開放系と閉鎖系シリーズ|内部モデル・圧縮・学習 第3回(全5回)
内部モデルが形成されるには、膨大な経験をそのまま保存するのではなく、使えるまとまりへ変える必要があります。この記事では、学習を情報の蓄積ではなく「圧縮」として捉えます。覚えた量と理解して使えることの違いを考えると、学び方や教え方を見る基準が変わります。
覚えた情報が多いことと、使える理解があることは同じではありません。学習を、経験を圧縮し、再利用できる単位へ変える過程として捉えます。
学習では、経験の細部を意味のあるまとまりへ圧縮します。
文化論から個人の認知へ
これまでの議論では、文化や社会的な活動を次の循環から捉えました。
自己組織化による生成 → 内部モデルの形成・固定 → 外部環境への再開放 → 再生成
文化の生成期には、本来的なニーズや外部環境からのフィードバックを受けながら、多様な試行錯誤が行われます。そこから有効な方法が選択され、技法、作法、制度、規則、物語、資格、価値観として体系化されます。
この体系化によって、過去の探索の結果は保存され、次世代がゼロから同じ探索を繰り返す必要がなくなります。一方、内部の体系が強固になりすぎると、外部環境とのフィードバックよりも内部規範への適合が重視され、硬直します。
その後の検討から、 この構造は単に文化や社会についてのモデルではなく、そもそも人間一人ひとりの認識がどのように形成されるかという問題から生じている可能性 が見えてきました。
つまり、文化における内部モデル形成と自己組織化のモデルを、人間の認知の具体的な働きへ戻して考えることができます。さらに、感情調整、情動のラベリング、経験の物語化、数学、物理、外国語、技能学習、企業活動、知識経営、組織文化まで、同じ基本構造によって説明できる可能性があります。
この記事では、この共通構造を整理します。
人間の認知能力には限界がある
出発点は、人間が一度に扱える情報量に限界があることです。ワーキングメモリは容量が制限された認知資源であり、長期記憶にすでに蓄積されている知識は、その限られた資源を効率的に使う助けになります。既有の知識によって、新規の情報へ認知資源を重点的に配分できることも実験的に示されています [1] 。
したがって人間は、世界に存在する情報を毎回すべてゼロベースで処理しているわけではありません。むしろ次の過程を通じて、過去の経験を再利用可能な形へ変換していると考えられます。
経験 → パターンの発見 → 関係づけ → 概念化 → 意味のまとまりの形成
↓
自動的な利用 ← 長期記憶への蓄積
ここで形成されるものを、この記事では広い意味で 内部モデル と呼びます。
内部モデルとは何か
内部モデルという言葉は、認知科学や神経科学ではより限定された意味でも使われるため、この記事ではそれより広い作業概念として使います。
内部モデルには、知覚的なパターン、カテゴリー、概念、スキーマ、チャンク、技能、判断の規則、因果モデル、出来事についての意味づけ、自己についての理解、他者についての理解、物語、世界観などが含まれます。
これらに共通しているのは、
過去の経験や探索によって得られた情報を構造化し、その後の認識・判断・行為で再利用可能にしたもの
という性質です。
したがって内部モデルは、単なる「記憶」ではありません。 圧縮され、構造化され、利用可能になった記憶 です。
保存されているのは解ではない
ここで誤解を避けておきます。「記憶」という語を使うと、完成した答えが保存されていて、それを取り出して使うように読めます。 そうではありません。
別の記事で確定させたとおり、内部モデルは その場の状況に応じて解を構成するために使われる材料 です。同じ材料からでも、状況が違えば違うものが組み上がります。また同じ目標を、別の材料の組み合わせで実現することもできます。
この区別が重要なのは、能力が環境や課題との関係のなかで生成されるという立場と、内部に蓄積があるという立場を、同時に取れるようにするためです。 両者は矛盾しません。この記事が扱うのは材料の側です。
認知における「圧縮」
ここで重要になるのが 圧縮 という考え方です。
人間は経験した情報をすべて同じ解像度で保存し、そのつど読み出しているわけではありません。多数の出来事から一定の構造を抽出し、それらをより少数の意味単位として扱います。
A、B、C、D、Eという五つの独立した要素を毎回処理する代わりに、 「これはXというパターンである」 とまとめる。すると五つの処理対象が、一つの操作可能な単位になります。
