しんたいせい|embodiment; corporeality|哲学
弾き慣れたピアノで曲を弾くとき、一本ずつ指の位置を確かめなくても、手は次の音へ向かいます。ところが、いつもと違う楽器では、鍵盤の重さや座面の高さが気になり、しばらく手探りになります。同じ楽譜を知っていても、身体と楽器の関係は、その場で整え直されます。 S1 S3
身体性とは、身体をもって知覚し、行動し、他者と関わっているという、私たちの経験や存在の基本的なあり方を指す言葉です。哲学では、とりわけ現象学がこの問題を詳しく扱ってきました。英語のembodimentやcorporealityに対応する場面があり、何を身体の問題として捉えるかは、分野や思想家によって広がりを持ちます。 S2 S3 S7
ピアノを弾く人には、鍵盤が「次の音を出せる場所」として感じられます。手が届く範囲、押したときの重さ、響いてくる音が、演奏の中で結びついています。身体性を論じる現象学は、こうした本人にとっての経験が、身体と周囲の物との関係の中でどのように成り立つかを考えます。 S1 S3
測られる身体、経験を生きる身体
自分の手は、長さや温度を測れます。机の上に置いて眺めれば、物の一つとして見ることもできます。同時に、その手で机の冷たさを感じたり、カップを持ち上げたりしています。身体は観察される側にも、世界を感じて働きかける側にも現れます。 S3
フッサールの現象学では、物体としての身体を表すKörperと、経験され生きられる身体を表すLeibという言葉が使われます。日本語では「物体的身体」「生きられた身体」などと説明されます。同じ身体について、測定できる物として見るか、何かを感じて行う本人の側から捉えるかに応じた言葉です。 S3 S4
『イデーンII』でフッサールは、自分の片手でもう一方の手に触れる経験を考察しました。右手で左手の表面をなぞれば、右手には左手の形や手触りが感じられ、左手には触れられている感覚があります。手は、触れられる物であるとともに、感じる場所としても経験されます。 S3 S4 S8
たとえば机の上を指でなぞるとき、机のざらつきとともに、指先に触れている感じがあります。フッサールは、こうした感覚が自分の身体のどこかに感じられることを、身体の経験を理解するうえで重視しました。机に触れる経験には、物を感じることと、自分の身体を感じることが重なっています。 S3 S8
世界は、できることと結びついて見える
メルロ=ポンティは1945年の『知覚の現象学』で、身体を通して世界へ向かう働きを中心に据えました。そこで重要になるのが「私はできる」というあり方です。たとえば目の前のコップは、色や形があるだけでなく、手を伸ばして取れるものとして現れます。 S1 S2
ここでの「できる」は、身体が物事へ取り組めるという基礎的な関わりを表します。ドアへ向かうとき、取っ手の高さに合わせて手が伸びます。椅子に座るときには、体の向きや足の位置が調整されます。こうした動きは、身体が状況に応じて取り組む中でまとまります。まだ動き始める前にも、手を伸ばせる、そこへ座れるという可能性が周囲の物と結びついています。 S1 S3
棚の上の本も、すぐに手が届く人にはそのまま取れる本として、届かない人には踏み台が要る本として現れます。同じ高さにある本でも、身体の能力や使える道具に応じて、近づき方や取り方が変わります。このように、空間は実際に何ができるかと結びついて経験されます。 S2 S3
また、椅子に座って見ている部屋には、こちらから見て右にある物、背後にあって振り返れば見える物があります。自分の身体がいる「ここ」を基に、前後や左右がまとまります。立ち上がったり振り返ったりすれば、机に隠れていた床や、背後の棚が見えてきます。身体を動かせることは、今の眺めから次の眺めへ移れることでもあります。 S3
習慣が作る、身体のなじみ
メルロ=ポンティは習慣について、タイプライターを使う人の例を挙げました。慣れた人は、キーの場所をすべて言葉で説明できなくても文章を打てます。言葉を入力する能力が、手の動きと鍵盤とのなじみとして身についています。彼はこれを、身体が新しい意味を身につけることとして考えました。 S1
同じ著作には、熟練したオルガン奏者が、使い慣れないオルガンに短い練習でなじむ例も出てきます。奏者は席に座り、ペダルを踏み、音色を変える装置を操作します。手や足を実際に動かしながら、その楽器で曲を演奏するための位置関係をつかんでいきます。メルロ=ポンティは、楽器全体が身体にとって使えるものになる過程に注目しました。 S1
そのなじみは、過去の経験が今の行動に残っていることでもあります。使い慣れた机では、引き出しへ自然に手が伸びます。引っ越して配置が変わると、しばらく以前の場所へ手を出してしまいます。身体の現在の動きには、それまで暮らしてきた場所や、繰り返してきた作業の履歴も含まれています。 S2
熟練した奏者が楽器になじむ例です。初心者の上達や実験的な効果を示していません。機械の細部を省いた概略図で、足鍵盤の正確な配列や運指・運足、特定機種の構造を教える用途には適しません。
身体が目立たないとき、目立つとき
