開放系と閉鎖系シリーズ|内部モデル・圧縮・学習 第2回(全5回)
前の記事では、内部モデルを「状況に応じて解を組み立てるための材料」と定義しました。この記事では、その材料が経験や教育からどう形成され、現実との接触によってどう更新されるかを見ます。知識や方法を教えるだけでは学習が完了しない理由を考えるうえで重要な論点です。
内部モデルは自然に形成されるだけでなく、教育や設計を通じても作られます。何が内部モデルになり、どのように更新されるのかを整理します。
内部モデルは、自己組織化だけでなく、教育や意図的設計を通じても形成されます。
内部モデルは自己組織化によって形成される
内部モデル形成の基本的なあり方は、自己組織化的であると考えられます。
| 過程 | |
|---|---|
| 個人の学習 | 多数の具体例 → 比較 → 共通パターンの発見 → 概念形成 → 内部モデル化 |
| 企業 | 多数の顧客対応 → 成功・失敗 → 有効な対応パターン → 業務ノウハウ → ルーティン |
| 文化 | 多様な実践 → 試行錯誤 → 有効な形式 → 技法・型 → 伝統 |
誰かが最初からすべてを設計したわけではなく、環境との相互作用によって構造が生成されます。 この点で、
内部モデルは基本的には探索の結果として自己組織化されるもの
と考えられます。
意図的設計は内部モデルになりうるか
ただし、人間の場合には意図的設計が介入します。経営者が新しい業務フローを設計する。教師が概念体系を教える。政府が制度を作る。
このような構造も内部モデルになりえます。しかし、設計された瞬間から内部モデルになるわけではありません。
たとえば企業で新しいマニュアルを作っても、現場で使われない、現場の実態と合わない、誰も理解していない、というのであれば、それは組織の実質的な内部モデルとは言いにくいものです。
むしろ次の過程を経て、組織の内部に内在化されます。
設計 → 実践 → 失敗 → 修正 → 暗黙知との統合 → 再利用可能になる
したがって、
設計された構造が、実践とフィードバックを通じて主体・組織に内在化されたとき、内部モデルになる。
と整理できます。
これはこれまでの議論で課題、すなわち自己組織化と意図的設計の関係について、一つの答えを与えます。 設計と自己組織化は排他的ではありません。 設計は入口を作るだけで、それが内部モデルになるかどうかは、その後の実践とフィードバックが決めます。
教育でも同じ構造がある
この区別は教育でも重要です。
教師が「現在完了とはこういうものだ」と説明しただけでは、その概念はまだ教師の側のモデルです。
学習者が、具体例を見る、関係を理解する、自分で使う、間違える、修正する、自動的に利用できる、というようになったとき、その概念は学習者自身の内部モデルになります。
したがって、
外から与えられた知識と、内部化されたモデルは異なる。
内部モデルには、主体自身の認知・行動システムのなかへ組み込まれていることが必要です。
内部モデルは「コピー」より「再生成」される
これまでの議論で履歴依存性から、継承についての帰結が出てきます。
教師がもつ理解を、生徒へそのまま転送することはできません。 伝えられるのは、言葉、数式、図、例などの外的な表現です。 それを材料として、学習者自身が内部モデルを再構築する必要があります。
したがって教育は、
内部モデルを転送することではなく、内部モデルが再生成される条件を与えること
と考えられます。
文化の継承でも同じです。 型、文章、制度、道具などの形式は保存できます。しかし、それらが生まれた意味や関係性を次世代が実践のなかで再構築しなければ、生きた文化としては十分に継承されません。
したがって文化の継承も、
完成した構造のコピーではなく、次世代における内部モデルの再生成
として捉えられます。
文化論で文化を「集団の圧縮装置」と述べたことと、この点は両立します。 圧縮されて保存されるのは形式であり、次世代はそれを材料として自分の内部モデルを組み直します。 渡されるのは材料であって、モデルそのものではありません。 この点は認知・学習論の学習論で、主体性が必要な理由として扱います。
内部モデルは人間だけに存在するのか
ここで、内部モデルの適用の範囲を考える必要があります。
人間の認知や人間社会だけに限定することも可能です。しかし、一般の概念としては動物まで拡張したほうが自然です。
動物の神経系には、環境状態の推定、行為の結果の予測、運動制御、学習、行動選択などに関わる内部表象・内部モデルが存在すると考えられています。運動制御の研究では、行為の結果を予測する 順モデル (forward model)などが典型的な内部モデルとして扱われます [1] 。
