開放系と閉鎖系シリーズ|技術・上達・生成能力 第4回(全5回)
能力を、状況に応じて解を作れるシステムの性質として捉えると、個別の技法を覚えることとの違いが見えてきます。この記事では、目に見える技法と、それを生み出す生成能力を分けて考えます。何を練習し、何を評価すべきかをより具体的にするための一歩です。
目に見える技法の背後では、姿勢、重心、感覚、力の伝達などを組織する能力が働いています。技法と、それを生み出す生成能力を分けます。
個別技法と、それを生み出す生成能力は区別する必要があります。
はじめに:何が発達しているのか
これまでの議論では、技術を「身体の内部に固定された完成運動」と考える立場から、身体・環境・課題の相互作用のなかで、その都度、機能的な運動が構成されるものとして捉え直しました。
そこから次のモデルを提示しました。技は固定的な運動パターンそのものではない。反復は完成形を刻み込むためだけに行うのではない。探索・自己組織化と、収束・精密化という二つのモードを往復することが上達につながる。内部に形成されるリソースや安定傾向を使って、その都度、具体的な技が構成される。
しかし、このモデルには、もう一つの問題が残ります。
技法を練習することによって、実際には何が発達しているのか
という問いです。
剣術で正面切りを練習した場合、われわれは通常「正面切りという技が上達した」と考えます。しかし経験的には、実際に起きている変化はそれだけではありません。
正面切りを繰り返す過程では、形以外の能力も発達しているように思われます。全身の協調、姿勢や重心の制御、身体内での力の伝達、複数の関節自由度の調整、状況に応じた動作の変更、感覚情報を使った運動の修正などです。
ここから、技能の鍛錬には少なくとも二つの異なる層が存在するという仮説が得られます。
二つの層
技能の上達には、少なくとも次の二つの層が存在すると考えられます。
① 基礎的・生成的な能力
これは個別の技法そのものではなく、技法を成立させるより基礎的な働きです。姿勢制御、重心制御、バランス、多関節の協調、力の調整、力の伝達、タイミングの調整、身体各部の連動、感覚情報の利用、知覚と運動の結合、状況変化への適応、身体自由度の再編成、そして与えられた課題に対して運動上の解を探索する能力などです。
これらをまとめて、この記事では暫定的に 生成的能力 あるいは 運動組織化能力 と呼びます。
② 個別的・現象的な技法
こちらは実際に目に見える具体的な技能です。剣術なら、正面切り、袈裟切り、受け、足遣い、構え、特定の型、特定の間合いでの技などです。 これらは特定の武術体系・課題・文化・環境のなかで成立した具体的な解です。
通常の技能観は②を重視しすぎる
人間は現象として見えるものを評価しやすいものです。
剣術なら、刀の角度、軌道、足の位置、姿勢、速度、型の正確さなどは外から観察できます。したがって「形がきれいになった」「刀筋が正確になった」「型を間違えずできるようになった」ことを、そのまま上達と考えやすくなります。つまり、技能の 現象的な側面である② へ注意が集中します。
しかし、その現象を生み出している下位には、次の①の働きが存在します。どのように身体自由度をまとめるか。どのように重心を維持するか。どのように相手との距離を知覚するか。どのように必要な力を身体全体から刀へ伝えるか。どのように状況の変化に応じて協調関係を変えるか。
したがって、
目に見える技法は、より基礎的な運動組織化能力が、ある特定の課題・制約のもとで現れた現象である。
と考えることができます。
①と②の関係:生成能力から技法が生まれる
この関係を模式化すると、次のようになります。
身体的・知覚的リソース
↓
基礎的な運動組織化能力 ← 自己組織化によって長期に形成される
↓
+課題・相手・武器・環境・流派的制約
↓
その場での構成 ← 一回ごとに組み上がる
↓
具体的技法
二つの矢印は時間のスケールが違います。 これまでの議論では、①が形成されるのは自己組織化であり、②がその場で組み上がるのは構成です。
正面切りを例にすると、足で床反力を扱う能力、重心移動、体幹の制御、肩・肘・手首の協調、刀の慣性への対応、相手との距離の知覚、適切なタイミングなどが組み合わされます。
それらが「相手を正面から切る」という課題と、刀・間合い・相手・ルール・流派という制約のもとで組織されます。その結果として、 正面切り という具体的な現象が生じます。
したがって②は、①から切り離された独立物ではありません。 ②は①が特定の条件下で具体化したもの と考えるほうが適切です。
しかし因果関係は一方向ではない
重要なのは、「①が発達したから②ができる」という一方向だけではないことです。実際には次の循環が存在します。
① → ② 生成能力から技法が生まれる
②の練習 → ① 技法の練習が生成能力を発達させる
正面切りを練習することによって、正面切りの精度だけが上がるのではありません。その過程で、重心の制御、全身の協調、タイミング、身体部位間の力の伝達、感覚と運動の調整なども変化します。
個別技法は、それ自体が目的であると同時に、基礎的な運動組織化能力を育てるための課題でもある。
ここに技能鍛錬の二重性が存在します。
