開放系と閉鎖系シリーズ|内部モデル・圧縮・学習 第1回(全5回)
ここからNo.18までの5本では、経験がどのように圧縮され、認識や行動を支える内部モデルになるのかを扱います。「内部モデル」は便利な言葉ですが、広く使うほど意味が曖昧になります。まず他の概念との違いを明確にし、学習、感情、組織文化をつなぐ共通の土台を作ります。
内部モデルという言葉は、分野によって異なる意味で使われます。本シリーズでは、経験から形成され、その後の認識・判断・行為を方向づける構造として定義します。
内部モデルは、単なるシステムや循環ではありません。
問題設定
これまでの議論では、「内部モデル」という概念を、個人の認知、感情調整、学習、企業、文化などを貫く中核の概念として用いてきました。
しかし、この概念を広く使うためには、まず「内部モデルとは何か」を明確に定義する必要があります。とくに区別しなければならないのは、次の七つです。
- 内部モデル
- システム
- 循環
- 自己組織化
- 開放型フィードバックループ
- 閉鎖型フィードバックループ
- 意図的設計
これらは相互に関連しますが、同一ではありません。 この記事では、これまでの議論を整理しつつ、内部モデルをより限定的で分析可能な概念として定義します。
内部モデルは単なる「システム」ではない
まず重要なのは、内部モデルと一般的なシステムを区別することです。
システムとは、複数の要素が相互に関係し、一定の機能や挙動を生み出している構造を広く指します。
たとえば自動車は明らかにシステムです。 エンジン、変速機、タイヤ、制御装置などが相互に連携し、自動車という一つの機能的な全体を形成しています。
しかし、通常の自動車そのものを内部モデルと呼ぶのは適切ではありません。 なぜなら自動車は、環境との相互作用を通じて自らの構造や機能を学習し、再編していくわけではないからです。 設計者によってあらかじめ構成された構造を、そのまま実行しています。
この違いは、移植できるかどうかに現れます。 一般的な人工のシステムは、構造と環境を比較的、分離しやすいものです。自動車は、設計された構造を別の場所でもほぼ同じ形で再現できます。 一方、内部モデルはその環境との相互作用の履歴を内部に含んでいます。そのため、形式だけを切り出して別の環境へ移植しても、同じ機能を再現できるとは限りません。
したがって、
システムであることは、内部モデルであるための十分条件ではない。
内部モデルには、単なる構造以上の性質が必要です。
内部モデルの基本定義
これまでの議論を統合すると、内部モデルは次のように定義できます。
内部モデルとは、主体または組織が環境との相互作用を通じて形成・更新し、過去の経験や探索結果を圧縮して保持し、その後の認識・予測・判断・行為を方向づける再利用可能な構造である。
この定義には四つの重要な要素が含まれています。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 履歴性 | その場で偶然に存在している構造ではなく、過去の経験、探索、失敗、成功、学習などの履歴が蓄積された結果である |
| 圧縮性 | 過去の経験をそのまま保存するのではなく、パターン、意味、規則、概念、技法などの形へ圧縮する |
| 生成性 | 保存されているだけではなく、現在の認識、予測、判断、行動を方向づける |
| 可塑性 | 外部環境から新しいフィードバックを受けた場合、必要に応じて修正されうる |
この四点が、内部モデルを単なる構造やシステムから区別する条件になります。
自動車の例に戻れば、通常の自動車は履歴性も圧縮性も可塑性ももちません。 構造をもち、部品が循環的に作動し、フィードバック制御をもつ場合すらありますが、それでも内部モデルではありません。
内部モデルは有機的・履歴依存的である
四条件のうち、 履歴性 についてもう少し述べておきます。ここに内部モデルのもっとも扱いにくい性質があるためです。
内部モデルは、完成品として外部から単純に配置されるものではありません。 その構造は、環境との関係の歴史から形成されています。
| 形成の履歴 | |
|---|---|
| 人間の概念 | 経験 → 比較 → 理解 → 意味形成 → 利用 → 修正 |
| 企業のルーティン | 顧客対応 → 成功・失敗 → ノウハウ → 標準化 → 実践 → 修正 |
| 文化 | 実践 → 試行錯誤 → 技法 → 型・制度 → 継承 → 再解釈 |
この意味で、内部モデルは 有機的かつ履歴依存的な構造 といえます。
この履歴依存性から、実務上の帰結が導かれます。 内部モデルは環境との相互作用の履歴を内部に含んでいるため、 形式だけを切り出して別の環境へ移植しても、同じ機能を再現できるとは限りません。 他社で成功した制度をそのまま導入しても働かない、他流派の型だけを取り入れても同じものにならない、という現象は、この性質から説明できます。 移植できるのは形式であって、その形式を成り立たせていた関係の履歴ではないからです。
この点は学習論でさらに扱います。
自己組織化と内部モデルは同じではない
内部モデルを考える際には、自己組織化との区別も必要です。
