開放系と閉鎖系シリーズ|技術・上達・生成能力 第1回(全5回)
ここからNo.23までの5本では、開放と閉鎖、生成と固定のモデルを、身体技能と上達へ応用します。練習では、繰り返した動きが条件の変化に対応できないことがあります。なぜ反復が上達につながる場合と、固定化につながる場合があるのか。技能の前提から考え直します。
同じ動きを繰り返しているのに、本番や条件の違う場面では使えない。技能を完成動作の保存として考えるだけでは、この問題を十分に説明できません。
技能は、保存された完成動作をそのまま再生することではありません。
従来型の「技をつくる」モデル
伝統的な技能観を単純化すると、次のようになります。
正しい技を理解する → 正しい形を反復する → 身体内部に技を形成する
↓
状況に応じて適切な技を呼び出す ← 技を固定・自動化する
ここでは、人間の内部に一種の運動プログラム、内部モデル、自動化システムを構築していくことが上達だと想定されます。
これは建築や機械の設計によく似たたとえです。姿勢、軌道、筋活動、タイミングといった要素を一つずつ組み上げ、最終的に完成した技をつくる。そして完成品をできるだけ壊さず、正確に再生することが熟練とみなされます。 この記事ではこの見方を工学的人間観と呼びます。定義はこれまでの議論で置きます。
しかし、このモデルだけでは熟練者が示す柔軟性を説明しにくくなります。
これまでの議論との接続
別の記事で、内部モデルを その場の状況に応じて解を構成するために使われる材料 と定義しました。完成した解を保存したものではない、としました。認知・学習論では、その材料が経験の圧縮によって形成され、階層をなすことを見ました。
この定義を身体技能へと接続して考えてみましょう。 技が「保存された完成運動」であるなら、内部モデルは完成した解を保存していることになります。 しかし一般モデルの定義でそれを否定しました。したがって技は、材料からその都度、構成される解であることになります。
同じことは文化論からも言えます。閉じた反復だけで固まった技は、外部からの訂正を受けません。 それはこれまでの議論で形骸化の、身体技能における形です。 技が生きているとは、条件が変わったときに再び組織し直せることです。
つまりこの記事の技の定義は、ここまでの議論からの導出です。 そのうえで以下では、運動制御と運動学習の研究も同じ方向を示していることを見ます。 関連研究はこの記事の出発点ではなく、独立した裏づけとして置きます。
ベルンシュタインの「反復なき反復」
ここからは、関連研究による裏づけです。 運動制御と運動学習の研究が、ここまでの導出と同じ方向を示していることを見ます。
人間は同じ動作を繰り返しているように見えても、身体の水準では完全に同一の運動を再現しているわけではありません。
ベルンシュタインの議論を継承する運動研究では、この特徴が「 反復なき反復 」(repetition without repetition)として繰り返し論じられています。熟練した運動であっても、課題の結果を達成する個々の運動には変動が存在します [1] 。
これは単なる「運動の誤差」だけとは限りません。
人間の身体には非常に多くの自由度があり、同じ結果を実現する方法が複数存在します。そのため熟練とは、必ずしも毎回同じ関節角度、筋活動、軌道を再現することではありません。 運動の変動を完全になくすのではなく、課題の結果に悪影響を与えにくい方向へ変動を組織すること も熟練の一部と考えられています [2] 。
したがって、反復されているものを、「同一の身体運動」ではなく、
変化する条件下で同じ課題を解決すること
と考えるほうが適切になります。
自己組織化と制約
この問題を理解するうえで中心になる概念が 自己組織化 です。
定義は別の記事に書きました。 全体を設計する主体がいないまま、要素間の相互作用と制約から機能的な秩序が生じることです。関連する研究から紹介すると、運動の水準において、これは次のように現れます。
運動におけるダイナミカル・システムズ理論は、行動を脳から一方向的に送り出される命令だけでは説明しません。神経系、筋骨格系、身体の力学、知覚、課題、環境など、多数の要素の相互作用から協調した運動パターンが生じると考えます。
テーレンは運動発達の研究について、発達的な変化を 多因子的、流動的、文脈依存的、自己組織的 なものとして捉え、さらに新しい行動の成立には「探索と選択」が重要だとまとめています [3] 。
この考え方では、次のモデルになります。
従来:脳 → 完成した運動指令 → 身体
この記事:身体 × 脳神経系 × 知覚 × 環境 × 課題 → 相互作用 → 協調パターンの生成
その場で柔らかく組み上げる
ダイナミカル・システムズ系の研究では、人間の行動を その場で柔らかく組み上げられるもの (softly assembled)として表現することがあります。
つまり、行動を構成する要素が永久に固定された一枚岩のユニットになるのではなく、現在の課題と文脈に応じて、一時的・機能的な協調関係として組み上げられます。
この観点からすると、歩く、手を伸ばす、剣を振るといった行為は、保存された完成品をそのまま取り出しているというより、
その時点で利用可能なリソースを使って成立した、比較的安定した協調状態
です。
なお、この文献群では、その場の組み上がりも self-organization と呼ばれます。 これまでの議論では、この記事ではそれを 構成 と呼び、自己組織化は内部モデルが形成される長期の側に取っておきます。
動的システムの研究では、こうした比較的安定した状態を アトラクター として記述します。アトラクターは「固定された唯一の行動」ではなく、外乱を受けても戻りやすい、好まれた安定状態です。個人・環境・課題の条件が変われば、アトラクターの安定性も変化し、別の運動パターンへ移りえます [4] 。
