開放系と閉鎖系シリーズ|生成・固定・再生成 第3回(全4回)
ここまで、経験から構造が生まれ、その構造が次の活動を方向づける循環を見てきました。この記事では、ある人や世代が作った構造が、次の人には最初から存在する環境になることを考えます。制度や伝統が私たちを助ける一方、選択肢も制約する理由を理解するための重要な接続点です。
ある世代が作った言語、制度、技法は、次の世代には最初から存在する環境として現れます。構造が次の環境になる重層化を扱います。
形成された内部モデルは、その後の活動を効率化する一方、可能性を制約します。
閉鎖系では垂直発展が起こる
開放系では、探索の対象が外部世界へ広がりやすくなります。
新しい問題 → 新しい方法 → 新しい対象 → 新しい領域
という 横方向の展開 です。
一方、閉じたフィードバックループでは、すでに成立した対象について内部の複雑性が増します。
技術 → 技術の解釈 → 教授法 → 教授法の規則 → 規則の思想 → 思想の解釈 → 解釈史
これを、
意味世界の垂直発展
と呼ぶことができます。
垂直発展は再帰的である
この垂直発展では、
構造が次の構造形成の対象になる
という点が重要です。
一次構造ができると、その一次構造について考える二次構造ができます。二次構造ができると、それを整理する三次構造ができます。
技術 → 教授体系 → 資格制度 → 資格制度を管理する組織 → 組織の規則 → 規則についての解釈
これは、
メタ → メタメタ → メタメタメタ
という再帰的な構造形成です。
内部モデルが次の環境になる
垂直発展と並ぶ、もう一つの重層化があります。
ある段階で形成された内部構造は、それだけで終わりません。 次の主体にとっては、それ自体が外部環境になります。
言語を考えてみます。ある時代の人々の相互作用から言語が形成されたとしても、次世代の子どもにとって言語は「自分が作った内部モデル」ではありません。すでに存在する外部環境です。子どもはその言語環境のなかで認識や行動を形成します。
人々の相互作用 → 言語という構造 → 言語が次世代の環境になる
↓
その環境で新しい認識・文化が形成される
ここでいう垂直発展と環境化は、別のものです。 前者は同じ主体が自分の作った構造を対象として考え続けることで積み上がります。後者は主体が入れ替わることで、構造の位置づけが内部から外部へ変わります。どちらも重層化ですが、機構が違います。
制度も同じ構造をもつ
制度も同じです。
過去の人々が、問題 → 試行錯誤 → 制度形成という過程を経ます。しかし次世代にとって、その制度は自分たちが選択したものではなく、最初から存在する環境になります。法制度、税制度、学校制度、雇用慣行、資格制度などがそうです。
そこで人々は、その制度に適応して行動します。その行動がさらに新しい慣習・組織・制度を生みます。
したがって、
ある階層の内部モデルは、次の階層では外部環境になる
という転換が起きます。
経路依存との接続
この発想は、歴史的制度論の 経路依存(path dependence) と近いものです。
歴史的制度論では、ある重要な分岐点で成立した制度的選択が、その後の主体のインセンティブ、資源配分、世界観などを形成することで、制度を固定化させることが論じられてきました [1] 。
ある時点では複数の選択肢がある
↓
一つの制度が成立する
↓
制度への投資・学習・利害が生じる
↓
制度が次の行動を制約する
これはこの記事における、
過去の探索結果が現在の制約となる
という構造の定義と近いものです。
国家も緩やかな対象にできる
このモデルは、国家についても限定的に適用できる可能性があります。
たとえばチャールズ・ティリーの国家形成論では、近世ヨーロッパにおける戦争と国家形成の相互作用が重視されました。ティリーは「戦争が国家を作り、国家が戦争を作った」と表現し、戦争を遂行するために徴税、軍事組織、行政能力などが発達していく過程を論じています。後続の研究でも、戦争と国家形成の関係は検証と論争の対象になっています [2] 。
この記事のモデルで捉えるなら、次の流れになります。
外部脅威・戦争 → 試行錯誤 → 徴税・軍事・行政の工夫 → 有効だった仕組みの固定
↓
国家制度
↓
官僚制
↓
制度自体を運営する二次ニーズ
国家も、
外部問題への適応によって形成された構造が、その後は市民・企業・組織にとっての環境になる
という例として見ることができます。
ただし国家形成には戦争以外にも経済、宗教、地理、社会構造など多数の要因があるため、ティリー型のモデルを国家一般の唯一の説明として扱うことはできません。
生物進化は限定的な類比にとどめる
自然世界全体へ理論を広げると議論が過度に複雑になるため、この記事では自然界を直接の対象とはしません。ただし生物進化には、本モデルと類似した構造があります。
生物進化では、遺伝的変異、環境との関係、自然選択、遺伝、集団内への形質の定着などを通じて、生物集団が世代を超えて変化します [3] 。
