開放系と閉鎖系シリーズ|生成・固定・再生成 第1回(全4回)
ここからNo.10までの4本では、文化から取り出した「生成・固定・再生成」の循環を、認識、技能、制度へ広げます。学習を正解の受け取りとしてだけ見ると、人や集団の内部に新しい構造が生まれる過程を捉えられません。この記事では、その過程を理解する土台として自己組織化を整理します。
学習や文化の構造は、最初から完成した設計図を組み立てるだけで生まれるのでしょうか。相互作用から秩序が形成される自己組織化の視点から考えます。
自己組織化とは、全体の設計者がいないまま、相互作用と制約から秩序が生まれることです。
文化から一般構造へ
文化論では、文化を対象にしました。武術が実際の戦闘技術から出発し、型と教授法と資格体系を整え、やがて内部の基準によって評価されるようになる。その過程を、何によって誤りが訂正されるかという観点から追いました。
しかし、同じ構造は文化だけのものではありません。 人間の認識、技能の習得、社会活動、企業。これらは一見すると別々の対象ですが、その発展の仕方には共通する形が現れます。 この記事は、その共通構造を一つのモデルとして定式化します。
扱う水準は四つです。
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人間の認識 - 探索/外界からのフィードバック/予測誤差の修正/環境との相互作用/自己組織化/内部モデル形成
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技能・技術の習得 - 自由な探索/自己組織化的な解の発見/形の学習/精密化・自動化/課題へ戻すことによる再組織化
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社会活動の発展 - 一次ニーズに根ざした生成/開かれたフィードバックループ/有効な実践の蓄積/制度化・体系化/二次ニーズの発生/閉じたフィードバックループ/必要に応じた再開放
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文化・企業 - 開放系と閉鎖系の共存/市場という開放系の内部に企業文化・ブランド・コミュニティなどの閉鎖系が形成されること/閉鎖系において意味・思想・規範・歴史が垂直的に積み重なること
これらを別個の理論としてではなく、 同じ基本構造が異なるスケールに現れたもの として扱います。
その中心にあるのが、
生成 → 固定 → 再生成
という往復です。
ただし、この時間的な往復だけでは足りません。もう一つ、
形成された構造が次の環境となり、その内部で次の構造形成が起こる
という 階層的・入れ子的な重層構造 が必要になります。この記事はこの二つを合わせたものを一般モデルとして提示します。
環境との相互作用から構造が生まれる
最も抽象的には、人間の認識・技能・社会活動・文化の発展を次のように捉えることができます。
環境
↓
探索・試行錯誤
↓
フィードバック
↓
有効なパターンの発見
↓
自己組織化
↓
安定化
↓
内部モデル・構造形成
↓
その構造を用いた行動
↓
新しい環境との不一致
↓
再探索・再組織化
ここで重要なのは、構造が最初から存在するものではないという点です。少なくとも人間の学習や社会活動については、多くの構造が過去の探索や試行錯誤の結果として形成されています。
したがって、次の定義を置くことができます。
構造とは、過去の探索の結果が固定され、現在の行動可能性を制約するようになったもの
「構造」「内部モデル」「制度」「制約」の関係
この記事では似た語を複数使うため、先に関係を決めておきます。
| 語 | 指すもの |
|---|---|
| 構造 | 最も広い語。過去の探索の結果が固定され、以後の可能性を拘束するようになったもの |
| 内部モデル | 構造のうち、個体の内部にあるもの。概念・スキーマ・技能・世界観など。 完成した解ではなく、解を構成するための材料 を指します(これまでの議論で定義します) |
| 制度 | 構造のうち、集団のあいだで共有されているもの。ルール・法・資格・組織など |
| 生成された制約 | 構造を、その働きの側から言い直した呼び方 |
内部モデルと制度は、同じ構造がどのスケールにあるかの違いです。 個体の内部にあれば内部モデル、集団のあいだにあれば制度と呼びます。これまでの議論で述べるように、この二つは別種のものではありません。
自己組織化とは何か
この連載を通じて最も多く使う語なので、ここで定義します。
自己組織化とは、全体を設計する主体がいないまま、要素間の相互作用と制約から機能的な秩序が生じることである。
要素は四つです。
- 設計者がいない。 誰かが全体像を描いて配置したのではありません。個人の場合は、本人が意識的に構造を設計していないことを指します。
- 局所的な相互作用から生じる。 各要素は全体を見ていません。隣接するものとのやりとりだけを行います。
- 制約のもとで起こる。 何もないところからではなく、身体・環境・課題・既存の構造といった条件のなかで生じます。