チャンク化についての研究でも、人間が反復する系列からパターンを見つけ、よりコンパクトな内部の表象を形成することが示されています [2] [3] 。
したがって認知における圧縮とは、単純に情報を削除することではありません。むしろ、
複数の情報の関係を発見し、より高次の意味単位として再表象すること
です。これをこの記事では 意味ブロックの形成 と呼びます。
圧縮には少なくとも三つの型がある
ここで一つ、区別を入れておきます。 圧縮と抽象化は同じではありません。
| 型 | 何をまとめるか | 何を捨てるか | 例 |
|---|---|---|---|
| 抽象化 | 複数の事例の共通部分 | 個々の事例の特殊性 | 概念、カテゴリー |
| 手続きの単位化 | 一連の系列 | 系列内部の区切り | 技能の自動化、チャンク |
| 物語化 | 時間的・因果的に離れた出来事 | 因果に関わらない細部 | 経験の意味づけ |
いずれも「関係を発見して一つの単位にする」点は同じですが、何を残し何を捨てるかの規則が違います。 抽象化は圧縮の一種であって、圧縮そのものではありません。
三つを厳密に区別する作業は課題とします。ここで確認しておきたいのは、 この記事が「圧縮」という語で指しているのが、抽象化より広い範囲だ という点です。
意味ブロック
意味ブロックとは、
複数の情報が、理解によって一つの意味ある操作単位として扱えるようになったもの
です。
たとえば英語の初心者にとって、主語、have、過去分詞、語順、時間関係は別々の処理対象かもしれません。しかし一定の理解が形成されれば、 「現在完了」 という一つの意味ブロックとして扱えるようになります。
さらに学習が進めば、「過去の出来事を現在との関係から捉える表現」という、より大きな意味構造として扱えます。そうなれば、その下位にある文法の処理を毎回、意識的に行う必要がなくなります。
数学でも同じです。初心者は個々の数字や計算の規則を処理します。しかし熟達すれば、方程式、関数、ベクトル、微分、確率分布などを一つの概念の単位として操作します。
重要なのは、 下位で形成された意味ブロックが、上位の思考では一つの部品になる ことです。したがって次の重層構造が形成されます。
情報 → 意味ブロック → 意味ブロックどうしの関係 → より上位の意味ブロック
この意味ブロックは、一般モデルで示した内部モデルの階層のうち、汎用的な層と領域に特異的な層にあたります。 身体技能で言えば第2層から第3層です。その場の一回の思考や行為は、これらを材料として構成されます。
認知の発達とは内部モデルの重層化である
この観点からすると、高度な認知とは単純に「多くの情報を一度に処理できること」だけではありません。むしろ、
過去の経験をどれだけ意味ある構造へ変換し、それらを重層的に組み合わせて利用できるか
が重要になります。
具体的経験 → パターン → 概念 → 概念間の関係 → モデル → 理論 → 世界観
一つの階層で形成された構造は、次の階層では「環境」あるいは「材料」になります。 この意味で認識の発達とは、
内部モデルの上に、さらに内部モデルを形成していく過程
でもあります。これはこれまでの議論で重層化の原理が、個人の認知にも現れているということです。
「理解」「勉強」「暗記」を定義し直す
このモデルからすると、「理解する」という行為も定義し直せます。単に説明を聞いて分かった気がすることではありません。理解とは、
複数の情報の関係を把握し、それらを一つの意味構造として内部モデル化し、その後の思考や判断で一単位として利用可能にすること
と考えられます。したがって次の流れになります。
理解 → 意味ブロック形成 → 記憶 → 自動利用 → より上位の思考
勉強とは何か
ここから、勉強を次のように定義できます。
勉強とは、情報や経験の関係を理解し、それを意味ある操作単位へ構造化して長期記憶に蓄積し、必要な場面で再利用可能にする過程である。
この定義では、「何時間、机に向かったか」や「何ページ読んだか」は勉強そのものではありません。重要なのは、 どのような意味ブロックを形成できたか です。
暗記と理解の関係
このモデルは暗記そのものを否定しません。問題になるのは、 孤立した情報として保存されているか 、それとも 意味構造の一部として保存されているか です。