作業に夢中なとき、注意は弾いている曲や書いている文章へ向かっています。演奏している本人には、音の聞こえや指の動きが、自分にとっての経験として生じています。現象学の「反省以前の自己経験」は、自分の経験を取り出して考えるより前からある、この一人称的なあり方を指します。 S5
ここでいう「反省」は、自分の経験へ振り返って注意を向けることを指します。演奏中の指の感覚をあらためて確かめるときには、それまで曲を弾く中で感じられていた動きが、注意して観察する対象になります。日常語の、失敗を悔やむという意味から少し離れた使い方です。 S5
靴の中の小石が足に当たれば、足裏の感覚が急に目立ち始めます。目的地へ向かっていた注意が、足裏や靴へ移ります。歩いているあいだ背景にあった身体の感触が、その後の動き方を考える中心になります。身体がどのように感じられるかは、取り組んでいることや、その場で起きることとともに変わります。 S3 S5
動き方には、人との関係も重なる
身体の経験には、社会の中で身につけた振る舞いも含まれます。挨拶のときにどのくらい近づくか、相手に話しかける前にどう姿勢を変えるかということです。親しい人には自然に近づけても、初対面の人には少し距離を取り、相手の反応を見ながら話し始めることがあります。人との関係が、その場での身の置き方や動き方に現れます。 S3
演奏者が一人で練習するときには曲へ向かっていた注意が、人前では、手の動きがどう見えるかにも向かうことがあります。音を出している本人の経験に、観客から見られているという経験が加わります。誰の前で演奏するのかによって、同じ動作をするときのためらいや、動きへの注意の向け方も変わりえます。 S5
哲学者アイリス・マリオン・ヤングは1980年の論文で、当時の先進的な産業・都市・商業社会に生きる女性の動きや空間の使い方を考察しました。ボールを投げることなどを手がかりに、身体を動かそうとしながら、その動きを自分で抑えてしまう状況を論じました。 S6
ヤングは、このためらいを、育ち方や周囲の期待、女性の身体が他者から眺められ評価される社会状況と結びつけました。動作を試す機会がどう与えられ、どのような振る舞いが求められてきたかが、その人にとっての「できる」に関わります。 S6
参考記事→ボディイメージ
身体化認知とのつながり
身体性という問題は、認知科学にも受け継がれています。身体化認知は、身体の形や動き、環境との関わりを含めて、知覚・記憶・思考などを説明しようとする研究のまとまりです。現象学の身体論は、その思想的な源流の一つになりました。 S7
たとえば道具を使う技能なら、本人にどのように道具が感じられるかを記述する問いがあります。そこから、道具を使う条件を変えると動作や判断がどう変わるかという実験的な問いへも進めます。身体をもって経験することへの理解が、知覚や思考を調べる研究の着眼点にもなります。 S7
関連語
現象学、身体化認知、志向性、身体図式、身体所有感、アフォーダンス
出典
- S1:Maurice Merleau-Ponty. Phénoménologie de la perception(知覚の現象学). Colin Smith訳 Phenomenology of Perception, 1962; Routledge Classics版2002
- S2:Ted Toadvine. Maurice Merleau-Ponty. Stanford Encyclopedia of Philosophy
- S3:Elizabeth A. Behnke. Edmund Husserl: Phenomenology of Embodiment. Internet Encyclopedia of Philosophy
- S4:Edmund Husserl; Marly Biemel編. Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie. Zweites Buch(イデーンII), §§36–37. Husserliana IV. 英訳 Richard Rojcewicz / André Schuwer, 1989
- S5:Shaun Gallagher; Dan Zahavi. Phenomenological Approaches to Self-Consciousness. Stanford Encyclopedia of Philosophy
- S6:Iris Marion Young. Throwing Like a Girl: A Phenomenology of Feminine Body Comportment, Motility and Spatiality. Human Studies 3, 137–156. DOI: 10.1007/BF02331805
- S7:Lawrence Shapiro; Shannon Spaulding. Embodied Cognition. Stanford Encyclopedia of Philosophy
- S8:Eftichis Pirovolakis. Derrida and Husserl’s Phenomenology of Touch: “Inter” as the Uncanny Condition of the Lived Body. Word and Text 3(2), 99–118