自己組織化とは、全体を設計する主体がいないまま、相互作用と制約から秩序が生じることです。 全体を設計する主体がいないまま、要素間の相互作用と制約から機能的な秩序が生じることです。生物の発生、群れの形成、細胞のパターン、社会的な慣行など、多くの現象が自己組織化として説明されえます。
しかし、
自己組織化によって形成された構造のすべてが、内部モデルなのではない。
たとえば結晶の構造も自己組織化的に形成されます。 しかし結晶は、その構造を利用して次の状況を認識したり、予測したり、行動を選択したりするわけではありません。
したがって次のように区別できます。
| 内容 | |
|---|---|
| 自己組織化 | 構造が形成される過程 |
| 内部モデル | 形成された構造のうち、その後の認識・判断・行為を媒介するもの |
| 構成 | 内部モデルを材料として、その場の条件に応じて一回の行為や思考が組み上がること |
三つは時間のスケールが違います。 自己組織化と内部モデルは長期の側、構成は瞬間の側です。これまでに述べたとおり、この連載はこの二つを呼び分けます。
この意味で、
自己組織化は内部モデルの主要な生成機構の一つであるが、内部モデルそのものではない。
四つの条件でいえば、結晶に欠けているのは生成性と可塑性です。
内部モデルは開放系でも閉鎖系でもない
これまでの議論では、開放型フィードバックループと閉鎖型フィードバックループという区別を導入してきました。ここで重要なのは、
内部モデル=閉鎖系、ではない。
ということです。 内部モデルそのものと、フィードバックループの開放性・閉鎖性は別の概念です。
むしろ内部モデルは、典型的には開放型フィードバックループのなかから形成されます。
環境 → 行動 → 結果 → 失敗・成功 → 修正 → パターン形成 → 内部モデル
つまり、外部環境との相互作用によって内部モデルが自己組織化されます。
別の記事では、主体の構造を述べるために内部モデルを「相対的な閉鎖系」と呼びました。あれは便宜的な言い方です。 正確には、内部モデルは閉鎖系そのものではなく、外部の情報を変換する位置にある構造です。
二つのフィードバックと内部モデル
開放型フィードバックループでは、評価の基準が外部にあります。勝敗、市場、顧客、実験、現実の失敗、身体感覚、問題の正誤、他者とのやりとりなどが、内部モデルの妥当性を制約します。
ここでは次の循環が起きます。
内部モデル → 予測・行動 → 外部結果 → 不一致 → 内部モデル修正
したがって、開放型フィードバックには 内部モデルを形成・修正する機能 があります。内部モデルは、この外部フィードバックにさらされることによって、現実との適合性を維持します。
内部モデル形成と閉鎖型フィードバック
一方、閉鎖型フィードバックループでは、評価の基準が内部にあります。規則、作法、資格、正統性、内部評価などです。
ここでは次の循環が起きます。
内部モデル → 規範 → 行動 → 内部評価 → より正確な内部モデルへの適合
閉鎖型フィードバックは、内部モデルを消すのではありません。むしろ精密にし、安定させ、伝承しやすくします。 型が細かく整理され、教授法が作られ、用語が統一されるのは、この働きによるものです。
問題は、閉鎖型フィードバックだけになったときに起こります。 内部モデルの妥当性を確かめる経路が内部にしか残らないためです。
内部モデルは開放と閉鎖を媒介する
以上からすると、内部モデルは開放系そのものでも閉鎖系そのものでもありません。むしろ、
開放と閉鎖の両方を媒介する構造
と考えられます。典型的には次の循環になります。
開放型フィードバック
↓
試行錯誤
↓
自己組織化
↓
内部モデル形成
↓
閉鎖型フィードバックによる精密化・保存
↓
外部環境への再適用
↓
不一致
↓
再開放・更新
したがって内部モデルは、
外部との相互作用から生まれ、内部運用によって洗練され、再び外部フィードバックによって更新される構造
です。
これまでの議論で往復可能性は、この循環が一周できるかどうかを問うものだったことになります。
内部モデルは「部分的な閉鎖系」を可能にする
ここで、別の記事で使った「開放系の中の閉鎖系」という表現を、正確に言い直しておきます。
完全な開放系のままでは、主体は毎回すべてを処理しなければならず、経験を蓄積できません。 そこで過去の経験の一部を内部モデルとして圧縮し、外部を逐一、参照しなくても処理できる領域を作ります。 しかし完全に閉鎖すれば、現実とのズレを修正できなくなります。
したがって内部モデルの働きは、次のように述べられます。
内部モデルとは、開放系との接続のなかから形成され、部分的な閉鎖系を可能にする構造である。
「閉鎖系である」のではなく「閉鎖系を可能にする」という点が重要です。 内部モデルがあるから、外部を毎回、参照しなくてよい領域ができる。その領域が、中編でいう相対的な閉鎖系にあたります。
つまり全体は次の循環になります。
開放系
↓ 相互作用・フィードバック
自己組織化
↓
内部モデル形成
↓
部分的な閉鎖系としての運用
↓
外部環境との再接続
↓
更新
この構造は、人間の認知における概念やチャンク、企業におけるルーティン、文化における型・制度・世界観に共通します。 内部モデルは、外部から独立した完成品ではなく、 環境との関係の履歴が凝縮された、再利用可能かつ更新可能な構造 です。