恐怖回避モデル

Oct 28, 2026

きょうふかいひモデル|Fear-avoidance model|心理学・疼痛科学

床に落ちた物を拾おうとして、腰を曲げる前にためらう。今の痛みに加えて、「また強く痛むかもしれない」という予測が、動き始めるかどうかに関わることがあります。恐怖回避モデルは、こうした痛みや再受傷への恐れ、活動を避ける行動、生活上の不自由のつながりを説明するモデルです。痛みが続く人の経験を理解し、支援の手掛かりを探すために用いられます。

この節の出典:T08-FAM-F1、T08-FAM-IASP

痛みを感じることと、痛みを予測すること

痛みがあるとき、私たちは体の感覚を確かめながら次の行動を選びます。どのくらい動かすか、誰かに手伝ってもらうか、今日は休むか。その選択には、現在の症状だけでなく、以前同じ動作をしたときの記憶も関わります。恐怖回避モデルは、これから起きそうな痛みや損傷をどう捉え、それによって行動がどう変わるかに注目します。

たとえば「前に腰を曲げたとき痛かった」という経験と、「曲げたら必ず体が壊れる」という予測では、その後の動き方への影響が違います。後者のように悪い結果を大きく見積もり、そこから考えが離れにくく、対処できないと感じる傾向は、研究で「痛みの破局的思考」と呼ばれます。この言葉は考え方を整理する専門用語です。本人のつらさや心配を軽く扱うための評価ではありません。

痛みは、生物学的・心理的・社会的な要因の影響を受ける、個人的な経験です。恐れが関わっていても、本人が実際に痛みを経験していることに変わりはありません。身体の病変や神経系の働きに加え、仕事で必要な動作、周囲から支援を受けられるかどうかも、一緒に見る必要があります。

この節の出典:T08-FAM-F1、T08-FAM-F2、T08-FAM-IASP

避けることで得る安心と、減っていく経験

危険な動作を避けることには、体を守る役割があります。けがの直後や、医療上の制限がある状況では、休むことや負担を減らすことが必要です。恐怖回避モデルで問題にするのは、必要な保護を超えて、避ける対象が生活の広い範囲に及ぶ場合です。

モデルでは、動作を避けるとその場の不安が下がり、その行動が繰り返されやすくなると考えます。これは「避けると楽になった」という学習です。同時に、避けた動作を実際に行う機会がなくなるため、予想した悪い結果がどの程度起きるのかを確かめにくくなります。「この条件ならできた」という経験が増えず、恐れが続く可能性があります。

活動の縮小は、仕事や家事だけにとどまらないこともあります。出かけること、人と会うこと、楽しみにしていた活動が減れば、生活の充実感にも関わります。このように、痛みの程度と生活への影響を分けて考えると、支援すべきことが具体的になります。研究でいう「機能障害」は、歩く、着替える、働くといった活動の困難さを含む言葉です。

この節の出典:T08-FAM-F1、T08-FAM-F2

痛みの脅威の予測から恐れと回避へつながり、活動機会が減る可能性を示す概念図。別の経路として状態確認と目標に沿った経験を配置。
回避で短期的な安心が得られても、取り組める経験が減る場合がある。

モデルの矢印は、全員の経過を決めない

よく使われる図では、痛み、脅威の受け止め方、恐れ、回避、生活上の制限が、循環する形で描かれます。この図は、複数の要素が互いにどう関係しうるかを考えるための地図です。実際には、痛みがあっても恐れが少ない人や、特定の動作だけを避ける人もいます。

国際疼痛学会の研究解説では、この循環の順序や、回避が全般的な不活動・体力低下につながるという説明には、十分に確かめられていない部分があると整理されています。恐れと生活の困難さに関係があっても、図のすべての矢印が一方向の原因として実証されたことにはなりません。

本人の行動には、恐れのほかにも理由があります。時間の制約、職場での負担、体の回復状況、周りの人から受けた説明などです。「その動作を避けていますか」だけでなく、「何が起きると心配ですか」「生活のどこで困りますか」と確かめることで、モデルをその人の経験に結びつけられます。

