開放系と閉鎖系シリーズ|内部モデル・圧縮・学習 第5回(全5回)
内部モデルを扱う5本の締めくくりとして、個人の学習で起きることを組織と文化の水準へ広げます。規則、手順、物語、伝統は、単なる制約ではなく、過去の経験を次へ渡す記憶でもあります。何を保存し、何を更新すべきかを考えるために、文化を集団の長期記憶として捉え直します。
組織や文化は、過去の経験を規則、手順、物語、慣習へ圧縮して保持します。文化を集団の長期記憶として捉え直します。
文化は、集団が得た経験を規則、慣習、物語、技法として保持する長期記憶です。
文化とは集団の長期記憶・内部モデルである
ここから文化の意味も、さらに具体的に捉え直せます。文化とは、
集団が過去に経験した探索・試行錯誤・発見を圧縮し、後世が再利用可能な形で保存した集団的内部モデル
とも考えられます。
個人は経験を、概念、スキーマ、技能、物語へ圧縮します。社会は経験を、型、言語、規則、制度、作法、物語、伝統、儀礼、価値観へ圧縮します。
個人にとって長期記憶が「過去のすべてを再経験せずに過去を利用する仕組み」であるなら、文化は集団にとって、
過去のすべての探索をやり直さずに、その成果を利用する仕組み
です。
ただし、渡されるのは材料である
一点、注意が要ります。集団が保存した内部モデルは、次の世代へそのまま移植されるわけではありません。
書物、型、制度は、 学習者の内部にモデルを作るための材料と手がかり を提供します。しかしそれを使える状態にするには、各人の内部での再構成が必要です。 この点はこれまでの議論で扱います。
したがって「文化は集団の内部モデルである」という命題と、「内部モデルは学習者自身のなかに形成されなければ利用できない」という命題は矛盾しません。 外在化された文化が渡すのは材料であり、内部モデルそのものではないからです。
圧縮しなければ蓄積できず、圧縮しすぎれば現実を失う
ここで個人の認知と文化がまったく同じ問題を抱えることが分かります。
| 圧縮しなければ | 圧縮しすぎれば | |
|---|---|---|
| 個人 | 認知資源が足りない | 現実の細部を見落とす |
| 文化 | 次世代へ伝承できない | 制度や伝統が現実から遊離する |
したがって共通の原理は、
圧縮しなければ蓄積できない。圧縮しすぎれば現実を見失う。
となります。
企業も内部モデルを形成する
この構造は企業にもそのまま適用できます。
企業も創業時には比較的カオスです。市場へ商品を出す。顧客が反応する。失敗する。価格を変える。サービスを変える。役割を変える。つまり次の開かれたフィードバックループのなかで自己組織化します。
環境 → 行動 → 結果 → 修正
そこから次第に、成功のパターン、仕事の進め方、顧客対応、判断の基準、商品の設計、役割の分担、価値観、組織の構造が形成されます。これらが企業の内部モデルになります。
企業の内部モデルとは「圧縮された仕事」である
企業では、過去に起きたすべての出来事を毎回、参照することはできません。
たとえば1000件の顧客対応の経験があったとして、その1000件をすべて思い出して次の顧客対応を決めることは非効率です。そこで次の圧縮が行われます。
1000件の経験 → 共通パターン → 「この場合はこう対応する」 → 顧客対応ルール
企業の内部ではこの圧縮が、マニュアル、業務フロー、標準作業手順、役職、会議の制度、評価の制度、ブランド、企業理念、暗黙の慣行などとして保存されます。
組織学習の研究でも、組織は外部から知識を取得するだけではなく、それを既存のルーティンへ統合する能力を必要とすることが論じられています [1] 。また、日常の実践から生まれた知識を組織知として捕捉できるかどうかが、イノベーションや学習に関係することも研究されています [2] 。
企業にとって内部モデル形成は不可欠である
企業が永遠に創業直後のカオスを維持することはできません。
もしすべてを毎回、現場の判断に任せれば、品質が安定しない、同じ失敗を繰り返す、新人を教育できない、人が辞めるたびに知識が失われる、判断のコストが高くなる、という問題が生じます。
したがって企業も、
考えなくてもよいことを増やすことで、より高度な活動を可能にしている。
これは個人の認知と同じです。これまでの議論で「処理する必要そのものを減らす」が、組織の水準に現れた形です。
知識経営との接続