したがって、
認知的内部モデルは、人間だけではなく、少なくとも一定の学習・予測能力をもつ動物にも存在する
と考えるほうが妥当です。
進化による機能獲得は内部モデルか
より難しいのが、進化によって形成された身体の構造や機能です。目、免疫系、運動反射、生得的な行動傾向などは、長い進化の過程で環境へ適応して形成されました。
これらは広い意味では、 過去の環境についての情報を身体構造として保持している と見ることができます。
しかし、これらをすべて内部モデルと呼ぶと概念が広がりすぎます。 目そのものが世界について予測し、モデルを修正しているわけではありません。
したがって、 進化的な適応構造 と 認知的な内部モデル は区別したほうが適切です。進化的な構造については、 内部モデルの前駆的な構造 、あるいは 広義の環境情報の蓄積 と考える程度にとどめます。
そうしなければ、ほとんどすべての生物的機能が内部モデルになり、概念の分析力が失われます。
別の記事で、生物進化を限定的な類比にとどめたのは、この理由によるものです。 そこでは「生成された構造が、その後の変化の制約条件になる」という点だけを取り、意図的な探索や内部モデルという概念はそのまま適用しないとしました。この節はその判断の根拠を示しています。
文化・組織を内部モデルと呼べるか
認知科学における内部モデルは、通常は個体の内部の神経・認知モデルを指します。 したがって文化や企業について内部モデルという言葉を使う場合には、概念を拡張していることを明示したほうが適切です。
ここでは、 個人的内部モデル と 集団的内部モデル を区別します。
個人的内部モデル
個人的内部モデルとは、
個人の神経・認知システムに形成され、認識・予測・判断・行為を媒介する再利用可能な構造
です。概念、スキーマ、技能、因果の理解、感情カテゴリー、自己モデル、他者モデル、世界観などが含まれます。
集団的内部モデル
集団的内部モデルとは、
集団が過去の経験・探索結果を、複数の人間・制度・記号・物質的構造に分散して保存し、集団の現在の判断・行動を方向づける再利用可能な構造
です。言語、規則、型、慣習、制度、役割、組織のルーティン、マニュアル、物語、価値観、評価の基準、世界観、文化などが含まれます。
この場合、内部モデルは一人の脳内に存在するわけではありません。 人、文章、道具、空間、制度などに分散して存在します。その意味では、 分散的内部モデル と呼ぶこともできます。
文化と組織:集団的内部モデルの実例
文化論の議論では、文化を 集団における長期記憶・内部モデル と捉えてきました。この整理は、この記事の定義とも整合します。
文化は、過去のあらゆる出来事をそのまま保存しているわけではありません。試行錯誤の結果を、型、物語、規則、美意識、儀礼、技法、言語、慣習などへ圧縮します。それによって、後世の人間は過去の探索をすべてやり直す必要がなくなります。
つまり文化は、
集団が過去の経験を再利用可能にする圧縮装置
として働きます。 四条件でいえば、履歴性・圧縮性・生成性を満たします。可塑性については、これまでの議論で閉鎖化によって弱まる場合があります。
組織も集団的内部モデルをもつ
企業についても同じです。企業は環境との相互作用から、商品の知識、顧客のモデル、業務の手順、判断の基準、組織文化、評価の制度、ブランド、役割の分担などを形成します。
これらは単なる情報ではありません。現在の社員の判断や行動を方向づけます。 したがって、
組織は過去の経験を内部モデルとして圧縮・蓄積し、それによって現在の活動を可能にしている。
と考えられます。
内部モデルの階層性
内部モデルは一枚岩ではありません。
| 階層 | |
|---|---|
| 人間 | 感覚パターン → カテゴリー → 概念 → スキーマ → 因果モデル → 物語 → 自己モデル → 世界観 |
| 文化・組織 | 個別ノウハウ → ルーティン → 規則 → 制度 → 価値体系 → 世界観 |
下位のモデルは上位のモデルの部品となり、上位のモデルは下位の認識や行動を制約します。 したがって内部モデルは 重層的な構造 として扱う必要があります。
この重層性は、これまでの議論で「一つの階層で形成された構造が、次の階層では環境になる」という原理と同じものです。 ただしこの節が述べているのは、一つの主体の内部にも同じ重層性があるという点です。
内部モデルとは何でないか:循環との区別
内部モデルとフィードバックループそのものも区別すべきです。
| 表すもの | |
|---|---|
| フィードバックループ | 変化がどのように循環するか |
| 内部モデル | その循環の履歴がどのような構造として保持されているか |