この節の出典:T08-FAM-F1、T08-FAM-F2、T08-FAM-IASP

恐れる動作に取り組む治療は何を調べるのか

恐怖回避モデルと関連して研究されている方法に、実際の活動に取り組む「曝露療法」があります。曝露とは、恐れている状況に、計画を立てて接することです。痛みの治療では、活動について予想している悪い結果と、実際に起こったことを確かめる過程が重視されます。専門家と状態や目標を確認しながら行う取り組みです。

2008年のLeeuwらの無作為化比較試験では、生活に支障のある慢性非特異的腰痛があり、少なくとも中等度の痛み関連恐怖を報告した85人が対象になりました。「非特異的腰痛」は、特定の疾患などによって明確に説明される腰痛と区別して用いられる分類です。参加者は、曝露療法を行う群と、計画的に活動量を増やす段階的活動の群に分けられました。

治療後と6か月後までの評価では、曝露療法の群で、破局的思考や活動の有害さの認識がより改善しました。一方、生活機能や主な困りごと、痛みの強さ、日常の活動量では、段階的活動に対する明確な優越性は示されませんでした。何を改善の指標にするかによって、治療の評価が異なることが分かります。恐れを扱う支援の価値と、特定の方法が他の方法より優れているかは、分けて検討する問いです。

この節の出典:T08-FAM-F1、T08-FAM-F3

研究の結果を読むための三つの区別

比較試験を読むときは、まず誰を対象にした研究かを確かめます。ここで紹介した試験の対象は、慢性腰痛があり、痛みへの恐れも一定以上ある人です。けがをした直後の人や恐れの少ない人に、この結果をそのまま当てはめることはできません。

次に、何と何を比べたかを見ます。この試験は、二つの積極的な治療を比較しています。両者に明確な差がないという結果は、どちらも何も変えなかったという意味にはなりません。最後に、何を測ったかを確かめます。痛みの強さ、活動の有害さの認識、生活の困難さは別の指標です。それぞれを分けて読むことで、支援によって何が変化し、何がまだ課題なのかを捉えやすくなります。

この節の出典:T08-FAM-F3

体の状態と、取り戻したい活動を一緒に見る

ボディワークの場でこのモデルを参考にするときは、本人が何を恐れているかに加え、何を再びできるようになりたいかを聞くことが役立ちます。「腰を曲げられるようになりたい」という言葉の先には、靴下をはく、庭の手入れをするなど、具体的な生活の目的があります。

そのうえで、診療上の注意や現在の症状を踏まえ、姿勢、支え、動作の大きさ、休憩の取り方などを検討します。ここでの工夫は、本人が選べる条件を増やすためのものです。専門的な曝露療法の手順や、誰にでも共通する運動処方を、このモデルの説明だけから決めることはできません。

動作中に感じた痛み、予想していたこと、実際にできたことを分けて言葉にすると、体験を整理しやすくなります。痛みが残っていても、生活上の選択肢が増えることは、本人にとって大切な変化になりえます。恐怖回避モデルは、身体の状態とともにこうした変化を見守り、支援の目標を相談するための視点を与えてくれます。

この節の出典:T08-FAM-F1、T08-FAM-F3、T08-FAM-IASP

参考文献

  1. [T08-FAM-F1] International Association for the Study of Pain (2009–2010) Global Year Against Musculoskeletal Pain fact sheet IASP: Fear Avoidance and Musculoskeletal Pain
  2. [T08-FAM-F2] Timothy Wideman IASP RELIEF News IASP: Rethinking relationships between fear, avoidance and pain-related disability
  3. [T08-FAM-F3] Leeuw M, Goossens MEJB, van Breukelen GJP, de Jong JR, Heuts PHTG, Smeets RJEM, Köke AJA, Vlaeyen JWS. (2008) Pain Leeuw et al. (2008). Exposure in vivo versus operant graded activity in chronic low back pain patients: results of a randomized controlled trial
  4. [T08-FAM-IASP] International Association for the Study of Pain (2020年改訂定義を含む現行ページ) IASP Terminology IASP Terminology: Pain and Nociception
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