制約が自己組織化を方向づける
自己組織化は「何でも自由にやればよい」という意味ではありません。どのような行動が生じるかは、システムに存在する 制約 によって方向づけられます。
ニューウェルの系譜では、とくに 個体の制約・課題の制約・環境の制約 という三種類が重要視されます。現在の身体能力、身長、筋力、経験、目標、ルール、道具、床、相手、空間などが同時に作用し、その交点からその瞬間の運動が成立します [5] 。
したがって自己組織化は、「教師が何も教えないこと」ではありません。むしろ、
どのような制約を設定すれば、望ましい探索と自己組織化が起こりやすくなるか
を考えることが重要になります。
エコロジカル・ダイナミクスによる技能観
三つめの裏づけです。エコロジカル・ダイナミクス(以下ED)は、ダイナミカル・システムズ理論と生態心理学を接続し、人間の技能を 知覚―行為系と環境との関係 として捉えます。
この立場では、運動を「記憶に保存された運動計画を必要なときに呼び出すこと」と説明するより、知覚した環境の情報、意図、身体能力、課題などの相互作用から行為が調整されることを重視します [6] 。
格闘スポーツではこの考え方がとくに理解しやすくなります。実際の対人競技では、選手は一方的に決められた運動を実行しているわけではありません。相手の距離、姿勢、速度、攻撃などに応じて互いに行動を変える 相互適応 が技能の中心になります。格闘競技へのエコロジカル・ダイナミクスの適用研究でも、この相互適応が熟練を考える中心の問題として扱われています [7] 。
これは武術にもそのまま当てはまります。
重なる部分と、重ならない部分
EDとこの記事は、行為がその都度、組織されるという点で一致します。 一方、内部モデルの扱いは異なります。 EDは内部表象への依存を最小にした説明を志向しますが、この記事は内部モデルを積極的に位置づけます。ただしこの記事のいう内部モデルは材料であって完成した解ではないため、 その都度、組織されるという主張とは矛盾しません。
この記事とEDの議論が重なるのは、主に練習設計と実践論の部分です。 制約を操作することで探索を引き出せること、同一条件の反復だけでは適応の幅が広がらないこと、練習環境に実際の遂行環境の情報と行為の関係を保持することが重要であること。EDについては、単独の枠組みとしての適用可能性を問う批判的な検討も存在します [8] 。
技の再定義
以上の三つの研究群は、ここまでの導出と共通する部分があると考えられます。 両者から、技を次のように再定義できます。
技とは、身体内部に保存された固定的な運動パターンそのものではなく、身体・環境・課題の制約のもとで、一定の機能を達成するためにその都度、構成される運動である。
たとえば剣術の正面切りなら、「この関節角度、この軌道、この筋出力を毎回再生すること」が技の本質なのではありません。
相手との距離、相手の姿勢、自分の姿勢、刀の位置、速度、タイミングなどが変わるなかで、
切るという機能を成立させる身体協調をその都度つくる
ことが重要になります。
したがって熟練者がもつものは、完成した技だけではありません。より根本には、 状況に応じて適切な技を構成する能力 があります。
何が不変で、何が変化するのか
ここで「技は毎回異なる」と言ってしまうだけでは、技という概念そのものが消えてしまいます。重要なのは、
何を安定させ、何を変動可能にするのか
です。
| 剣術の例 | |
|---|---|
| 安定している必要がある機能的関係(技の本質) | 適切な間合い、打突点、刀への力の伝達、相手との時間的関係、姿勢を大きく破綻させないこと |
| 幅があってよいもの | 個々の関節角度、細かな軌道、筋活動、歩幅、動作速度 |
したがって、 上達=変動を消すこと ではなく、
重要でない自由度には変動を許しながら、課題達成に重要な関係を安定化すること
と捉えられます。
行動の柔軟性の研究でも、熟練を考えるには、単に運動の変動量を減らすだけでなく、異なる条件に対して解を変化させながら結果を維持する柔軟性を捉える必要があると論じられています [1] 。
機能的関係(技の本質)とは
ここに実践上の難問があります。 学んでいる最中の人にとって、どれが技の本質でどれが変動してよい細部なのかは、あらかじめ分かりません。 とくに未知の分野では、この区別を事前に立てることができません。
では、技の本質とそうでないものを区別するにはどうしたらいいでしょうか。
この記事では、条件を変えても保たれる関係を、技の本質と考えます。 距離を変え、相手を変え、速度を変えたときに、崩れずに課題を達成できるものを見出していく作業を繰り返すことで、技の本質とそれ以外を区別できるようになっていきます。
これを区別せず、ただ同じ条件で反復するだけでは、技の本質的な部分と、変動してもよい要素とが区別されないままになります。すると何が本質か分からないため、 体系的な上達プログラムをつくりだすことが難しくなります。
したがって、これまでの議論で述べる条件変更は単なる練習方法ではありません。技の本質を見つけるための手続きでもあります。
型の再定義
ここから「型」も再定義できます。
従来、 型=保存すべき理想の運動 と考えられやすいものでした。しかし自己組織化の観点からは、
型=望ましい自己組織化を起こしやすくする制約装置
と考えられます。
型によって探索の空間を狭めることで、学習者が特定の身体の関係、力の伝達、間合い、タイミングなどを経験しやすくします。
したがって、 型と自己組織化は対立しません。 型は自己組織化を方向づける一つの制約です。
反復の再定義
同様に、反復そのものも否定されません。変わるのは反復の意味です。
| 反復の意味 | |
|---|---|
| 従来 | 完成した運動を身体内部に刻み込む |
| この記事 | 異なる身体状態・環境・課題のなかで、機能的な解を繰り返し成立させ、自己組織化を安定させ精密にする |
