開放系と閉鎖系シリーズ|文化・意味世界・企業 第6回(全6回)
文化を扱う最初の6本の締めくくりとして、ここまでのモデルを企業とブランドへ広げます。市場に応えながら独自性を保つことは、多くの企業や活動に共通する難題です。外部へ開くことと、固有の意味世界を育てることをどう両立できるのかを考えます。
企業は市場の評価から逃れられません。それでもブランド、物語、コミュニティを通じて独自の意味世界を形成しようとします。
企業は市場という強い外部フィードバックのなかに存在します。
企業は原理的には開放系である
このモデルは企業にも適用できます。
市場のなかの企業は基本的に、非常に強い外部フィードバックにさらされます。企業の内部で「この商品はすばらしい」と全員が信じても、消費者が買わなければ事業は成立しません。
市場では、顧客、競合、価格、技術、景気、規制、資本などが外的な制約になります。
したがって企業は、
市場という開放フィードバック環境のなかに存在する組織
です。
長期にわたって成長してきた大規模な企業も、それぞれ市場環境の選択圧を受け続けてきた組織として理解できます。ここで重要なのは個々の企業の優劣ではなく、 企業という制度が市場の評価から完全には逃れられないこと です。
開放系にさらされ続けることの不安定性
市場の開放性は企業を適応させます。しかし同時に、それは企業にとって大きな不安定の要因でもあります。
昨日まで成功していた商品でも、新技術、競合、消費者の嗜好、景気、新規参入によって突然、価値を失います。
つまり市場のなかの企業は、
絶えず存在理由を再テストされ続ける。
この状態では、商品の性能だけを競争の優位にすると、永久に性能の改善を続けなければなりません。
企業は市場のなかに「閉じた意味世界」を作る
そこで企業は、市場という開放系の内部に、部分的に閉じた意味世界を形成しようとします。
代表的なのが、ブランド、ナラティブ、コンテンツ、キャラクター、ファンコミュニティ、ユーザー文化、世界観です。ブランドコミュニティの研究では、ブランドを中心に共同体的な関係が生まれ、共有された儀礼・伝統・所属感などが形成されることが示されています。さらに、コミュニティの内部の実践そのものがブランドの価値を共同で生成することも報告されています [1] [2] 。
この現象を本モデルから見ると、
企業が市場の内部に、独自の文化的・意味的な空間を形成する試み
と解釈できます。
性能競争から意味競争へ
純粋な市場の競争では、A社の商品とB社の商品を、性能、価格、利便性などで比較します。
ところがブランド文化が成立すると、「このブランドだから買う」「この企業の思想が好きだから買う」「このコミュニティに所属していたいから買う」という理由が加わります。
つまり競争の軸が、 物理的・機能的な価値 だけから 意味的・文化的な価値 へ拡張します。
消費研究でも、商品やブランドがアイデンティティや文化的な意味の形成に関わることは長く研究されてきました [3] [4] [5] 。
意味世界は市場での直接比較を弱める
ただし企業がブランド文化を形成したからといって、市場から完全に離脱できるわけではありません。
商品が著しく劣化すれば、ブランドへの愛着があっても利用者は離れます。
したがってブランドは、 市場フィードバックを消す装置ではありません。 より正確には、
機能・価格だけによる直接的な比較競争を部分的に弱める仕組み
です。
商品の性能に多少の差があっても、ブランドへの愛着、コミュニティ、世界観、アイデンティティ、物語が価値を補完します。
この意味で企業は、 開放系の内部に半ば閉じた意味世界を埋め込む ことで、競争の環境を部分的に変えています。
ブランドは「人工文化」ではなく文化生成の核である
ただし、企業が意味世界を完全に設計できると考えるのも正確ではありません。
企業が作れるのは、ブランド名、コンセプト、コンテンツ、物語、コミュニティの場などの初期条件です。
そこから、ユーザーどうしの交流、ミーム、儀礼、解釈、ファンによる制作、共同体の規範などが自己組織化していきます。ブランドコミュニティの研究でも、価値が企業から一方向に与えられるのではなく、消費者による共同的な実践を通じて形成されることが示されています [2] [6] 。
したがってブランドの形成とは、
企業が完成した文化を作ることではなく、文化が自己組織化しうる核や場を市場のなかに作ること
と捉えたほうが適切です。
現代企業の二重構造
この観点から企業を見ると、二重の構造が見えてきます。
外側:市場 → 競争 → 淘汰 → 適応 (開放フィードバック)
内側:ブランド → ナラティブ → コミュニティ → 儀礼・ミーム → アイデンティティ
(閉じた意味世界)
つまり現代の企業は、
外部では市場へ開かれながら、内部には文化的な閉鎖性を形成する
存在と見ることができます。
この二重性は、企業が単なる商品の供給装置から、文化・意味・共同体の形成の主体へ広がっていることを説明する一つのモデルになります。
そして、この構造は企業に固有のものではありません。 開放系の内部に閉鎖系が形成されるという形は、学問にも、個人にも現れます。この点は別の記事で一般的に扱います。
八局面の一般モデル
ここまでの議論を最も一般的に表現すると、次のようになります。 前の記事の三段階を、意味世界の形成まで含めて細分化したものです。
| 局面 | 内容 | 前の記事の三段階との対応 |
|---|---|---|
| 第1局面:外部問題 | 何らかの一次ニーズが存在する | 生成期の前提 |
| 第2局面:生成 | 人々が試行錯誤し、解を形成する | 生成期 |
| 第3局面:蓄積 | 有効だった解が保存・共有される | 生成期から成熟期へ |
| 第4局面:制度化 | 教授法、規則、標準、資格などが形成される | 成熟期 |
| 第5局面:自己対象化 | 活動そのものが研究・解釈・評価の対象になる | 成熟期 |
| 第6局面:意味世界化 | 歴史、思想、物語、価値観、ミーム、アイデンティティが発達する | 成熟期 |
| 第7局面:閉鎖化 | 内部評価の比重が増し、外部ニーズとの接続が弱まる | 成熟期の末 |
| 第8局面:再開放 | 環境の変化によって外部フィードバックが再び強くなれば、文化の再編・再生成が始まる | 再生成期 |
したがって全体は、
外部世界 → 活動の生成 → 成功 → 蓄積 → 自己対象化 → 内部の意味世界 → 再開放
という循環として捉えることができます。
前の記事の三段階に対してこの記事が加えたのは、第5から第6の局面です。 成熟期は単に体系が固まる時期ではなく、意味の世界が垂直に発達する時期でもあります。