ここから本モデルは知識経営論とも接続します。
知識経営の代表的な議論では、組織内の知識を、言語化しにくい暗黙知と、文書や概念として表現できる形式知などとして捉え、それらの形成・共有・利用を考えます。
この記事のモデルはこの問題を、
経験がどのように再利用可能な内部モデルへ変換されるか
という、より一般的な枠組みから捉えます。
つまり内部モデルは文書化された知識だけではありません。身体化された技能、暗黙の判断、組織文化、「普通こうする」という期待、価値の基準、成功のイメージ、顧客についてのモデル、経営者の世界観まで含みます。
したがって企業における内部モデル形成とは、
仕事・判断・価値・ルール・仕組みを圧縮し、蓄積し、組織として再利用可能にすること
です。
企業における自己組織化と内部モデル形成
企業の発展も、次のように捉えられます。
自己組織化 → 内部モデル形成 → 制度化 → 再利用 → 再開放
創業期には、環境への適応が優先されます。成功のパターンが生まれると、それを固定します。固定によって効率が上がります。
しかし成功した内部モデルが長期間、維持されると、次の自己強化が起こります。
「これで成功した」 → 「これが正しい」 → 標準化 → 制度化 → 教育 → 評価 → 人材選抜
すると本来、 環境に適応するために作られた内部モデル が、 人間を内部モデルへ適応させる仕組み へ転換します。
これはこれまでの議論で「現実が文化を選ぶ」から「文化が人間を選ぶ」への転換と同型です。
企業における開放と閉鎖
企業も開放的であるほど、顧客の反応、市場、競争、技術革新、失敗などによって内部モデルを柔軟に変更できます。一方、その状態では、制度が安定しない、ノウハウが固定されない、担当者への依存が強くなる、細部が失われる、継承しにくい、という問題が生じます。
逆に閉鎖性が高まれば、手順が明確になる、品質が安定する、ノウハウを保存できる、教育しやすい、複雑な仕事を分業できる、という利点があります。一方で、市場の変化への対応が遅れる、古い成功モデルを維持する、マニュアルが目的化する、内部評価が強くなる、顧客より社内の事情を優先する、という問題が起こります。
したがって企業でも、 開放性による探索・適応 と、 閉鎖性による蓄積・効率・伝達 のトレードオフが存在します。
学習する組織の再定義
このモデルを使えば、「学習する組織」もより明確に定義できます。
学習する組織とは、 内部モデルをもたない組織 ではありません。むしろ、
経験を内部モデルへ変換して蓄積する能力と、その内部モデルを外部フィードバックによって更新する能力の双方をもつ組織
です。
内部モデルを作れない組織は未熟です。内部モデルを変更できない組織は硬直しています。 したがって次の循環が必要になります。
探索 → 圧縮 → 制度化 → 利用 → 外部検証 → 修正 → 再制度化
組織学習論でも、既存のルーティンを捨て、新しい理解やガイドラインを制度化する「生成的学習」が論じられており、この循環と近い問題設定をもちます [3] 。
個人・企業・文化の共通構造
以上をまとめると、三つの水準に共通する構造が見えてきます。
| 個人 | 企業 | 文化 |
|---|---|---|
| 経験 | 市場・業務経験 | 歴史的経験 |
| 試行錯誤 | 商品・業務改善 | 多様な実践 |
| パターン発見 | 成功ノウハウ | 有効な技法 |
| 概念・チャンク | ルーティン | 型・慣習 |
| 内部モデル | 組織制度 | 文化体系 |
| 長期記憶 | 組織知 | 伝統 |
| 自動処理 | 標準業務 | 作法・慣行 |
| モデル修正 | 組織変革 | 文化的再生成 |
つまり認知、学習、感情、企業、文化は、スケールこそ異なりますが、
過去の経験を圧縮して再利用可能にし、それを現在の行動へ利用する仕組み
という共通構造をもつ可能性があります。
ただし、ここでも同じ注意が必要です。 三つの水準を同じモデルで記述したのですから、記述が似るのは当然です。主張しているのは、この形で記述すると三つの水準について同じ問い(圧縮が足りているか、圧縮しすぎていないか)を立てられる、という点までです。
もっとも一般的な循環
この議論を最も抽象化すると、次の循環になります。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| ① 開放・探索 | 環境に接触する。まだ答えが決まっていない。試行錯誤する |