大まかには次の構造があります。
変異 → 環境との相互作用 → 選択 → 形質の安定化 → その形質を前提とした次の進化
ただし、生物進化には意図的な探索や内部モデルという概念をそのまま適用できません。したがってこの記事では、
「生成された構造が、その後の変化の制約条件になる」という限定的な類比
として扱います。
物質世界への一般化は留保する
自己組織化という現象そのものは自然科学にも存在します。プリゴジンの散逸構造論では、平衡から遠く離れた開放系において、環境とのエネルギー・物質の交換によって秩序だった構造が形成・維持されうることが示されました。そうした構造は、環境との交換が止まれば維持されません [4] 。
これは、
構造が環境との相互作用から生まれる
というこの記事の考え方と類似します。
しかし、物理的な自己組織化と、人間の認識・文化・制度の形成を同じ原理として直接に同一視することはできません。したがって現段階では、生物と国家までを緩やかな比較の対象とし、物質世界一般については背景的な類比にとどめます。
構造とは何か:過去の探索の履歴
ここまでの議論から、構造についてより精密な定義を置くことができます。
構造とは、過去に存在した複数の可能性のなかから、相互作用・試行錯誤・選択・設計などによって一部のパターンが安定化し、その後の可能性を拘束するようになったもの。
人間社会では、その生成の経路に自己組織化、意図的設計、両者の混合があります。
重要なのは、
現在の構造が、過去には一つの可能性にすぎなかった場合がある
という点です。成立した後では当然に見える制度や文化も、歴史的には多数の可能性のなかから形成された結果である場合があります。
構造化とは可能性空間の縮約である
この意味で構造形成は、
可能性空間の縮約
とも表現できます。
最初は多数の行動可能性があります。しかし、
探索 → 成功・失敗 → 特定パターンの選択 → 反復 → 制度化
が起こるにつれ、「普通はこうする」「これが正しい」「この方法を使う」という形で可能性が狭まります。
ただし、この縮約によって、その構造を前提としたさらに高度な可能性が開きます。したがって、
構造形成とは、ある水準の自由度を減らし、その上位に新しい自由度を生み出す過程
ともいえます。
構造が次の環境になることで入れ子構造が形成される
この原理を繰り返すと、入れ子構造が形成されます。
環境A → 探索 → 構造A
└→ 構造Aが環境Bになる → 探索 → 構造B
└→ 構造Bが環境Cになる → 探索 → 構造C
人間社会は、
過去に形成された構造を環境として、その内部にさらに新しい構造を形成する
ことで複雑になっていきます。
時間的発展と階層的発展
ここまでを整理すると、構造形成には二つの方向があります。
時間方向
生成 → 固定 → 再生成
同じシステムが時間のなかで変化する運動です。
| 局面 | 内容 |
|---|---|
| 生成 | 探索、自己組織化 |
| 固定 | 安定化、精密化、内部モデル化、制度化 |
| 再生成 | 外部環境との不一致による再探索 |
階層方向
環境 → 構造 → その構造が次の環境 → 次の構造
構造が重層化していく運動です。
前者を 循環・往復 、後者を 入れ子・重層化 と整理できます。
文化の垂直発展を重層モデルへ位置づける
これまでの議論で文化の垂直発展は、この重層モデルの一形態として位置づけられます。
ただしこれまでの議論では、垂直発展は 同じ主体が自分の構造を対象化し続ける ことで起こります。一方、環境化は 主体が入れ替わる ことで起こります。文化のなかでは、この二つが同時に進行します。ある世代が自分たちの体系を対象化して意味を積み上げ、その積み上がった体系が次の世代には最初から存在する環境になる、という形です。
この過程が長期間続けば、文化は非常に高密度な意味世界になります。
参考文献
4. Capoccia, Giovanni & Kelemen, R. Daniel. “The Study of Critical Junctures: Theory, Narrative, and Counterfactuals in Historical Institutionalism.” World Politics , 59(3), 341–369 (2007). 歴史的制度論における critical juncture と path dependence について。ある時点で成立した制度が、その後の主体のインセンティブ、世界観、資源配分を形成することで固定化していくという議論です。 