にひりずむ|nihilism|哲学
ニヒリズムは、生きる意味や価値の根拠をめぐる言葉で、日本語では「虚無主義」と訳されます。人生や世界に究極的な意味はないとする立場を指す場合もあれば、信じてきた価値が力を失い、何を目指せばよいか分からなくなる状況を指す場合もあります。 N1 N2 N3
進学し、仕事を覚え、評価を得る。目の前の目標を達成してきた人が、あるとき「そもそも、なぜこれを目指してきたのだろう」と立ち止まることがあります。次の目標を探しても、選ぶ理由が見つからない。それまで自分を動かしていた「よい人生」の姿が、急に遠く感じられるのです。
「何をすればよいか」を考える土台には、「何に価値があるか」という理解があります。ニヒリズムを深く論じた19世紀の哲学者ニーチェは、この土台の揺らぎを、ヨーロッパの文化全体に関わる問題として捉えました。 N2
何が「ない」とされるのか
ニヒリズムの語源にあるラテン語のnihilは、「無」や「何もない」を意味します。英語ではnihilismです。哲学では、生の意味や道徳の根拠など、いくつかの領域でこの言葉が使われます。 N1
人生そのものに意味や目的は備わっていないとする立場を、実存的ニヒリズムと呼びます。客観的な道徳的価値や正しさの存在を認めない立場は、道徳的ニヒリズムと呼ばれます。前者が問うのは「生きる意味」、後者が問うのは「善悪の根拠」です。 N1
参考記事→実存
ニーチェが特に注目したのは、人々を長く支えてきた価値が、信じられなくなる過程です。何かに価値があると判断していた、その基準自体が疑われていきます。 N2 N3
「神は死んだ」が告げる出来事
1882年に刊行されたニーチェの『悦ばしき知識』には、明るい朝にランプをともして市場へ駆け込み、神を探す男が登場します。市場には、すでに神を信じていない人々がいて、男を笑います。男は彼らに向かい、「神は死んだ」と告げ、自分たちが神を殺したのだと語ります。 N4
男の言葉には、地球を太陽から切り離したらどうなるか、上や下という方向さえ失われるのではないか、という問いが続きます。太陽や地平線のたとえは、生きる方向を定めていた基準を失う出来事の大きさを伝えています。神を信じなくなった人々も、その影響をまだ十分に受け止めていません。そこで男は、自分が来るのは早すぎたと言います。 N4
1887年の第2版で加わった第343節では、キリスト教の神をもはや信じられなくなってきた、という出来事が論じられます。揺らぐのは信仰だけでなく、それに支えられていた道徳や世界の捉え方です。何を善いとし、何のために生きるのか。ニーチェが描いたのは、こうした文化の土台の変化でした。 N5 N2
生の意味の否定、道徳的価値の否定、従来の価値の失効は異なる用法です。全用法の網羅や、単一の教義の提示を意図していません。市場は寓話の場面であり、特定の人の診断や、無神論者一般についての断定ではありません。
価値を測る物差しが揺らぐ
生前には公刊されなかった1887年秋のノートで、ニーチェはニヒリズムを、最高の価値が自らその価値を失っていくこととして捉えています。そして、目標が欠け、「なぜ」という問いへの答えがなくなる、と記しています。 N3 N2
ここでいう「最高の価値」は、他のものの価値を測る基準を支えるものです。「神の意志にかなうから、その行いは善い」「救いにつながるから、苦しみに耐える意味がある」。このように、さまざまな行為や経験を一つの目的へ結びつけます。 N5 N2
多くの価値が一つの支えに結びついていると、その支えを信じられなくなることが、生きること全体への問いにつながります。何を成し遂げても、「それで、何になるのか」が残る。これまでの答えが通用せず、新しい答えを探す基準も見えにくくなるのです。 N3 N5
苦しみに意味を与える理想
価値が人を支える働きについて、ニーチェは『道徳の系譜』の第三論文でも考えています。人は苦しみの中で、「なぜ苦しむのか」「この苦しみにはどんな意味があるのか」を問います。そこで彼が取り上げるのが、欲望や感覚的な喜びを抑えることに高い価値を置く、禁欲的な理想です。 N8