| ② 自己組織化 | 繰り返される経験からパターンが生じる |
| ③ 構造化・圧縮 | パターンを概念・技法・規則・物語などへまとめる |
| ④ 内部モデル形成 | 再利用可能な構造として固定する |
| ⑤ 蓄積・自動化 | 意識的な探索を減らし、内部モデルを自動的に利用する |
| ⑥ 高次活動 | 形成された内部モデルを材料として、より複雑な思考・行為を行う |
| ⑦ 外部フィードバック | 内部モデルを現実へ適用する |
| ⑧ 不一致 | 予測や期待と現実にズレが生じる |
| ⑨ 再構成 | 内部モデルを修正・破棄・再編する |
そして再び①へ戻ります。
開放と閉鎖はどちらも必要である
このモデルでは、 開放性 と 閉鎖性 のどちらかを理想化しないことが重要です。
開放だけなら、常に試行錯誤を繰り返すことになります。経験が蓄積されず、毎回ゼロから探索します。閉鎖だけなら、蓄積された内部モデルを効率的に利用できますが、環境の変化へ対応できません。
したがって、
開放性は学習を生み、閉鎖性は学習結果を保存する。閉鎖によって保存されたものを、必要に応じて再び開くことによって発展する。
内部モデル形成と自己組織化は対立しない
ここも重要です。自己組織化と内部モデルは反対の概念ではありません。
自己組織化とは、 内部モデルが形成される前後の生成の過程 です。内部モデルとは、 その探索の結果がある程度、固定された状態 です。
したがって次の階層的な循環になります。
自己組織化 → 内部モデル → 内部モデルを使った新しい自己組織化
一つの内部モデルが形成されることで、それが次の自己組織化を可能にします。この意味で、
構造は創発を止めるものではなく、次の創発の足場でもある。
ここでいう創発とは、 自己組織化によって現れる、要素の単純な総和では説明できない秩序 を指します。この連載では原則として自己組織化という語を使いますが、この一文では現れる側を指すため創発を用いています。
勉強の本質についての仮説
以上を踏まえると、勉強についての中心の仮説は次のようになります。
勉強の本質とは、意味ブロックを主体的な理解によって形成し、それを記憶として蓄積し、自動的・意識的に利用可能にし、その上にさらに高次の意味ブロックを構築していくことである。
学習の高度化とは、知識量がただ増えることではありません。 操作可能な概念の階層が増えること です。
したがって高度な勉強ほど、次の循環が重要になります。
情報を集める → 関係を見つける → 概念化する → 自分の言葉でまとめる
↓
モデルを修正する ← 間違える ← 実際に使う ← 既有概念と結びつける
主体性が必要な理由
学習に主体性が重要なのは、単に主体的なほうがやる気が出るからではありません。より本質的には、
内部モデルは学習者自身の認知システムのなかに形成されなければ利用できない
からです。
完成した知識体系を教師から渡されても、その関係の構造を自分で再構成できなければ、それは表面的な記憶になりやすくなります。これまでの議論では、 外在化された文化や書物が渡すのは材料と手がかりであって、内部モデルそのものではありません。
したがって教育とは、 完成した内部モデルをコピーすること ではなく、
学習者自身のなかで内部モデルが自己組織化される条件を設計すること
と考えられます。
ただしこの記事は、その設計をどう行うかまでは扱いません。 「自己組織化の条件を設計する」という表現は、注意して扱う必要があります。 設計できるのは結果ではなく条件である という区別を厳密にしないと、これまでの議論で「人間を内部モデルへ適応させる仕組み」へ容易に転じます。この問題はこれまでの議論で課題として挙げます。
感情調整の実践への応用
同じ観点から、感情調整についても能動的な訓練を考えられます。
- 身体感覚を観察する
- 感情をラベリングする
- 何に反応したかを特定する
- 過去にも起きたパターンか確認する
- 状況の意味を言語化する
- より大きな自己モデルや人生の文脈へ置く
- 後から結果を確認し、モデルを修正する
これは感情を「抑圧する」技術ではありません。
感情経験をより高次の意味構造へ組み込む技術
です。 とくに七つめが重要です。 ここが欠ければ、感情についての内部モデルが閉じた認知になります。