- 機能的な秩序が現れる。 生じるのは単なる規則性ではなく、その状況で働く秩序です。
この定義はスケールを問いません。 個人の内部で概念が形成される場合にも、多数の人々のあいだで慣習が形成される場合にも使えます。後者、つまり多数の主体の局所的な行為から社会的な秩序が形成される場合を、ハイエクは 自生的秩序 と呼びました。 自生的秩序は、自己組織化のうち社会のスケールで起こるものを指す語 として扱います。
自己組織化の対になる語は、 意図的設計 です。この対比は次章で扱います。
もう一つ、時間のスケールについて断っておきます。 この記事では自己組織化を、 構造が形成される過程 を指す語として使います。長い時間をかけて内部モデルが作られる側です。
これに対し、 すでに形成された材料を使って、その場の条件に応じて一回の行為や思考が組み上がること は、 構成 と呼びます。
| 語 | 指すもの | 時間 |
|---|---|---|
| 自己組織化 | 経験の反復から、内部モデルなどの構造が形成される過程 | 長期・学習 |
| 構成 | 形成された材料を使って、その場で一回の行為が組み上がること | 瞬間・遂行 |
この区別はこの連載全体で使います。 動的システム系の研究では、その場の運動が組み上がることも self-organization と呼ばれますが、 この記事ではそれを構成と呼び分けます。 二つの時間スケールを一つの語で語ると、学習の話と遂行の話が区別できなくなるためです。
なお、自己組織化によって形成された構造のすべてが内部モデルになるわけではありません。 結晶も自己組織化によって形成されますが、その構造を使って次の状況を認識したり予測したりはしません。 自己組織化は構造が形成される過程であり、内部モデルはそのうち、その後の認識・判断・行為を媒介するものです。 この線引きは別の記事で詳しく扱います。
構造は可能性を制限すると同時に、可能性を作る
「制約」という言葉を、否定的な意味だけで理解しないことが重要です。
たとえば言語には文法という強い制約があります。しかし文法という制約があるからこそ、無限に近い複雑な文章を他者と共有できます。
武術でも、基本動作が身体に固定されることで、毎回ゼロから動きを考えなくても済むようになります。その結果、より複雑な状況判断へ認知資源を使えます。
社会制度も同じです。所有権、契約、法、通貨などの制度は人間の行動を制約しますが、それによって長期契約や大規模な経済活動が可能になります。
したがって構造とは、
低次の可能性を制限することで、より高次の可能性を開くもの
でもあります。これは技能論から文化論、制度論まで共通する性質です。
構造形成にはボトムアップとトップダウンがある
人間社会では、構造が形成される経路を少なくとも二つに分けられます。
ボトムアップ型
多数の主体による局所的な行為や相互作用から、誰かが全体を設計しなくても構造が形成される場合です。言語、慣習、文化、市場慣行、技法、ミーム、地域的なルールなどがこれにあたります。 前章で定義した自己組織化による構造形成です。
トップダウン型
人間が意図的に構造を設計する場合です。法律、組織図、マニュアル、教育課程、資格制度、官僚制度などがこれに近いものです。 意図的設計による構造形成です。
ただしトップダウン型であっても、完全に無から作られるわけではありません。設計者自身が既存の文化、制度、知識、過去の成功例、問題状況などを材料として制度設計を行います。
したがって、
トップダウンの構造も、過去の構造や探索の上に形成される
と考えたほうが正確です。
以後、生成の経路を指すときはボトムアップ/トップダウン、その経路を成り立たせている働きを指すときは自己組織化/意図的設計と呼び分けます。 両者は一対一で対応しますが、前者は形態、後者は機構の呼び名です。この対比はこの連載の中心的な論点の一つであり、これまでの議論で課題として改めて扱います。
固定された構造はどのように硬直するか
構造が硬直する過程には、経路によって違いがあります。
トップダウン構造 の場合、設計されたルールは一度固定されると、
現実に合わせてルールが変わる
のではなく、
人間がルールに合わせる
方向へ進みやすくなります。特に外部フィードバックから切断された場合、次の過程が生じます。
設計 → 標準化 → 制度化 → マニュアル化 → 内部評価
↓
制度への適合そのものが目的になる
ただし、硬直はトップダウン型に固有のものではありません。 ボトムアップで形成された慣習も硬直します。誰も設計していない作法や暗黙のルールが、理由が失われた後も残り続けることは珍しくありません。むしろ、設計されていないぶん 誰も変更の責任者ではない ため、変えにくい場合すらあります。
したがって硬直の要因は、生成の経路そのものではなく、
その構造が外部フィードバックへどの程度開かれているか
にあります。トップダウン型が硬直しやすく見えるのは、設計された構造のほうが明文化され、内部評価の基準になりやすいためです。生成の経路と、外部への開かれ方は、別々に見る必要があります。