ただし、どのような練習でも①が発達するわけではありません。 同じ条件で同じ形を繰り返すだけでは、②の精度は上がっても①は働きません。 その条件については後半で扱います。
ベルンシュタインの「自由度問題」との接続
この仮説には、運動制御の研究におけるベルンシュタインの自由度問題が近いものです。
人間の身体は、多数の関節・筋・運動自由度をもっています。同一の課題を達成する場合でも、可能な身体の構成は多数、存在します。 運動制御の中心の問題の一つは、この膨大な自由度をどのように機能的な協調状態としてまとめるかという点にあります。
ベルンシュタインの古典的な学習モデルでは、初心者はまず自由度を一時的に「凍結」し、制御の問題を単純にするとされます。熟練が進むにつれて、それまで固定していた自由度を再び利用し、より柔軟で複雑な協調のパターンを成立させるようになる、という考え方です [1] 。
ただし、この「凍結から解放へ」という順序があらゆる技能で一様に見られるかについては、慎重な検討が必要です [2] 。 それでも、技能の獲得によって身体の協調そのものが変化するという問題設定は、依然として重要です。
したがって、
熟練とは、同じ技が正確になるだけでなく、多自由度をもつ身体をより機能的に組織できるようになることである。
とも考えられます。これはこの記事でいう①の発達に非常に近いものです。
「技法を覚える」のではなく「身体を扱えるようになる」
この観点からすると、長期的な武術の鍛錬で大きく変化しているものは、個々の技法の数だけではありません。むしろ、
身体という複雑なシステムを、課題に応じてまとめる能力
が変化している可能性があります。
同じ正面切りを何年も行う意味も、単に正面切りの細部を無限に精密にすることだけではありません。その課題を通して、力まないで力を伝える、姿勢を保ちながら大きな力を扱う、複数部位を連動させる、外乱を利用する、相手との関係でタイミングを調整する、といった、より深層の運動制御の能力を更新しています。
この意味では、
「技を練る」ことを通じて、「身体を組織するシステムそのもの」を練っている。
と表現できます。
②は現象、①は生成条件
ここから①と②の関係をさらに抽象化できます。
| 位置づけ | |
|---|---|
| ② 具体的技法 | 現象 |
| ① 生成的能力 | その現象を生み出すための生成条件・生成機構 |
正面切りそのものは観察できます。しかし「この人はどの程度、多数の身体自由度を課題に応じてまとめられるか」は直接には見えにくいものです。 それは異なる課題を与えたり、条件を変化させたりしたときに、はじめて現れます。
ここに重要な問題があります。
現象だけを見る練習では、生成能力を十分に評価できない。
同一の条件で非常に美しい正面切りができても、距離が変わる、相手が変わる、速度が変わるだけで崩れるなら、 ②は高度でも①はそれほど高くない可能性があります。
反対に、一回ごとの動きに多少の差があっても、どのような条件でも課題を成立させられるなら、①は高い可能性があります。
運動研究でも、熟練を単に同じ運動の反復の精度として見るのではなく、同じ課題の結果を異なる運動の解によって達成できる 行動の柔軟性 (behavioral flexibility)として考える必要性が論じられています。
これはこれまでの議論で述べたことと同じ手続きです。 そこでは、技の本質と変動してよい細部を分けるには、条件を変えて崩れないものを見るしかない、と述べました。
同じ手続きになるのは当然です。これまでの議論の「技の本質」とこの記事の①は、同じものを別の側から見ているからです。 条件を変えても保たれるものが技の本質であり、それを保てる度合いが①の水準です。 条件を変えるという一つの操作が、両方を同時に見せます。
参考文献
1. Vereijken, B., van Emmerik, R. E. A., Whiting, H. T. A. & Newell, K. M. (1992). “Free(z)ing Degrees of Freedom in Skill Acquisition.” Journal of Motor Behavior , 24(1), 133–142. DOI: 10.1080/00222895.1992.9941608. 初心者が自由度を凍結し、熟練にともなって解放していくという古典的なモデルを実験的に検討しています。 https://doi.org/10.1080/00222895.1992.9941608 ↩
2. ニューウェル(Newell, K. M.)& Vaillancourt, D. E. (2001). “Dimensional change in motor learning.” Human Movement Science , 20(4–5), 695–715. DOI: 10.1016/S0167-9457(01)00073-2. 学習にともなう協調の次元の変化は、課題の要求によって減少する場合も増加する場合もあると論じています。 「凍結から解放へ」という一方向の順序が普遍的ではないことの根拠です。 https://doi.org/10.1016/S0167-9457(01)00073-2 ↩