シリーズ|緊張はなぜ抜けないのか ― 反射と神経の科学
体の中の自動ブレーキと自動アクセル
Part 6 / 10
膝のお皿の下を軽く叩くと、足がピョンと跳ね上がる。誰でも一度は経験したことがあるこの反応は「膝蓋腱反射」と呼ばれ、脊髄の中に組み込まれた自動的な反射回路の一つです。私たちの体には、こうした「自動アクセル」と「自動ブレーキ」がいくつも備わっています。慢性的な過緊張を理解するには、これらの反射がどう働いているかを知る必要があります。
伸張反射 ― 引き伸ばされたら縮む
最も基本的な脊髄反射が「伸張反射」です。
筋肉が外部から引き伸ばされると、筋肉の中にあるセンサー「筋紡錘」がその伸張を感知します。筋紡錘からIa群求心性線維が活動電位を発生させ、脊髄に入ります。そこで同名筋(伸張された筋肉自身)を支配するアルファ運動ニューロンと直接つながり、興奮性の信号を送ります。
結果として、筋肉は「これ以上引き伸ばされて断裂しないように」自動的かつ瞬時に収縮します。膝蓋腱反射はまさにこのメカニズムで起きています。脳を経由しない、脊髄レベルでの超高速な反応です。
相反抑制 ― 表が縮めば裏がゆるむ
伸張反射と同時に、もう一つの自動制御が働いています。
Ia線維は脊髄内で分岐し、「Ia抑制性介在ニューロン」にもシナプスを形成します。この介在ニューロンは、拮抗筋(反対の働きをする筋肉)のアルファ運動ニューロンに抑制性の信号を送ります。
たとえば、上腕二頭筋(力こぶの筋肉)が収縮するとき、裏側の上腕三頭筋は自動的に弛緩します。これが「相反神経支配」です。表が縮めば裏がゆるむ。この仕組みのおかげで、スムーズな関節運動が可能になります。
ところが、慢性的な過緊張ではこのバランスが崩れやすくなります。
高速反復運動による疲労に伴い、一次運動野におけるサラウンド抑制が段階的に崩壊し、主動筋・拮抗筋の共収縮が増加することが報告されています。
主動筋と拮抗筋が同時に力を入れてしまう「共収縮」が起きると、関節は硬くなり、動きはぎこちなくなります。アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものです。
ゴルジ腱器官 ― 張力に反応する安全弁
筋紡錘が筋肉の「長さ」に反応するのに対し、もう一つのセンサーがあります。それが腱の近くに存在する「ゴルジ腱器官(GTO)」です。GTOは筋肉が発揮する「張力」に反応します。
筋肉が強く収縮して腱に張力がかかると、GTO内のIb群求心性線維が発火します。Ib線維は脊髄内で抑制性介在ニューロンとシナプスを形成し、同名筋のアルファ運動ニューロンを抑制します。これにより筋肉の収縮にブレーキがかかります。これが「自原性抑制反射」です。
かつてGTOは、筋肉が断裂するような極端な高張力下でのみ働く「保護装置」だと考えられていました。しかし現在のエビデンスでは、GTOははるかに低い張力レベルから感度良く反応し、各運動単位に張力を均等に分散させる持続的なフィードバック制御に関与していることがわかっています。
反射の暴走が過緊張をつくる
まとめると、体の中には次のような自動制御が常に働いています。
伸張反射(自動アクセル):引き伸ばされたら縮む
相反抑制(自動切り替え):表が縮めば裏がゆるむ
自原性抑制(自動ブレーキ):張力が高まったら収縮を抑える
健康な状態では、これらのバランスが保たれています。しかし、ストレスや下行性伝導路のインバランス(Part 5参照)によって反射の「ゲイン」(感度)が異常に高まると、伸張反射が過剰に働き、相反抑制が崩れ、共収縮が起きる。自原性抑制だけでは追いつかなくなり、筋肉は持続的に固まり続けます。
参考文献
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。