現代社会の根本的な緊張
ここまでを統合すると、現代社会には大きな緊張の関係が存在している可能性があります。
一方には、 現実によって検証され、変化し続ける世界 があります。科学、市場、テクノロジーなどです。こちらは高い適応の能力をもちます。しかし変化が速く、意味や形式を長期間、固定することには向きません。
もう一方には、 意味を蓄積し、時間を超えて保存する世界 があります。文化、芸術、伝統、共同体などです。こちらは豊かな内部世界を作れます。しかし硬直し、現実から遊離する危険をもちます。
したがって両者には、それぞれ固有の失敗のモードがあります。
| 失敗のモード | |
|---|---|
| 開放系の失敗 | 絶え間ない淘汰と更新によって、効率や機能以外の価値を失うこと |
| 閉鎖系の失敗 | 内部の規範が自己目的化し、現実との接続を失うこと |
暫定的結論:人間社会には現実と意味の双方が必要である
この記事から導かれる最も大きな命題は、
人間社会は、現実への適応だけでも、意味世界への没入だけでも成立しない
ということです。
開かれたフィードバックループは、誤りを訂正し、適応し、改善し、新しい解を生み出すために必要です。
一方、閉じたフィードバックループは、精密にし、意味づけ、保存し、体系化し、世代を超えて伝えるために必要です。
前者だけなら、社会は効率的になっても、過去の意味世界を失い続ける可能性があります。後者だけなら、豊かな文化の世界をもてても、外部環境の変化についていけなくなります。
したがって重要なのは、
どちらが正しいかではなく、両者のあいだをどう往復するか
です。
前の記事で提示した三段階のモデル、すなわち 自己組織化による生成 → 固定化による蓄積 → 再開放による更新 は、この意味で文化だけに限定されません。
企業、学問、組織、教育などを含む幅広い社会的な活動について、
外部の問題への適応と、内部の意味世界の形成とのあいだで重心が移動する動的な過程
として理解できる可能性があります。
そして文化とは、その運動のなかで人間が獲得したものを一時的に固定し、
「本」のように、ある時代の意味・技能・世界観を未来へ送り届ける仕組み
なのかもしれません。
文化を具体例として見ると、開放と閉鎖は二者択一ではなく、生成・固定・再生成を繰り返す関係だと分かります。この循環は、文化だけでなく、認識・技能・制度にも共通する一般的な構造として捉えられます。
参考文献
7. James H. McAlexander, John W. Schouten & Harold F. Koenig, “Building Brand Community,” Journal of Marketing , Vol.66, No.1, 2002, pp.38–54. ブランドコミュニティを静的な集団ではなく、ブランド・商品・企業・他の顧客との関係からなる動的な社会構造として扱っています。 https://journals.sagepub.com/doi/10.1509/jmkg.66.1.38.18451 ↩
8. Hope Jensen Schau, Albert M. Muñiz Jr. & Eric J. Arnould, “How Brand Community Practices Create Value,” Journal of Marketing , Vol.73, No.5, 2009, pp.30–51. 九つのブランドコミュニティを分析し、コミュニティの内部の実践が集合的に価値を生み出す過程を示しています。 https://journals.sagepub.com/doi/10.1509/jmkg.73.5.30 ↩
5. マクラッケン(Grant McCracken), “Culture and Consumption: A Theoretical Account of the Structure and Movement of the Cultural Meaning of Consumer Goods,” Journal of Consumer Research , Vol.13, No.1, 1986, pp.71–84. 文化的な意味が文化的世界から商品へ、さらに消費者へ移動するというモデルを提示しています。 https://academic.oup.com/jcr/article-abstract/13/1/71/1814669 ↩
6. ベルク(Russell W. Belk), “Possessions and the Extended Self,” Journal of Consumer Research , Vol.15, No.2, 1988, pp.139–168. 所有物が自己の認識やアイデンティティと密接に関係することを論じた古典的な研究です。 https://academic.oup.com/jcr/article-abstract/15/2/139/1841428 ↩
9. Eric J. Arnould & Craig J. Thompson, “Consumer Culture Theory (CCT): Twenty Years of Research,” Journal of Consumer Research , Vol.31, No.4, 2005, pp.868–882. 消費を単なる機能的な購入行動としてではなく、文化、アイデンティティ、社会関係、象徴的な意味の形成の過程として研究してきた Consumer Culture Theory を整理したレビューです。 https://academic.oup.com/jcr/article/31/4/868/1812998 ↩
10. Gary Simmons & Mark Durkin, “Expanding understanding of brand value co-creation on social media from an S-D logic perspective: Introducing structuration theory,” Marketing Theory , 23(4), 607–629 (2023). DOI: 10.1177/14705931231165098. ブランドの価値を、企業が一方向的に生産するのではなく、企業と多様なステークホルダーとの共同的な活動から形成されるものとして扱っています。 https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/14705931231165098 ↩