開放系と閉鎖系シリーズ|生成・固定・再生成 第2回(全4回)
前の記事では、相互作用から秩序が生まれる自己組織化を整理しました。この記事では、その見方が認識、技能、制度、文化という異なる水準にどこまで共通するかを確かめます。領域を横断する共通点と、同一視してはいけない違いを押さえることで、このシリーズ全体の見取り図が明確になります。
認識、技能、制度、文化は規模も材料も異なります。それでも、探索から構造が生まれ、その構造が次の活動を方向づけるという循環には共通点があります。
認識、技能、制度、文化には、探索から構造が形成されるという共通点があります。
認識の水準:外界との相互作用から内部モデルが形成される
最もミクロな水準では、人間の認識そのものに同じ構造を見ることができます。
人間は外界について完全なモデルを最初からもっているわけではありません。知覚、行動、試行錯誤などを通じて、次の循環を行います。
外界 → 予測 → 結果 → 予測とのズレ → モデル修正 → (外界へ戻る)
予測処理理論では、脳が外界についての内部モデルを用いて感覚入力を予測し、予測誤差を利用してそのモデルを更新するという枠組みが提案されています。ただし近年のレビューでは、予測誤差信号の解釈や理論の経験的範囲について議論が続いており、単一の確立した理論として扱うことには注意が必要です [1] 。
したがってこの記事では、予測処理理論そのものを全体モデルの証明とするのではなく、
外界との相互作用を通じて内部モデルが更新される
という認識論的な構造の一つの参考として位置づけます。
技能の水準:探索と精密化の往復
技能習得も同じ構造として見ることができます。
従来型の技能論では、
正しい動作 → 反復 → 自動化
という線形のモデルが強調されやすいものです。
これに対してエコロジカル・ダイナミクスでは、技能をあらかじめ保存された運動プログラムの再生としてではなく、個体・課題・環境の制約の相互作用から、その都度運動が組織化されるものとして捉えます [2] 。
この観点を取り入れると、技能習得は次の往復になります。
第一局面:探索
課題 → 試行錯誤 → 身体・環境との相互作用 → 暫定的な解の自己組織化
第二局面:精密化
有効な解 → 反復 → 調整 → 自動化 → 安定した技能
第三局面:再探索
新しい状況 → 既存技能とのズレ → 再組織化 → 状況に適応した新しい技能
これは、
自己組織化 → 内部モデル化 → 再自己組織化
の具体例です。技能の水準についての詳しい議論は、この連載の身体技能論(技術論)で扱います。
自己組織化と内部モデルは対立しない
ここで重要なのは、自己組織化と内部モデルを単純な対立概念として扱わないことです。
むしろ次の循環として理解するほうが適切です。
自己組織化 → 安定した解が形成される → 内部モデル・技能となる
↓
行動が安定する
↓
環境変化によって不一致が生じる
↓
再び自己組織化する
長期的なダイナミクスが短期的な行動の制約条件になるという議論は、自由エネルギー原理とエコロジカルな自己組織化を接続する研究でも扱われています [3] 。
したがって問題は内部モデルそのものではありません。 内部モデルそれ自体に、良し悪しはありません。 問題になるのは、
内部モデルが外界とのフィードバックから切断され、自己完結すること
です。
内部モデルとは何か
ここで、この記事が「内部モデル」という語で何を指しているかを、作業的に定めておきます。 精密な定義と、システム・自己組織化・フィードバックループとの区別は、別の記事で扱います。 この記事では次の理解で読み進めてください。
内部モデルとは、過去の経験から形成され、その場の状況に応じて解を構成するために使われる材料である。概念、カテゴリー、意味のまとまり、自動化された処理などの形をとる。完成した解を保存したものではない。
一文で言えば、 保存されているのは解ではなく、解を作る材料です。
この区別が重要なのは、 内部モデルをもつことと、毎回同じ出力が出ることは、別のことだから です。能力は固定して不変なものではなく、環境や課題との関係のなかで生成されます。しかし、だからといって能力にあたるものが内部に存在しないわけではありません。両方が同時に成り立ちます。
機械的な出力にならない理由は三つあります。
- 材料であって完成品ではない。 同じ材料からでも、状況が違えば違うものが組み上がります。
- 縮重性がある。 同じ目標を、別の材料の組み合わせで実現できます。一対一の対応がないため、毎回の実現が異なります。
- 階層がある。 汎用的な層と、領域に特異的な層があり、状況に応じて組み合わせが変わります。
とくに三つめについて、身体技能を例に取ると次の層に分かれます。
第1層 身体の基本リソース
第2層 比較的汎用的な運動組織化能力 ← 内部モデル(材料)
第3層 領域特異的な生成能力
────────────────────────────────────
第4層 具体的技法 ← 半ば固定された解
────────────────────────────────────
第5層 その瞬間の具体的運動 ← その場で構成されるもの
「その場で生成される」のは第5層であり、内部モデルがあるのは第1層から第3層です。 層が違うため、両方を同時に述べられます。この階層については身体技能論の技術論で詳しく扱います。