たとえば、行動 → 結果 → 修正 → 行動、という循環そのものはフィードバックループです。そこから「この状況ではこう行動するとよい」という規則が形成されれば、それが内部モデルになります。
したがって、
フィードバックループは学習の過程であり、内部モデルはその学習結果が構造として保存されたものである。
と整理できます。
内部モデルは静的なものでもない
ただし「学習結果」といっても、完成して固定されたものではありません。
内部モデルは現在の行動を生み出し、その行動が再び環境へ影響し、そこから新しいフィードバックを受けます。
内部モデル → 行動 → 環境 → 結果 → 内部モデル更新
内部モデルは、
過去の結果であると同時に、次の変化を生み出す原因
でもあります。この点で、内部モデルは動的な構造です。
再利用可能性
内部モデルの特徴を最も短くまとめるなら、
過去の経験を、現在と未来に再利用できること
が中心的な条件になります。
単なる痕跡では足りません。 たとえば木に傷がついても、それは過去の出来事の痕跡ではありますが、その傷が木のその後の判断や予測に利用されるわけではありません。
内部モデルは、過去 → 構造化 → 現在の判断 → 未来の行動、を接続します。つまり、
時間を越えて経験を利用可能にする構造
です。
予測は内部モデルの必須条件か
ここで重要な論点が残ります。 認知科学では内部モデルを予測の機構として狭く定義することも多いためです。
しかしこの連載の議論では、概念、技能、文化、制度、物語まで扱います。 これらのすべてが明示的に未来を予測しているわけではありません。
したがって、本モデルでは予測だけに限定しないほうが適切です。より広く、
内部モデルとは、その後の認識・判断・行為を生成的に制約する再利用可能な構造である。
と定義します。予測はその重要な機能の一つですが、唯一の機能ではありません。
内部モデルは、何を見るか、どう意味づけるか、何を期待するか、何を選ぶか、どう行動するかを方向づけます。
この「生成的に制約する」という言い方は、この連載が別のところで使っている「材料」という言い方と同じことを指しています。 制約する側から見るか、使われる側から見るかの違いです。 どちらも、内部モデルが保存された答えではないと述べています。
内部モデル・自己組織化・フィードバックの関係
ここまでの整理をまとめると、各概念の関係は次のようになります。
| 概念 | 内容 | 内部モデルとの関係 |
|---|---|---|
| システム | 最も広い概念。複数の要素が関係し、一定の挙動や機能を生み出す構造 | 内部モデルをもつ場合も、もたない場合もある |
| 自己組織化 | 秩序や構造が形成される過程 | 内部モデル形成の主要な生成機構になりうる。 ただし自己組織化されたものすべてが内部モデルではない |
| 開放型フィードバックループ | 外部環境からの結果によって内部構造を修正する循環 | 内部モデルの形成・更新を促進する |
| 閉鎖型フィードバックループ | 既存の内部基準によって行動や構造を修正する循環 | 内部モデルの精密化・安定化・伝承を促進する |
| 内部モデル | 過去の探索・経験を圧縮して保持し、その後の認識・判断・行為に再利用する構造 | 開放型フィードバックによって形成・修正され、閉鎖型フィードバックによって精密化・保存されうる |
典型的な内部モデル形成の過程
最も一般化すると、次の動態になります。
外部環境との接触
↓
試行錯誤
↓
フィードバック
↓
有効なパターンの発見
↓
自己組織化
↓
内部モデルの形成
↓
反復・利用による安定化
↓
閉鎖型フィードバックによる精密化
↓
環境変化・不一致
↓
再開放・更新
文化論とこれまでの議論で「生成・固定・再生成」を、内部モデルの側から書き直したものです。
自動車の例による境界の整理
この定義を使うと、冒頭の自動車の例は明瞭になります。
| 通常の自動車 | 学習する自動運転システム | |
|---|---|---|
| 構造をもつ | ○ | ○ |
| 部品が循環的に作動する | ○ | ○ |
| フィードバック制御をもつ | ○(場合による) | ○ |
| 過去の走行経験から自分のモデルを形成する | × | ○ |
| 経験によって内部構造を再編する | × | ○ |
| 学習結果を蓄積する | × | ○ |
| 内部モデルか | × | ○(学習部分について) |
したがって、
機能的システムであることと、内部モデルをもつことは異なる。
暫定的な最終定義
以上を踏まえ、この連載では内部モデルを次のように定義します。
