工学化と抽象化シリーズ|単独テーマ記事「人間観と学習」
数字がなければ、組織の状態を比較できません。目標も進捗も共有しにくく、声の大きい人の印象で判断する危険が増えます。
しかし、指標を増やし、評価を精密にするほど、人の行動が小さくなることがあります。測られない仕事を避け、失敗しそうな挑戦をやめ、数字に表れる成果だけを選ぶようになる。
人を数字で管理すると、人は現実だけでなく、測られる仕組みに適応します。
数字が悪いのではありません。問題は、現実を圧縮した指標が、現実そのものとして扱われることです。
指標は現実を見えるようにする
大きな組織を運営するには、複雑な現実を比較できる形へ変える必要があります。売上、件数、時間、満足度、達成率などへ変換すれば、離れた場所や異なる期間を一つの画面で見られます。
ジェームズ・C・スコットは、統治のために複雑な現実を「可読化」する過程と、その際に局所的・実践的な知識が失われる問題を論じました。[1]
可読化には、必ず選択があります。何を数え、何を同じ種類としてまとめ、何を例外として除くかを決めます。分類は中立的な鏡ではなく、ある観点を見えやすくし、別の観点を見えにくくします。分類と標準が持つこの作用は、科学技術社会論でも検討されてきました。[2]
指標が見せるのは、現実の一部です。それは欠陥ではなく、指標が指標であるための条件です。
見えるものが目的へ変わる
問題は、指標が判断の材料から目的へ変わるときに起きます。
KPIが設定されれば、KPIを満たす行動が合理的になります。評価項目が決まれば、制度の目的より「この制度の中でどう評価されるか」が重要になります。
すると、次のようなことが起こりえます。
- 件数を増やせる簡単な案件が優先される
- 長期的には重要でも、今期の数字に出ない活動が後回しになる
- 失敗の可能性がある挑戦を避ける
- 数字に載らない支援、調整、知識共有が見えなくなる
- 例外的な顧客や現場の違和感が、ノイズとして処理される
人が怠けているからではありません。評価される条件が明確なら、その条件へ適応することは合理的です。
探索は、結果が事前に分からない活動です。決められた指標で短期的に評価されるほど、枠から外れて試す理由は弱くなります。数字で組織を整えるほど、人が現在の評価枠より外へ出なくなり、「縮んだ」ように見えるのです。
データは人へ戻ってくる
情報社会では、指標の作用が一度で終わりません。
経験・行為 → データ化 → 分類・採点 → 可視性・機会の配分 → 予期的な自己調整 → 新たな経験・行為
人の行動、関心、関係、成果、評判がデータになり、分類、採点、ランキング、予測へ使われます。その結果が、仕事、推薦、注目、機会の配分へ戻ります。
データ化と人の行為主体性の関係[3]、分類とスコアが商品・価格・機会の配分へ使われる過程[4]も論じられています。また、特定のプラットフォームを扱った研究では、アルゴリズムによって見えなくなる可能性への予想が、行動へ作用することが検討されました。[5] ただし、この事例をアルゴリズム一般の性質へ広げることはできません。
重要なのは、人が測られたあとに反応するだけでなく、どう測られるかを予想して、測定前から自分を調整することです。
評価に合う発言を選ぶ。失敗しにくい課題を選ぶ。見えやすい成果へ時間を使う。これは高度な自己管理ですが、自分で目的を決める主体性と同じではありません。
数字が個人差を消す
共通指標は、異なる人や状況を同じ尺度へ乗せます。比較には必要ですが、その過程で条件の違いが消えます。
同じ成果件数でも、顧客の難しさ、使える情報、チームの支援、道具、担当期間が違うかもしれません。同じテスト結果でも、課題形式、身体状態、時間制限、言語経験が異なります。
数値は、その条件で現れた結果です。しかし集計表の上では、条件が消え、数字だけが個人の属性に見えます。
すると組織は、「数字の低い人を改善する」という方向へ進みやすくなります。本来検討すべき相手、道具、環境、課題、評価方法が残ったまま、本人だけが介入対象になります。
数字を捨てず現実へ戻す
解決は、指標をなくして感覚だけで判断することではありません。必要なのは、抽象化した指標を、現場の結果と局所知へ戻す回路です。
現実 → 計測・分類 → 指標・モデル → 介入 → 現場の結果と局所知 → 指標・モデルの改訂
この回路があるか、次の問いで確かめられます。
- 指標に載らない事実を報告できるか
- その報告が意思決定者へ届くか
- 決定者が、指標にもとづく介入の結果へ触れるか
- 指標に合わない例外をノイズとして捨てずに検討できるか
- 現場の反応によって、指標の定義や重みを変えられるか
現場を視察するだけでは足りません。対話を行っても、数字の定義が一度も変わらなければ、視察は儀式になりえます。現場の情報がモデルを修正する力を持つことが必要です。
良い指標は自分の限界を示す
指標を使うときは、少なくとも次を明確にできます。
- 何の目的のために測るのか
- 何を含み、何を捨てた数字なのか
- どの条件の違いを調整していないか
- この数字だけでは判断してはいけないことは何か
- いつ、誰が見直すのか
また、一つの数字だけで人を評価しないことも重要です。複数指標にすれば自動的に正しくなるわけではありませんが、一つの尺度への過剰適応を見つけやすくなります。定量情報と、具体的な事例、本人の説明、長期的な変化を組み合わせます。
数字は現実を見通す窓であって、現実を置き換える壁ではありません。
数字が人を縮めるのは、測るからではありません。測定された一面だけが人の全体とされ、その枠を本人が先回りして再現し続けるときです。
数字を現実へ戻し、例外から定義を直せるなら、指標は管理のためだけでなく、組織が自分の見方を学び直す道具になります。
この記事の要点
- 指標は複雑な現実を比較可能にする一方、必ず一部の情報を捨てます。
- 人は現実だけでなく評価条件にも適応するため、測られる行動へ集中しやすくなります。
- データが機会配分へ使われると、人は測定前から自分を調整します。
- 数値は特定条件で現れた結果であり、個人の全体的な属性ではありません。
- 指標を現場へ戻し、例外や局所知によって定義を改訂できる回路が必要です。
参考文献
1. Scott, J. C. (1998). Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed. Yale University Press. https://yalebooks.yale.edu/book/9780300078152/seeing-like-a-state/
2. Bowker, G. C., & Star, S. L. (1999). Sorting Things Out: Classification and Its Consequences. MIT Press. https://mitpress.mit.edu/9780262024617/sorting-things-out/
3. Kennedy, H., Poell, T., & van Dijck, J. (2015). “Data and agency.” Big Data & Society, 2(2). https://doi.org/10.1177/2053951715621569
4. Fourcade, M., & Healy, K. (2017). “Seeing like a market.” Socio-Economic Review, 15(1), 9–29. https://doi.org/10.1093/ser/mww033
5. Bucher, T. (2012). “Want to be on the top? Algorithmic power and the threat of invisibility on Facebook.” New Media & Society, 14(7), 1164–1180. https://doi.org/10.1177/1461444812440159