Giovanni Capoccia & R. Daniel Kelemen, “The Study of Critical Junctures,” World Politics , 2007. https://www.cambridge.org/core/journals/world-politics/article/study-of-critical-junctures-theory-narrative-and-counterfactuals-in-historical-institutionalism/BAAE0860F1F641357C29C9AC72A54758 Giovanni Capoccia, “Critical Junctures and Institutional Change,” in Advances in Comparative-Historical Analysis . https://www.cambridge.org/core/books/advances-in-comparativehistorical-analysis/critical-junctures-and-institutional-change/D544FCBA82856F284FAD815109EFF827 ↩
5. Tilly, Charles. “War Making and State Making as Organized Crime,” in Peter B. Evans, Dietrich Rueschemeyer & Theda Skocpol (eds.), Bringing the State Back In , Cambridge University Press (1985), pp. 169–191. ティリーの国家形成論では、戦争の遂行と国家能力の形成との相互関係が重視されました。ただしこの議論は国家形成一般についての唯一の説明ではなく、その適用範囲については継続的な論争があります。 ティリー(Charles Tilly), “War Making and State Making as Organized Crime,” in Bringing the State Back In . https://www.cambridge.org/core/books/bringing-the-state-back-in/war-making-and-state-making-as-organized-crime/7A7B3B6577A060D76224F54A4DD0DA4C Lars-Erik Cederman et al., “War Did Make States: Revisiting the Bellicist Paradigm in Early Modern Europe,” International Organization , 2023. https://www.cambridge.org/core/journals/international-organization/article/war-did-make-states-revisiting-the-bellicist-paradigm-in-early-modern-europe/03778BD632D40115AF31D06A3F81F91D ↩
6. National Human Genome Research Institute, “Evolution” および “Human Genomic Variation.” 遺伝的変異が進化の素材となり、自然選択などによって集団内の形質頻度が変化するという基本的な説明です。この記事ではこれを人間社会と同じ機構だと主張するのではなく、「変異―選択―安定化された構造が次の変化の条件になる」という限定的な類比として参照します。 https://www.genome.gov/genetics-glossary/Evolution https://www.genome.gov/about-genomics/educational-resources/fact-sheets/human-genomic-variation ↩
7. プリゴジン(Ilya Prigogine)の散逸構造論。非平衡の開放系において、環境とのエネルギー・物質の交換に依存して秩序だった構造が形成・維持されうることを示しました。この記事では物質世界まで統一理論を拡張する根拠とはせず、「環境との相互作用から構造が生成される」という背景的な類比としてのみ参照します。 プリゴジン(Ilya Prigogine), Nobel Lecture, 1977. https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/prigogine-lecture.pdf Nobel Prize, “The 1977 Nobel Prize in Chemistry – Press release.” https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1977/press-release/ ↩