内部モデルとは、主体または集団的システムが、環境との相互作用および過去の探索・経験を通じて形成し、その経験をパターン・意味・規則・技能・制度などの形へ圧縮して保持し、現在および将来の認識・予測・判断・行為を方向づける再利用可能かつ更新可能な構造である。
さらに簡潔に言えば、
過去の経験を、次の認識と行為に使える形へ変換した構造
です。
本モデルにおける内部モデルの位置づけ
内部モデルは、これまでの理論の全体のなかでは、 自己組織化 と フィードバック の中間に位置する中心の構造です。
自己組織化によって生まれ、内部モデルとして蓄積され、その内部モデルが次の行動を生成し、外部フィードバックを受けて再び修正されます。
したがって、
自己組織化は生成原理、内部モデルは蓄積構造、フィードバックは更新原理である。
と整理できます。
この三つを分離して定義することで、文化・組織・認知を同じモデルで扱いながら、概念の混同を避けられます。
今後の検討課題
今後さらに検討すべき点として、次があります。
第一に、内部モデルの最小条件です。 単なる行動の規則まで内部モデルと呼ぶのか、それとも何らかの表象性を必要とするのか。 この問いは、この連載が身体技能論でエコロジカル・ダイナミクスとの立場の違いとして扱う論点と同じものです。
第二に、個人的内部モデルと集団的内部モデルの関係です。 集団的内部モデルが単なる比喩なのか、それとも分散認知や組織記憶の観点から実質的にモデルとして扱えるのかを詰める必要があります。 ここまでの議論はこの拡張を行いましたが、その妥当性は示していません。
第三に、内部モデルの階層分類です。 感覚、技能、概念、スキーマ、物語、世界観、制度、文化までを、どのような階層として整理するか。 これまでの議論で二つの階層を並べましたが、両者の対応関係は未整理です。
第四に、進化的な適応との境界です。 進化による構造の形成を内部モデルの前史として扱うのか、それとも完全に別の概念とするのか。 これまでの議論では前駆的構造として扱いましたが、その境界は暫定的です。
第五に、意図的設計と自己組織化の関係です。 設計された構造が、どの段階で実質的な内部モデルへ転化するのかを整理する必要があります。 これまでの議論で「実践とフィードバックを通じた内在化」という答えを出しましたが、その過程の条件は示していません。
結論
内部モデルは、単なるシステムでも、循環でも、閉鎖系でもありません。それは、
環境との相互作用から形成され、過去の経験を圧縮して保持し、その後の認識・判断・行為に再利用される構造
です。
その形成には自己組織化が大きく関わり、その更新には開放型フィードバックが、精密化と保存には閉鎖型フィードバックが関与します。
したがって、 自己組織化・内部モデル・開放型フィードバック・閉鎖型フィードバック は、それぞれ別の概念でありながら、一つの動的な循環を形成しています。
最も簡潔には、
自己組織化によって内部モデルをつくり、内部モデルによって行動し、フィードバックによって内部モデルを更新する。
という構造です。
この定義を基礎にすれば、個人の認知、学習、感情調整、技能、企業、文化を、単なる比喩ではなく、より統一的な枠組みで比較・分析できる可能性があります。
ここまでの整理から、内部モデルは固定された答えではなく、経験から形成され、状況に応じた判断や行為を組み立てる材料だと捉えられます。重要なのは、モデルを持つことではなく、外部との往復を通じて更新できることです。
参考文献
1. 運動制御における内部モデル・順モデル(forward model)は、行為の感覚的な帰結を予測するモデルとして広く研究されています。Wolpert, D. M., Ghahramani, Z. & Jordan, M. I. (1995). “An Internal Model for Sensorimotor Integration.” Science , 269(5232), 1880–1882. DOI: 10.1126/science.7569931 https://doi.org/10.1126/science.7569931 また、内部モデルが単層ではなく階層的に構成されうることについては、Merel, J., Botvinick, M. & Wayne, G. (2019). “Hierarchical motor control in mammals and machines.” Nature Communications , 10:5489. DOI: 10.1038/s41467-019-13239-6 https://doi.org/10.1038/s41467-019-13239-6 ↩