開放系と閉鎖系シリーズ|文化・意味世界・企業 第5回(全6回)
前の記事では、外部に対する有効性と内部の意味の深まりを区別しました。この記事では、体系が成立した後に、その体系自身が新しい欲求や課題を生み出す過程へ進みます。資格や正統性をめぐる問題がなぜ増えるのかを理解すると、制度が拡大し、自己目的化する仕組みが見えやすくなります。
活動が成功し体系になると、その体系を維持し、教え、解釈するための新しい問題が生まれます。一次ニーズと二次ニーズの違いから、この変化を見ていきます。
一次ニーズは活動を生んだ外部の問題、二次ニーズは体系が成立したことで生まれる内部の問題です。
一次ニーズから二次ニーズへ
閉鎖系が自己増殖できる理由の一つは、文化自身が新しい問題を生むからです。 ここで、一次ニーズと二次ニーズという区別を導入します。 前の記事では、閉鎖の帰結を分ける条件の一つとして一次ニーズの有無を挙げました。この節はその対になる概念を立てます。
一次ニーズ は、文化を生み出した外部の問題です。武術なら戦闘、医学なら症状や疾患への対応、言語なら意思疎通です。
二次ニーズ は、文化が成立したことで新しく発生した内部の問題です。どう教えるか、どう分類するか、誰を資格者とするか、何が正統か、どの解釈が正しいか、どの段階まで習得したか、伝承をどう保存するか、などです。
そして二次ニーズを解決する制度が作られると、その制度がさらに新しい問題を生みます。 たとえば資格制度ができれば、資格はいくつの段階に分けるか、誰が認定の権限をもつか、資格を剥奪できるか、他流派の資格を認めるか、という三次的な問題が生じます。
つまり次の再帰的なループが成立します。
文化 → 二次問題を生成 → 制度によって解決 → 制度がさらに問題を生成 → さらなる制度化
これが、外部フィードバックが弱まっても活動が尽きない理由です。 問題の供給源が、外部から内部へ移っています。
外的有効性と内部複雑性は別物である
この区別から重要な命題が導かれます。
内部的に高度であることと、外部世界への適応の度合いが高いことは、同じではない。
ある体系が、何百冊もの文献をもち、何十年もの修行を要求し、精密な分類の体系をもち、難解な議論を行っているとしても、それだけで外的な有効性が高いとはいえません。
逆に、単純な技術がきわめて高い外的有効性をもつ場合もあります。
したがって、 内部複雑性 と 外部適応性 は概念として分離する必要があります。
文化や学問を評価するとき、両者を混同すると、「精密だから現実的に正しい」あるいは逆に「現実に直接役立たないから無価値である」という二種類の誤りが生じます。
では、どう見分けるのか。 本モデルからいえる手がかりは、 その体系が外部の結果によって訂正された履歴をもつかどうか です。精密さの度合いそのものは指標になりません。何によって訂正されてきたかを見ることになります。ただしこれは判定の手続きではなく、着眼点にとどまります。訂正の履歴をどう確かめるかは、本モデルが残している課題です。
閉じた世界の内部抗争
閉じたフィードバックループには、もう一つ特徴的な問題が生じます。
外部の判定が弱いほど、 誰が正しいのかを内部で決めなければなりません。 誰が正統な継承者か、どの解釈が本物か、どの作法が正しいか、どの学派が正しいか、といった問題です。
外部のテストによって決着できない場合、代わりに、権威、系譜、資格、古参であること、多数派、威信、人脈、制度的な位置などが判定の手段になりやすくなります。
ここから、内ゲバ、派閥争い、流派の分裂、お家騒動、正統と異端の論争などが生じます。
この点はブルデューの「場」の理論とも接続できます。ブルデュー的な文化的な場では、人々は単に対象を生産するだけでなく、威信や承認といった 象徴資本 をめぐって競争します [1] 。
したがって、文化の内部の争いは単なる人間関係のうえでの偶発的な問題ではなく、 外部の判定が弱い場で、内部的な正統性が希少な資源になること から生じる構造的な現象である可能性があります。
近代・現代社会は開放系に高い正当性を与える
ここから現代社会論へ接続できます。
現代社会では、 外部世界によって検証されていること が「正しさ」の重要な基準になっています。
典型的なのは、科学、エビデンス、医療、テクノロジー、市場、経済成長、データ、実証研究などです。
これらの世界では、「内部でそう信じている」だけでは正当性として弱くなります。実験、観測、成果、市場、統計など、何らかの外部の基準によって検証されていることが重視されます。
この点では、近代社会はかなり強く 開かれたフィードバックループを正当化する社会 だと考えることができます。
開放系の権威
その結果として、開放系で成功した人物が高い社会的な権威をもちやすくなります。医師、科学者、技術者、成功した経営者、テック企業の創業者などです。
その権威の背景には、 現実世界との接触を通じて能力や知識を証明した という認識があります。
科学者なら実証的な研究を通じて、医師なら臨床や医学的な資格を通じて、経営者なら市場の競争を通じて、現実からフィードバックを受けながら生き残ってきたとみなされます。
閉じた世界は現代では価値が伝わりにくい
これに対し、閉じたフィードバックループの世界は、外部から価値を理解しにくいものです。
何十年も修行している、膨大な古典を読んでいる、伝統的な作法に精通している、高度な内部の議論を理解している。こうした能力は、その文化に参加していない人には価値が分かりにくくなります。
