かこうせいとうつうよくせいけい|Descending pain inhibitory system|神経科学・疼痛生理学
痛みのある場所に触れられる前に、何をされるか分からず身構えて、痛みが増すことがあります。精神的な落ち込みが痛みを強める場合もあれば、リラックスによって痛みが和らぐこともあります。こうした状況や予測と痛みの関係を考える手掛かりの一つが、下行性疼痛抑制系です。脳から脳幹や脊髄へ向かう経路を通じて、侵害刺激に関する情報の伝わり方を弱め、痛みを調節する仕組みを指します。
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「下行性」は神経情報の向きを表す
脳と脊髄を合わせて中枢神経と呼びます。皮膚や筋肉、内臓などから入る感覚情報は、中枢神経の中で処理されます。脊髄から脳の方向へ伝わる経路が「上行性」、脳側から脊髄側へ向かう経路が「下行性」です。この名称を知っておくと、体から脳へ届く情報と、脳から戻る調節を経路図で読み分けられます。
参考記事→求心性線維
痛みの調節には、体から入った情報が脳へ向かう流れと、脳からその情報処理に影響を与える流れの両方が関わっています。脊髄では、神経細胞同士のやり取りによって入力が調整され、その結果が上位の神経回路へ伝わります。
「抑制」は、ある神経活動や情報伝達を弱める働きを表します。感覚をすべて消すことや、意思の力で我慢することとは区別されます。痛みの程度が変わる背景には、自覚しながら注意を向ける過程も、自動的に進む神経系の過程も含まれます。
この節の出典:T09-DPI-D1、T09-DPI-D2、T09-DPI-D4
侵害受容と、本人が経験する痛み
組織を傷つける、あるいは傷つけるおそれのある刺激を神経系が捉えて情報にする過程を「侵害受容」といいます。これに関わる感覚神経の活動は、体を刺激から守る反応にもつながります。痛みは、そうした神経活動と関わりながら本人が経験する、感覚と感情を伴う体験です。
この区別は、研究を読むときにも重要です。神経細胞がどれだけ活動したかを測ることと、ヒトがどのくらい痛いと報告したかを調べることは、別の測定です。一つの値だけで、ほかのすべてを表すことはできません。
また、痛みの強さと組織の状態も、別の側面として扱います。ある条件で痛みが和らいだことは、その人の大切な体験です。組織の回復や病気の経過を知るには、それに応じた評価が必要になります。痛みの調節という言葉は、本人の訴えを尊重しながら、変化が起きる仕組みを調べるために使います。
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脳幹から脊髄後角へ届く調節
代表的な経路の中継点に、中脳水道周囲灰白質(PAG)があります。中脳は脳幹の一部で、PAGはその内部にある細い通路の周囲に位置する神経細胞の集まりです。もう一つの重要な領域が、延髄の吻側腹内側部(RVM)です。延髄は脳幹の下部にあり、RVMは、延髄の上部で腹側の正中寄りに位置する領域です。
PAGは脳のさまざまな部位と情報をやり取りし、RVMなどを介して脊髄の情報処理に影響します。体から感覚情報が入る脊髄の後方の領域を「脊髄後角」と呼びます。下行性の入力は、後角にある神経回路の働きを変え、侵害受容情報が上位へ伝わる程度を調節します。
この経路では、一つの細胞が脳から体の末端まで指令を送っているわけではありません。複数の細胞を介し、末梢からの入力も受けながら働くネットワークです。経路図の一本の矢印に、いくつもの細胞間のやり取りがまとめられている場合もあります。
図で経路をたどるときは、体から入る情報、脳へ向かう情報、脳から戻る調節の三つを区別すると整理できます。ここで取り上げた経路では、下行性の入力が脊髄での情報の扱われ方を変えます。末端の刺激を除去することとは異なる段階に働くため、刺激と体験の関係を理解する手掛かりになります。
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動物実験からヒトの画像研究へ
1969年のReynoldsの研究では、ラットの中脳の特定部位に電極を置き、持続的な電気刺激を加えました。8匹のうち3匹で、一般的な運動反応を保ったまま、有害な刺激に対する反応が抑えられました。脳の限られた領域への操作で侵害刺激への反応が変わることを示した、初期の基礎研究です。動物の行動を指標にした実験であり、ヒトの主観的な痛みとは測定の方法が異なります。
ヒトでは、痛みが和らぐという期待を伴う「プラセボ鎮痛」が、この仕組みを調べるために利用されています。プラセボ鎮痛は、有効成分の薬理作用だけでは説明できない、治療への期待や学習などに伴う痛みの軽減です。実験では条件を設定し、痛みの報告や神経活動の指標を比較します。