外部フィードバックを失わないこと
ただし、勉強、感情調整、企業、文化のすべてについて、 内部モデルを作ること だけでは足りません。
内部モデルは必ず現実の一部を切り落とします。したがって次のフィードバックを維持する必要があります。
予測 → 現実 → 不一致 → 修正
感情についてなら、「自分は拒絶された」という内部モデルを作ったとしても、実際には相手が忙しかっただけかもしれません。数学なら、理解したと思っていても問題を解けなければモデルが不十分です。企業なら、社内の評価では成功していても顧客が離れていればモデルが現実と乖離しています。文化なら、内部では「正しい技法」とされていても、本来の機能を主張するなら外部の検証が必要です。
したがって、
内部モデルの成熟と、外部フィードバックへの開放性を両立させること
が共通の課題になります。
統一命題
以上から、この記事の中心となる仮説を次のようにまとめられます。
人間は有限な認知能力しかもたないため、経験や情報を意味ある内部モデルへ構造化・圧縮し、それを長期記憶として蓄積することで、高度な認識・思考・行動を可能にする。内部モデル化された構造は、次の認識では一つの操作単位となり、その上にさらに高次の内部モデルが形成される。この構造は個人の認知だけでなく、感情調整、学習、技能、企業、文化にも共通している可能性がある。しかし内部モデルは現実を圧縮するがゆえに必ず一部を捨てる。そのため、内部モデルは外部フィードバックによって修正可能な状態に保たれなければならない。
最も簡潔には、次の循環です。
探索・経験 → 構造発見 → 圧縮 → 内部モデル → 蓄積 → 再利用 → 外部検証 → 再構成
文化論・一般モデルとの統合
このモデルによって、これまで別々に見えていた議論が一本につながります。
文化論と一般モデルで文化について考えていた 自己組織化 、 内部モデル 、 開かれたフィードバック 、 閉じたフィードバック という概念は、より基礎にある 人間の認知そのものの構造 へ戻ってきました。
そして個人の認知から出発した構造が、集団・企業・文化へ拡張され、再び個人の学習法や感情調整へ応用できます。この往復によって、単なる比喩ではなく、
異なるスケールで反復する共通構造
としてモデル化できる可能性が出てきます。 ただしこれまでの議論では、記述の類似そのものは共通機構の証拠ではありません。
今後の検討課題
このモデルをさらに強くするには、少なくとも次の問題を整理する必要があります。
第一に、内部モデルの階層の分類です。 感覚的なパターン、運動のパターン、チャンク、概念、スキーマ、因果モデル、物語、自己モデル、世界観、制度、文化などを、どのような関係で整理するか。 一般モデルで身体技能について5層を示しましたが、概念や物語まで含む一般的な階層は未整理です。
第二に、圧縮と抽象化の違いです。 これまでの議論で三つの型(抽象化・手続きの単位化・物語化)を区別しましたが、 この三つが本当に別種のものなのか、それとも一つの原理の異なる現れなのかは検討していません。
第三に、自己組織化と意図的設計の関係です。 内部モデルは自然に形成されるだけでなく、人間は学習法、感情調整、組織設計などを通して意図的に形成することもできます。 これまでの議論で「設計できるのは結果ではなく条件である」と述べましたが、その区別を厳密にする作業は残っています。 これは別の記事でも同じ課題として挙がっており、この連載のなかで答えを出す価値が最も高い論点です。
第四に、適切な内部モデルと不適切な内部モデルをどう判定するかです。 判定には、内部的な一貫性だけでなく、 外部環境に対する予測・説明・行動の有効性 も関係すると考えられます。
第五に、教育論への応用です。 教育を「知識を渡すこと」ではなく、 「学習者の内部で意味ブロックが形成される自己組織化の過程を設計すること」 として定義し直せる可能性があります。これは数学、物理、外国語、思想の学習、技能の学習などに具体的な方法論として展開できます。
結論
この記事で明確になったのは、文化について考えていた内部モデル形成の問題が、そもそも人間の認知そのものに存在する基本構造ではないか、ということです。
