CORE THEORY

シリーズ|緊張はなぜ抜けないのか ― 反射と神経の科学

力を抜く指令は脳幹から来る

Part 5 / 10

「力を抜いてください」と言われても、抜けない。そんな経験は誰にでもあるはずです。実は「力を抜く」という動作は、単に力を入れないこととは違います。脳幹から積極的に「抑制の信号」が送られることで、はじめて筋肉は本当にゆるむことができます。その指令を出しているのが、網様体脊髄路の中でも「延髄」から出る経路です。

アクセルとブレーキ ― 網様体脊髄路の2つの顔

前回お伝えした網様体脊髄路(RST)は、1本の単純な回路ではありません。解剖学的にも機能的にも、相反する2つのサブシステムに分かれています。

橋網様体脊髄路(橋RST) ― 橋の網様体から起始し、同側性に下行します。体幹や近位の伸筋(抗重力筋)を興奮させ、姿勢を維持するための筋緊張を高めます。脊髄における反射応答を「促通」する方向に働きます。いわば「アクセル」です。

延髄網様体脊髄路(延髄RST) ― 延髄の網様体(巨大細胞網様核など)から起始し、主に同側に下行します。その最も重要な機能は、脊髄反射回路全般に対する強力な「抑制」です。こちらが「ブレーキ」です。

延髄網様体脊髄路の抑制作用は広範であり、伸張反射弧のみならず屈曲反射求心性線維も含めた脊髄反射回路全般に対する抑制を行います。

延髄はどうやって筋肉をゆるめるのか

延髄網様体からの抑制メカニズムは、動物実験で詳細に調べられています。

延髄網様体の巨大細胞核に電気刺激を与えると、腰髄の介在ニューロンおよび運動ニューロンに対して、潜時30〜80ミリ秒の顕著な抑制性シナプス後電位(IPSP)が引き起こされることが確認されています。

(この実験データは除脳ネコモデルから得られたものですが、ヒトにおいても類似のメカニズムの存在が臨床的に強く示唆されています。)

この抑制は、複数の経路を通じて並行して作用します。

アルファ運動ニューロンの抑制 ― 筋肉を直接収縮させるニューロンを抑制し、筋肉の物理的な収縮力を低下させます。

ガンマ運動ニューロンの抑制 ― 筋紡錘の感度を決定するニューロンを抑制し、筋肉のセンサー感度を下げます。

介在ニューロンを介した反射回路の遮断 ― 脊髄内の反射の伝達回路そのものをブロックします。

つまり、延髄は「筋肉の力を抜く」と同時に「筋肉のセンサーを鈍らせる」、さらに「反射回路をオフにする」という三重の抑制をかけているのです。

レム睡眠 ― 延髄抑制の究極形

この延髄網様体による抑制機能の最も極端な例が、レム睡眠時の筋弛緩(Sleep atonia)です。

睡眠中、脳幹網様体(延髄の巨大細胞網様核を中心とする領域)からの下行性抑制が脊髄の運動ニューロンに強く作用することで、夢の中で体が動いてしまうのを防いでいます。

夢の中で走っているのに実際には寝たまま動かない。これは延髄からの抑制が全身の筋肉を完全にオフにしているからです。覚醒時にも、精密な随意運動を行う際や不要な緊張を解く際に、大脳皮質からの指令でこの延髄の抑制システムが活用されていると考えられています。

伝導路のバランスが崩れると何が起きるか

正常な状態では、大脳皮質がCSTを通じて主導権を握りつつ、橋RST(アクセル)と延髄RST(ブレーキ)のバランスを保っています。しかし、このバランスが崩壊すると深刻な問題が生じます。

脊髄損傷患者において、皮質脊髄路の興奮性が低下している一方で、網様体脊髄路の反射的応答は痙縮が強い患者ほど異常に増大していることが確認されました。

これは、CSTからの微細な制御と延髄からの「ブレーキ」が失われ、橋RSTからの「アクセル」が過剰に脊髄へ注ぎ込まれている状態です。脳卒中や脊髄損傷後の痙縮は、まさにこのインバランスの産物として理解されます。

慢性的な心理ストレスが前頭前野の機能的抑制を介して類似の伝導路インバランスに寄与する可能性は理論的に指摘されていますが、病態としての痙縮と同じレベルの変化が生じるかについては、今後の研究が待たれます。

いずれにしても、過緊張とは筋肉自体の問題というよりも「下行性伝導路における抑制の喪失と興奮の暴走がもたらす、神経回路の機能不全」として捉えることができます。

NEXT ▶

次回は、脊髄の中で働いている「自動ブレーキ」と「自動アクセル」― 伸張反射や相反抑制、ゴルジ腱器官のメカニズムについてお伝えします。

参考文献

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  • 39. "Spasticity Mechanisms - for the Clinician." PMC3009478

この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。

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