なぜなら、 その価値自体が文化の内部の文脈を前提としている からです。これまでの議論では、内部の意味密度が高いほど、外部の者には些末なものに見えやすくなります。
したがって成熟した文化には、
高度になるほど外部の評価を得にくくなる
という逆説が存在します。
「時代遅れな文化」という評価
さらに、閉鎖系の文化には、内輪揉め、権威主義、派閥争い、細かな作法、過度な上下関係、新参者への参入障壁といった現象が生じます。
これらは誤解ではありません。 これまでの議論では、外部の判定が弱い場では内部的な正統性が希少な資源になるため、構造的に起こります。
そのため現代社会から見ると、文化的な世界は閉鎖的で、非合理的で、時代遅れである、というイメージが形成されやすくなります。
しかし、そこで見落とされているのは、これらの現象が偽であることではありません。同じ閉鎖が果たしている機能のほうです。 次章から、その機能を見ます。
閉鎖系は何を保存するのか
閉じたフィードバックループには、保存、精緻化、洗練、体系化、標準化、伝承という重要な機能があります。
人間の文化の累積性についての研究でも、人間社会が知識や実践を世代のあいだで伝達し、それを蓄積できることは重要な特徴とされています [2] 。
つまり閉鎖性は文化の欠陥であるだけではなく、
文化を時間の流れから守る仕組み
でもあります。
開放系では「生き残ったもの」だけが残る
科学やテクノロジーは、基本的に新しいものによって古いものを置き換えていきます。
その結果、すぐれた理論、有効な原理、技術、道具、成果物などは後世へ継承されます。
しかし、その過程で、当時の身体感覚、生活の様式、世界観、美意識、儀礼、価値観、語彙、人間関係などは失われやすくなります。
これは効率性を追求する科学技術にとって、必ずしも問題ではありません。古いコンピュータの操作方法を全員が保存する必要はありません。
しかし社会全体が同じ原理で動けば、人間が作ってきた大量の意味世界が消えていきます。
人間は意味世界にも価値を感じる
人間にとってモノや活動の価値は、機能だけではありません。
消費研究では古くから、モノが文化的な意味を媒介し、所有物が自己のアイデンティティの構築や表現に関わることが研究されてきました。マクラッケンは、文化的な意味が社会から消費財へ、さらに消費者へ移動する過程を論じました [3] 。ベルクも、所有物が自己の拡張として機能することを論じています [4] 。
したがって、人間社会は 実用的に正しいものだけを残せば十分 とはなりません。
人間は、象徴、歴史、物語、儀礼、所属、思い出、美、アイデンティティにも価値を感じます。
外的な適応だけでは、人間社会の豊かさ全体を支えることはできない。
「本」としての閉じた世界
閉鎖系の役割は、「本」という比喩で捉えると分かりやすくなります。
思考や会話は本来、際限なく変化し続けます。新しい反論があり、新しい情報が入り、考えは更新されます。
しかし本を書くためには、ある時点で、選択し、編集し、構成し、厳密にし、固定し、完成させる必要があります。
完成した本は、それ以降、自分自身を更新できません。この意味では閉じています。しかし、
変化しないからこそ、同じ内容を未来へ伝えることができる。
文化も同じです。文化とは、
社会がある時点までに生み出した技能・意味・価値を、いったん固定して未来へ送る装置
とも考えられます。
固定化は、変化の可能性を失わせると同時に、伝承の可能性を生みます。
現代社会は二つのシステムを必要とする
以上から、人間社会には少なくとも二種類の機能が必要だと考えられます。
| 現実適応システム | 意味保存・生成システム | |
|---|---|---|
| 担い手 | 科学、市場、技術、医療、実務 | 文化、芸術、伝統、宗教、趣味の共同体、物語 |
| 主な役割 | 外部適応、問題解決、改良、淘汰、更新 | 意味生成、精緻化、保存、アイデンティティ形成、世代間の伝承 |
したがって、
人間社会は「現実へ適応する仕組み」と「意味を蓄積する仕組み」の両方によって成立している
という仮説が立てられます。
一次ニーズから二次ニーズへの「重心移動」
以上の現象を、あらゆる活動を二種類に固定して分類するモデルとして理解する必要はありません。むしろ重要なのは、
同じ活動の内部で、時間とともにフィードバックの重心が移動する
ことです。
初期には一次ニーズが支配的です。
外部問題 → 活動 → 試行錯誤 → 有効な解
活動が成功すると、知識が蓄積します。
解の蓄積 → 標準化 → 教授 → 体系化
すると内部に新しい二次ニーズが発生します。どう教えるか、何が正統か、誰が熟達者か、どう保存するか、といった問題です。
そして活動は次第に、 外部の問題を解く活動 から、 活動自身を維持・解釈・発展させる活動 へ重心を移します。
文化化とは自己対象化の進行である
この観点からすると、「文化化」という現象を次のように定義できるかもしれません。
ある活動が、外部の対象を扱うだけでなく、自らの歴史・方法・意味・規範を対象として扱いはじめる過程。
つまり、これまでの議論で自己対象化が進むと、次の構造が形成されます。
外部対象 → 活動 → 活動についての知識 → 活動についての規範
↓
活動についてのアイデンティティ ← 活動についての物語