人間は世界をそのまま処理できません。経験を分類し、関係づけ、概念化し、意味あるまとまりへ圧縮します。その圧縮された構造を長期記憶として保存し、次の場面で再利用します。それによって、以前は複雑だったものを一つの操作単位として扱えるようになり、その上にさらに高度な認識を構築できます。
この過程が 学習 であり、情動の領域では 感情ラベリング・意味づけ・物語化 として現れ、集団の水準では 組織知・制度・文化 として現れます。
したがって、
個人の学習とは内部モデルを形成することであり、文化とは集団が形成した内部モデルであり、企業とは業務経験を組織的内部モデルへ変換するシステムである。
と整理できます。そしてすべてに共通する課題は、
内部モデルを作ることと、内部モデルを壊せることの両立
です。構造をもたなければ蓄積できません。構造を固定しすぎれば現実から離れます。
この意味で、内部モデルとは単なる認知上の便利な道具ではありません。 有限な認知能力をもつ人間が、経験を蓄積し、それを超えてより複雑な世界を扱うための基本的な仕組み です。
文化を集団の長期記憶として捉えると、保存だけでなく更新の仕組みまで含めて考えられます。次の記事からは、同じ構造を身体技能の水準で検討します。
参考文献
9. You, S., Zhou, A. J., Zhou, S. S., Jia, L. & Wang, C. “Organizational Learning Under Institutional Complexity: Evidence from Township Clusters in China.” Management and Organization Review , 17(4), 726–754 (2021). DOI: 10.1017/mor.2021.16. 組織学習では外部の知識を取得するだけでなく、それを企業のルーティンへ統合する能力が重要であることを論じています。 https://www.cambridge.org/core/journals/management-and-organization-review/article/organizational-learning-under-institutional-complexity-evidence-from-township-clusters-in-china/CECFE4BCFC3962189313DC1FD6BF957E ↩
10. Ferguson, S. & Blackman, D. “Translating innovative practices into organizational knowledge in the public sector: A case study.” Journal of Management & Organization , 25(1), 42–57 (2019). 日常の実践のなかで形成された知識が組織知として捕捉される過程を扱っています。 https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-management-and-organization/article/translating-innovative-practices-into-organizational-knowledge-in-the-public-sector-a-case-study/246F4FABC923B6E9274512452599B11C ↩
11. Chiva, R. & Habib, J. “A framework for organizational learning: zero, adaptive and generative learning.” Journal of Management & Organization , 21(3), 350–368 (2015). 既存のルーティンから離れ、新しい理解やガイドラインを制度化する生成的学習を含む組織学習のモデルです。 https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-management-and-organization/article/framework-for-organizational-learning-zero-adaptive-and-generative-learning/0DD824654C5388189A6A95ECFBA9FFAE ↩