たとえば100個の単語を100個の独立した項目として記憶するよりも、語源、意味のカテゴリー、使用の場面、類義語との関係、文法的な役割などによって構造化すれば、情報は意味ブロックとして保持されます。その結果、単なる再生だけでなく、応用が可能になります。
したがって学習において重要なのは、 記憶量 よりも 構造化された記憶 です。
主体的学習の意味
さらに重要なのが、意味ブロックを 主体的に形成すること です。
教師が完成した概念を説明しただけでは、その構造がそのまま学習者の内部モデルになるとは限りません。説明を聞いて言葉を覚えることと、 自分自身が情報の関係を発見すること には違いがあります。
主体的な学習では、次の循環が生じます。
具体例を見る → 比較する → 共通項を発見する → 仮説を作る → 概念化する
↓
修正する ← 誤る ← 問題に利用する ← 自分の言葉で説明する
つまり主体的な学習とは、
与えられた情報を受け取ることではなく、自分自身の内部モデルを構成する活動
と考えられます。
自己組織化としての学習
ここで、文化論と一般モデルで用いてきた 自己組織化 という概念と学習が接続します。
学習者は最初から完成した内部モデルをもっているわけではありません。多様な例、問題、失敗、説明などに接触しながら、「こういう関係なのではないか」という構造を形成していきます。
探索 → 比較 → パターン発見 → 概念形成 → 内部モデル形成
その後、内部モデルは反復して利用されることで安定します。そして安定した内部モデルが、さらに次の探索を可能にします。
したがって学習は、次の循環として捉えられます。
自己組織化 → 内部モデル形成 → 固定・自動化 → そのモデルを使った新しい探索 → モデル修正
これまでの議論で「生成・固定・再生成」が、個人の学習の水準に現れた形です。
処理速度・ワーキングメモリと内部モデル
このモデルは、処理速度やワーキングメモリの個人差を考える際にも重要になります。
オンラインで大量の情報を処理できる人は、その場の情報をある程度、力任せに扱えます。しかしワーキングメモリの容量には一般に強い制約があり、既有の知識や長期記憶が現在の処理を効率化します [1] 。
したがって認知能力を高める方法は、 処理装置そのものを速くすること だけではありません。もう一つ重要なのが、
そもそも意識的に処理しなくてよいものを増やすこと
です。頻出する判断をルール化する、情報をカテゴリー化する、基礎の概念を確実に形成する、基本の操作を自動化する、パターンに名前をつける、複数の情報を一つの意味として覚える、繰り返される状況について既定のモデルをもつ、といった方法です。
処理速度やワーキングメモリに制約がある場合ほど、長期記憶上の構造化された知識を利用する戦略の価値は大きい可能性があります。 これは「処理を速くする」よりも、 処理する必要そのものを減らす という発想です。
参考文献
1. Bruning, A. L. et al. “Long-term memory guides resource allocation in working memory.” Scientific Reports (2020). 限定されたワーキングメモリ資源の利用に、長期記憶上の既有知識が影響することを実験的に検討しています。 https://www.nature.com/articles/s41598-020-79108-1 ↩
2. Huang, L. et al. “Chunking in working memory via content-free labels.” Scientific Reports (2018). チャンク化とワーキングメモリ表象についての研究です。 https://www.nature.com/articles/s41598-017-18157-5 ↩
3. Wu, S. et al. “Chunking as a rational solution to the speed–accuracy trade-off in a serial reaction time task.” Scientific Reports (2023). 知覚・運動の系列からパターンを抽出し、コンパクトな内部記述を形成するチャンク化を扱っています。 https://www.nature.com/articles/s41598-023-31500-3 ↩