この意味で、文化化は単に「長期間続くこと」ではありません。 活動が自分自身を対象化しはじめること に本質があります。
典型的な発展の系列
| 武術 | 企業 | 学問 | |
|---|---|---|---|
| 出発点 | 戦う必要 | 顧客のニーズ | 現実の問題 |
| ↓ | 武術 | 商品 | 仮説 |
| ↓ | 技法 | 企業 | 理論 |
| ↓ | 型 | ブランド | 研究領域 |
| ↓ | 教授体系 | コンテンツ | 専門用語 |
| ↓ | 流派 | ファン | 方法論 |
| ↓ | 歴史 | コミュニティ | 学派 |
| ↓ | 思想 | 研究史 | |
| 到達点 | 武道文化 | ブランド文化 | 学問文化 |
これらに共通するのは、
一次的な外部の問題から始まった活動が、成功と蓄積によって自己対象化し、独自の内部世界を形成する
ことです。
参考文献
3. ブルデュー(Pierre Bourdieu)の field および symbolic capital の議論については、文化的な場において威信・承認・正統性などが競争の対象となる点がこの記事と関連します。原典は Pierre Bourdieu, La distinction (1979) および Les règles de l'art (1992) です。 次に挙げるのはブルデュー自身の著作ではなく、symbolic capital を知識人の場に適用した研究です。 Cambridge University Press, “Cultural Impact as Symbolic Capital: The Case of the Elite Intellectual Field.” https://www.cambridge.org/core/books/cultural-impact-in-the-german-context/cultural-impact-as-symbolic-capital-the-case-of-the-elite-intellectual-field/4BC52258153284F602A1A15F847465A3 また、field を特定の stakes をめぐって主体が競争する中範囲の社会秩序として扱う応用研究。 https://www.cambridge.org/core/journals/comparative-studies-in-society-and-history/article/discipline-like-no-other-marginalized-autonomy-and-institutional-anchors-in-french-public-psychiatry-19452016/5015398F09C2BFE0C018798234FCEEE9 ↩
4. Cristine H. Legare, “The Development of Cumulative Cultural Learning,” Annual Review of Developmental Psychology , 1(1), 119–147 (2019). DOI: 10.1146/annurev-devpsych-121318-084848. 人間の文化の複雑性・多様性・累積性と、文化学習の発達をレビューしています。 https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-devpsych-121318-084848 文化・制度・社会経済環境のあいだのフィードバックを扱うレビューとして、Alberto Bisin & Jess Benhabib, “Advances in the Economic Theory of Cultural Transmission,” Annual Review of Economics , 2023. https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-economics-090622-100258 ↩
5. マクラッケン(Grant McCracken), “Culture and Consumption: A Theoretical Account of the Structure and Movement of the Cultural Meaning of Consumer Goods,” Journal of Consumer Research , Vol.13, No.1, 1986, pp.71–84. 文化的な意味が文化的世界から商品へ、さらに消費者へ移動するというモデルを提示しています。 https://academic.oup.com/jcr/article-abstract/13/1/71/1814669 ↩
6. ベルク(Russell W. Belk), “Possessions and the Extended Self,” Journal of Consumer Research , Vol.15, No.2, 1988, pp.139–168. 所有物が自己の認識やアイデンティティと密接に関係することを論じた古典的な研究です。 https://academic.oup.com/jcr/article-abstract/15/2/139/1841428 ↩