なお、この記事は認識・技能・社会活動・文化を同じ循環で扱いますが、 社会・文化のスケールでは、同じものが「制約」として現れます。 個人の内部から見れば材料であるものが、それが共有され外在化されて次の主体に向き合うときには、環境であり制約になります。この反転については、次の記事で詳しく扱います。
エコロジカル・ダイナミクスの位置づけ
この記事は、身体技能について論じる際にエコロジカル・ダイナミクス(以下ED)の知見を参照します。ただし、 EDを上位の理論として採用するわけではありません。
EDは、内部表象への依存を最小にした説明を志向します。一方、この記事は上に述べたとおり、内部モデルを積極的に位置づけます。 この点で立場は異なります。その差異を無理に埋めることはしません。
この記事がEDから受け取るのは、 練習設計と実践論として有効な部分 です。すなわち、課題や環境の制約を操作することで探索を引き出せること、同一条件の反復だけでは適応の幅が広がらないこと、といった知見です。理論的な前提の全体を引き受けるものではありません。
社会活動の水準:制度は社会の内部モデルである
同じ構造は、個人から集団へスケールを上げても現れます。
人々がある問題へ集団的に取り組むとします。たとえば戦う必要がある、という問題です。すると次の過程が起こります。
一次ニーズ → 多数の試行錯誤 → 有効な行為の選択 → 知識の共有 → 標準化 → 制度化
この観点から見ると、
制度は、社会の水準における内部モデル
と捉えることができます。
個人が経験から概念を作るように、社会も経験からルール、慣習、標準、法、資格、組織を形成します。これまでの議論では、内部モデルと制度は別種のものではなく、同じ構造がどのスケールにあるかの違いです。
一次ニーズから二次ニーズへ
社会的活動が成功し、体系化されると、活動そのものが新しい問題を生み始めます。
たとえば武術なら、最初の問題は「どう戦うか」です。しかし技術体系ができると、次の問題が生じます。
- どう教えるか
- どう分類するか
- 誰を認定するか
- 何を正統とするか
- どこまでを保存するか
これを次のように区別できます。
| 内容 | |
|---|---|
| 一次ニーズ | 体系の外部にある、その活動を生んだ本来の問題 |
| 二次ニーズ | 内部体系が存在することによって生じた問題 |
社会活動は成熟すると、
外部問題を解決する活動
から、
自分自身の体系を維持・精密化する活動
へ重心を移す場合があります。
自己対象化
この転換を「自己対象化」と呼ぶことができます。
最初は、 対象について活動します。 しかし次第に、 その活動について活動する ようになります。さらに、 活動についての活動について活動する ようになります。
剣を使う
↓
剣術を研究する
↓
剣術の教授法を研究する
↓
教授体系を制度化する
↓
制度の正統性について議論する
↓
正統性論争の歴史を研究する
この自己対象化が、社会活動を文化へ変化させる重要な契機になります。
文化とは社会的内部モデルの意味世界化である
文化は、社会活動によって形成された内部モデルが長期間にわたって自己対象化され、技法、作法、規則、物語、歴史、思想、美意識、価値観、ミーム、アイデンティティなどを累積したものとして捉えることができます。
したがって文化とは、
社会的内部モデルが、単なる問題解決の装置を越えて意味世界へ発展したもの
と考えられます。
二つのフィードバックループ
この発展を理解するために、二種類のフィードバックループを区別します。 どちらが正しいという性質のものではありません。 何によって誤りが訂正されるか、という違いです。
開かれたフィードバックループ
内部体系の外にある制約によって訂正される構造です。勝敗、市場、実験、テスト、顧客、身体、相手、失敗などが訂正の源になります。
ここでは、 体系のほうが外部現実に合わせて変わります。
閉じたフィードバックループ
内部で作られた基準によって訂正される構造です。マニュアル、作法、資格、規則、内部評価、内部的な論理整合性、正統性などが訂正の源になります。
ここでは、 行動のほうが既存の体系に合わせて整えられます。
┌───────── 開放系(体系の外から訂正される)──────────┐
│ 勝敗・市場・実験・顧客・身体・相手・失敗 │
│ │
│ ┌───── 閉鎖系(内部の基準で訂正される)─────┐ │
│ │ 規則・作法・資格・内部評価・正統性 │ │
│ └───────────────────────────────────────┘ │
└────────────────────────────────────────────────┘
閉鎖系には二つの帰結がある
閉じたフィードバックループそのものに、良し悪しはありません。 同じ構造が、条件によって二つの異なる帰結を生みます。
| 内容 | |
|---|---|
| 積極的な機能 | 統合・深化・精密化・アイデンティティ・独自性・保存。開放系から得た大量の経験を、内部で一貫した構造として保持する |
| リスク | 内部規範の自己目的化・現実からの遊離・硬直・形式主義 |
同じ閉鎖が、一方では蓄積を可能にし、他方では現実との接続を失わせます。この分岐を決めるのは、次の二点です。
- 一次ニーズがまだ存在するか。 外部の問題が解決されるか消失すると、訂正の源が内部しかなくなります。
- 往復可能性があるか。 必要に応じて、再び外部フィードバックへ晒せる構造になっているか。