ニーチェによれば、禁欲的な理想は苦しみを罪と結びつけ、自分の境遇を理解するための説明を与えます。苦しみに目的を見いだせれば、そこへ向かって生きようとする意志も保たれます。ニーチェは、この理想が長く人々を支えてきた力に注目しました。 N8
同時に、この世の感覚や欲望、変化する生を低く評価し、そこから離れることを理想にすると、生きる力が生そのものへ背を向けていく、と考えました。生きる目的を与える価値の中にも、現実の生を否定する方向が含まれうるのです。 N8
ニーチェは、人々を支えてきた理想が、どのような生き方を育てるのかを問いました。価値の由来をたどり、その価値そのもののよさを問い直すことが、彼の哲学の大きな仕事です。 N8 N2
真実を求めた結果、信仰が問われる
価値を内側から揺さぶる力として、ニーチェが注目したのは誠実さです。キリスト教が育てた「うそをつかず、真実を求める」という姿勢が、やがてキリスト教自身に向けられると考えました。 N6
『悦ばしき知識』第357節では、この姿勢が科学的な知的良心へと受け継がれてきた、と論じられています。世界の出来事を神の配慮や計画として理解してきた人々が、その説明にはどんな根拠があるのかを厳しく問います。信仰の中で大切にされていた誠実さが、信仰を問い直す力にもなります。 N6
キリスト教による世界の意味づけを信じられなくなると、「そもそも世界に意味はあるのか」という問いが現れます。ニーチェは、ヨーロッパが長い時間をかけて向き合う問題として、この問いを示しました。 N6
価値を失ったとき、人はどう向かうのか
1887年秋のこのノートには、「能動的ニヒリズム」と「受動的ニヒリズム」という呼び方も出てきます。古い価値を信じられなくなったとき、精神の力がどのような状態にあるかに注目した区別です。 N3
能動的ニヒリズムは、精神の力が増し、これまでの目標や信念を不十分と感じるようになったことの表れになりえます。古い権威を壊す力が強く働きます。このノートには、新しい目標を自ら定める力が足りない、という面も記されています。 N3
受動的ニヒリズムでは、精神の力が疲れ、以前の目標や価値を信じられなくなります。価値や目標のまとまりが崩れ、安らぎや、苦痛を和らげてくれるものが求められます。この安らぎへの志向は、宗教や道徳、政治、芸術の形でも現れる、とニーチェは記しています。 N3
開かれた海へ向かう
『悦ばしき知識』第343節は、信仰の崩壊に続く暗い時代を予感しながら、新しい朝が来たような明るさも語っています。見通しの利かない海が、再び航海できる場所として開かれます。ニーチェは同じ変化の中に、危険と探究の可能性を見ていました。 N5
彼の著作には、生を新しく形づくる営みも描かれています。第290節で語られるのは、自分の性格に様式を与えるという技です。自分の強さや弱さを見渡し、それぞれを一つの構想の中へ組み込んでいきます。取り除けない性質も、意味づけを変えて全体の中に位置づけます。作品を仕上げるようなこの仕事には、長い練習と日々の労力が必要だとされます。 N7
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関連語
ルサンチマン/価値の転換/禁欲的理想/実存主義/不条理
参考文献
- ニーチェ『悦ばしき知識』第125・290・343・357節。確認した公開版はThomas Commonによる1910年英訳。
- ニーチェ『道徳の系譜』序文第3・5・6節、第三論文第28節。確認した公開版はHorace B. Samuelによる1913年英訳。
- ニーチェ「[1887年秋の遺稿9[35]](https://ksa.apoliteia.ru/12_9)」KSA第12巻350–352頁(独文転載)。
- R. Lanier Anderson, Friedrich Nietzsche, Stanford Encyclopedia of Philosophy.
- Alan Pratt, Nihilism, Internet Encyclopedia of Philosophy.
日本語表記について:本文は、上記の英訳・独文を参照して作成した要約と説明です。特定の刊行邦訳からの引用ではありません。