2009年のEippertらは、ヒトの脊髄を機能的MRIで調べ、プラセボ条件で痛みの評価と脊髄の痛み関連活動がともに低下することを報告しました。機能的MRIは、血流や血液中の酸素状態に関連する信号から活動の変化を調べる画像法です。この結果は、期待に関連する変化が、脊髄での情報処理にも及ぶことを支持します。
この節の出典:T09-DPI-D2、T09-DPI-D3、T09-DPI-MRI
体内の物質と、抑制・促進の両面
体内には、オピオイド受容体という分子に作用して痛みの調節に関わる物質があります。こうした体内のオピオイドの働きを調べるため、Eippertらの別の2009年のヒト研究では、受容体での作用を妨げる薬ナロキソンと、機能的MRIが用いられました。ナロキソンによってプラセボ鎮痛が弱まり、PAGやRVMなどの反応にも変化が見られました。
このように、痛みの報告と画像だけでなく、薬による操作を組み合わせると、ある物質の働きが調節に関与するかを検討できます。ただし、画像上で二つの部位の活動が連動することは、両者が一本の神経で直接つながっていることを意味しません。
さらに、脳から脊髄への調節には、侵害受容の伝達を弱める働きと、強める働きがあります。RVMの細胞についても、抑制側と促進側の役割が研究されています。「下行性疼痛抑制系」は、この広い調節機構のうち弱める側面に注目した名称です。状況に応じて調節の方向や程度が変わる点も、理解に含めておくとよいでしょう。
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痛みの変化を観察するときに
施術や運動の前後に感じ方が変わったら、痛みの強さに加えて、動きやすさ、刺激の内容、どのくらい変化が続いたかを具体的に確かめられます。本人の安心感や予測も、その体験を理解するための情報になります。これらは観察の視点であり、特定の経路が作動したと判定する検査ではありません。
下行性調節の研究は、痛みの感じ方に生理的な柔軟性があることを教えてくれます。一方、研究室での鎮痛の仕組みから、特定の手技が慢性痛や病気を長期的に改善すると結論するには、別に臨床研究が必要です。
痛みが和らがないからといって、本人の努力が足りないということにはなりません。体の状態と生活への影響を確かめながら、本人が見通しを持てるように説明し、選べる条件を整える。こうした姿勢が、痛みを調節する仕組みの理解を、日々の関わりに生かす出発点になります。
この節の出典:T09-DPI-D1、T09-DPI-D2、T09-DPI-IASP
関連語
- 侵害受容
- ゲートコントロール理論
- プラセボ鎮痛
参考文献
- [T09-DPI-D1] Eippert F, Bingel U, Schoell ED, Yacubian J, Klinger R, Lorenz J, Büchel C. (2009) Neuron Eippert et al. (2009). Activation of the opioidergic descending pain control system underlies placebo analgesia
- [T09-DPI-D2] Eippert F, Finsterbusch J, Bingel U, Büchel C. (2009) Science (New York, N.Y.) Eippert et al. (2009). Direct evidence for spinal cord involvement in placebo analgesia
- [T09-DPI-D3] Reynolds DV. (1969) Science (New York, N.Y.) Reynolds (1969). Surgery in the rat during electrical analgesia induced by focal brain stimulation
- [T09-DPI-D4] De Preter CC, Heinricher MM. (2024) Trends in neurosciences IASP Papers of the Week: The in’s and out’s of descending pain modulation from the rostral ventromedial medulla (2024)
- [T09-DPI-IASP] International Association for the Study of Pain (2020年改訂定義を含む現行ページ) IASP Terminology IASP Terminology: Pain and Nociception
- [T09-DPI-MRI] National Institute of Biomedical Imaging and Bioengineering (NIBIB) NIH公式教育資料 Magnetic Resonance Imaging (MRI)