したがって、閉鎖の度合いそのものを健全性の指標にはできません。 指標になるのは往復可能性です。この点はこの考え方を、次の記事から「開放系の中の閉鎖系」として詳しく見ていきます。
開放と閉鎖は同一階層の二択ではない
ここまで、
開放 → 閉鎖 → 再開放
という時間的な往復を中心に述べてきました。しかし、もう一つ重要な構造があります。
開かれた系の内部に、閉じた系が形成される
という重層構造です。
したがって開放と閉鎖は、「このシステムは開放系である」「これは閉鎖系である」という単純な二分類ではありません。 異なる階層に同時に存在できます。
企業は典型的な重層構造である
企業はこの構造を分かりやすく示します。
企業全体は、 市場 という強力な開放系のなかに存在します。商品が売れなければ、企業内部でどれほど評価されても意味がありません。
しかし企業内部には、社内制度、マニュアル、企業文化、人事評価、ブランド、ナラティブなどの比較的閉じた体系が発達します。
さらにブランドの周囲には、次の入れ子が形成される場合があります。
企業 → ブランド → ファンコミュニティ → 内部ミーム・儀礼・規範
したがって、
外部へ開かれたシステムが、内部に閉鎖的な意味世界を発達させる
という構造が成立します。
「往復」と「包含」の区別
これまでに示した$1を、二種類の関係として定式化します。
| 関係 | 形 | 何を説明するか |
|---|---|---|
| 時間的関係(往復) | 開放 → 閉鎖 → 再開放 | 同じ系が発展段階のなかで変化すること |
| 階層的関係(包含) | 開放系 ⊃ 閉鎖系 ⊃ さらに別の閉鎖系 | 異なる階層が同時に成立していること |
前者が 時間軸 、後者が 階層軸 です。
この二つは代替関係ではありません。 同じ系について、両方が同時に言えます。ある企業が「創業期の探索から制度化へ進んだ」(時間軸)と述べることと、「市場という開放系の内部に企業文化という閉鎖系をもつ」(階層軸)と述べることは、両立します。
従来のモデルは主に時間軸を扱ってきました。階層軸を加えることで、組織や文化の複雑さを説明しやすくなります。
参考文献
1. Furutachi, S. & Hofer, S. B. “Rethinking Predictive Processing.” Annual Review of Neuroscience , Vol. 49 (2026). DOI: 10.1146/annurev-neuro-102124-031410. 脳が感覚入力を予測し、予測誤差を用いて内部モデルを修正するという基本構想と、その経験的・概念的な限界をレビューしています。 https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-neuro-102124-031410 関連して、G. B. Keller, “Predictive Processing: A Circuit Approach to Psychosis,” Annual Review of Neuroscience , 2024. https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-neuro-100223-121214 ↩
2. エコロジカル・ダイナミクスでは、技能を固定された運動プログラムの単純な再生としてではなく、個体・課題・環境の制約の相互作用から継続的に再組織化されるものとして扱います。 C. T. Woods et al., “Sport Practitioners as Sport Ecology Designers,” Frontiers in Psychology , 2020. https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2020.00654/full V. M. Gottwald et al., “Every story has two sides: evaluating information processing and ecological dynamics perspectives of focus of attention in skill acquisition,” Frontiers in Sports and Active Living , 2023. https://www.frontiersin.org/journals/sports-and-active-living/articles/10.3389/fspor.2023.1176635/full ↩
3. Bruineberg, J. & Rietveld, E. “Self-organization, free energy minimization, and optimal grip on a field of affordances,” Frontiers in Human Neuroscience , 8:599 (2014). DOI: 10.3389/fnhum.2014.00599. 長い時間スケールで形成されたダイナミクスが、短い時間スケールの行動に対する制約として働くという議論を含みます。この記事の「過去の形成物が次の行動の制約になる」という考えに近いものです。 https://www.frontiersin.org/journals/human-neuroscience/articles/10.3389/fnhum.2014.00599/full ↩