したがってこの記事の第一の重要な命題は、
反復は完成形を刻み込むためだけに行うのではなく、よりよい自己組織化が生じるようにシステムを変化させるために行う。
となります。
参考文献
1. ランガナサン(Ranganathan, R.), Lee, M.-H. & ニューウェル(Newell, K. M.)(2020). “Repetition Without Repetition: Challenges in Understanding Behavioral Flexibility in Motor Skill.” Frontiers in Psychology , 11:2018. DOI: 10.3389/fpsyg.2020.02018. 熟練運動にも変動が存在するというベルンシュタインの「反復なき反復」を出発点に、熟練における behavioral flexibility をレビューしています。 https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.02018 ↩
2. Cohen, R. G. & Sternad, D. (2009). “Variability in motor learning: relocating, channeling and reducing noise.” Experimental Brain Research , 193(1), 69–83. DOI: 10.1007/s00221-008-1596-1. 運動学習にともない変動が単純に消失するだけでなく、課題の結果への影響を減らすよう変動の構造が変化することを分析しています。 ↩
3. テーレン(Thelen, E.)(1995). “Motor development: A new synthesis.” American Psychologist , 50(2), 79–95. DOI: 10.1037/0003-066X.50.2.79. 運動発達を multicausal, fluid, contextual, self-organizing な変化として整理し、探索と選択の役割を強調しています。 https://doi.org/10.1037/0003-066X.50.2.79 ↩
4. Golenia, L. et al. (2017). “What the Dynamic Systems Approach Can Offer for Understanding Development.” Frontiers in Psychology , 8:1774. DOI: 10.3389/fpsyg.2017.01774. 個体・環境・課題の相互作用、アトラクター、安定性と変動の関係について整理されています。 https://doi.org/10.3389/fpsyg.2017.01774 ↩
5. Dehghansai, N. et al. (2020). “Understanding the Development of Elite Parasport Athletes Using a Constraint-Led Approach.” Frontiers in Psychology , 11:502981. DOI: 10.3389/fpsyg.2020.502981. ニューウェル(K. M. Newell)に由来する individual / task / environment constraints の枠組みを整理しています。 https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.502981 ↩
6. Gottwald, V. et al. (2023). “Every story has two sides: evaluating information processing and ecological dynamics perspectives of focus of attention in skill acquisition.” Frontiers in Sports and Active Living , 5:1176635. DOI: 10.3389/fspor.2023.1176635. エコロジカル・ダイナミクスでは運動計画の単純な記憶・呼び出しよりも、知覚―行為結合と個体―環境の相互作用が重視されることを、情報処理論との対比で整理しています。 ↩
7. Krabben, K., Orth, D. & van der Kamp, J. (2019). “Combat as an Interpersonal Synergy: An Ecological Dynamics Approach to Combat Sports.” Sports Medicine , 49(12), 1825–1836. DOI: 10.1007/s40279-019-01173-y. 対人競技で選手どうしが連続的に co-adapt することを技能の中心として論じています。 ↩
8. コリンズ(Collins, D.)ほか (2025). “Ecological Dynamics as an Accurate and Parsimonious Contributor to Applied Practice: A Critical Appraisal.” Sports Medicine , 55(4), 799–810. DOI: 10.1007/s40279-024-02161-7. エコロジカル・ダイナミクスについて、機構・認識論・単独の枠組みとしての適用可能性を批判的に検討しています。 https://doi.org/10.1007/s40279-024-02161-7 ↩