Cognition, 106(3), 1408–1440.
- Blank, H., & Nestler, S. (2007). Cognitive Process Models of Hindsight Bias. Social Cognition, 25(1), 132–146.
- Wasserman, D., Lempert, R. O., & Hastie, R. (1991). Hindsight and Causality. Personality and Social Psychology Bulletin, 17, 30–35.
- Bernstein, D. M., Atance, C., Loftus, G. R., & Meltzoff, A. (2004). We Saw It All Along: Visual Hindsight Bias in Children and Adults. Psychological Science, 15(4), 264–267.