【工学化と抽象化 No.8】「能力不足」は、本当にその人だけの問題なのか

Aug 18, 2026

工学化と抽象化シリーズ|第1部「二重の工学化」第8回(全12回)

同じ人なのに、あるチームでは何も提案できず、別のチームでは次々とアイデアを出す。ある職場では「指示待ち」と評価されていた人が、環境を変えると自分から動き始める。

こうした変化を、本人の気持ちが変わったからだと説明することはできます。しかし、それだけでは見落とすものがあります。

私たちが「その人の能力」と呼んでいるものの一部は、人、他者、道具、環境、課題の組み合わせから現れているのではないでしょうか。

能力を個人の中に蓄えられた資産として見るか、関係の中から現れる働きとして見るか。この違いは、人材の評価、育成、配置だけでなく、組織が不調の原因をどこに探すかを変えます。

能力を個人の中に探す組織

近代的な組織では、独立した個人A、個人B、個人Cが存在し、それぞれが能力A、能力B、能力Cを持つと考えます。その能力を測定し、採用し、育成し、適切な役割へ配置します。

この見方には明確な利点があります。役割と責任を分け、人を比較し、大規模な組織を運営しやすくするからです。

一方で、ある環境で力を発揮できない人を、本人の能力不足として処理しやすくなります。その人と誰が働いているか。どの道具を使っているか。課題は明確か。必要な情報や裁量はあるか。失敗を報告できるか。能力の現れ方を左右する条件が、評価から外れてしまいます。

工学的な人間観では、能力を人の内部にある部品のように扱います。しかし、人間の創造性や主体性は、本人だけを取り出しても説明できない可能性があります。

自律性だけでなく複数の条件を見る

この仮説と重なる知見は、組織心理学にもあります。

自己決定理論では、人間の基本的心理欲求として、自律性・有能感・関係性が重視されます。職場でこれらの欲求が満たされることは、自律的動機づけ、質の高いパフォーマンス、ウェルビーイングと関係するという研究の蓄積があります。[1]

2025年の研究では、自律性を支援する組織環境、基本的心理欲求、仕事に伴う感情、創造的パフォーマンスの関連が検討されました。自律性への支援が、心理的欲求の充足や感情を介して創造的パフォーマンスと関係する経路が報告されています。ただし、横断研究であり、この研究だけから強い因果関係を断定することはできません。[2]

Job Demands-Resources(JD-R)モデルは、仕事上の要求だけでなく、自律性、支援、成長機会などの「仕事の資源」を重視します。2023年のメタ分析は、113の独立標本、合計119,420人から得られた533の相関を分析し、仕事、社会、発達、個人などの資源とワーク・エンゲージメントの関連を示しました。また、高い要求と資源不足の組み合わせは、長期的にはバーンアウト、健康、パフォーマンス上の問題へつながりうるというモデルになっています。[3]

ここから分かるのは、「自由にすれば人は必ず力を発揮する」という単純な話ではありません。自律性は、有能感、関係性、支援、目的、役割、成長機会、必要な資源などと組み合わせて考える必要があります。

創造性も人と環境の組み合わせから生まれる

創造性についても、同じ構造を見ることができます。

アマビールの構成要素モデルは、領域に関するスキル、創造に関わるプロセス、内発的な課題動機、社会環境の組み合わせを重視します。監視、評価、競争、外的報酬などが内発的動機を損なう場合があり、仕事そのものへの興味、楽しさ、満足、挑戦による動機が創造性の重要な条件になるとされます。[4]

職場の個人レベルのイノベーションに関するハモンドらのメタ分析でも、個人差や動機だけでなく、仕事特性や文脈要因との関係が検討され、仕事の自律性や複雑性などが重要な予測因子として扱われています。[5]

これらは、個人の技能や努力が重要でないという話ではありません。同じ技能を持つ人でも、監視の強さ、課題の与え方、協働する相手、裁量、利用できる資源によって、実際に現れる創造的行動が変わりうるということです。

「生命的活動性」という見方

人が、指示された行動を実行する部品ではなく、自ら探索し、試し、結果を受け取り、修正する存在として扱われれば、抑えられていた活動性も現れやすくなるのではないでしょうか。

何かを試したい。動きたい。作りたい。人に働きかけたい。環境を変えたい。上達したい。本シリーズでは、こうした複数の活動傾向を生命的活動性または生命力と呼びます。

これは物理的なエネルギーを意味しません。自律的動機づけ、活力、エンゲージメント、探索行動、主体感、創造的行動などを、ひとまとまりに捉えるための仮説的な概念です。

能力を関係の中に置き直す

生態学的・関係論的に見ると、能力は個人の内部だけに固定されているとは限りません。

人A × 人Bでは多くのアイデアが出るのに、人A × 人Cでは何も出ないことがあります。ある環境では無能に見える人が、別の環境では突出した能力を示すこともあります。

そこで能力を、

個人の固定属性

としてだけでなく、

個人 × 他者 × 道具 × 環境 × 課題

という関係の中から現れるものとして捉えます。

従来の組織は、「優秀な人材を採用し、育成し、配置する」と考えてきました。生態学的な発想では、それに加えて、個人、他者、道具、環境、課題の組み合わせから、能力が現れる条件をつくると考えます。

ここで目指すのは、個人差や個人の責任を消すことではありません。個人だけを切り離して評価する見方に、関係と環境の条件を加えることです。

誰かが力を発揮できていないとき、本人の努力や技能を検討する必要はあります。しかし同時に、「誰と、何を使い、どの課題に、どれだけの情報と裁量を持って向き合っているか」も問えます。

「能力不足」という言葉を本人への判定で終わらせず、能力が現れにくい関係や環境を発見する入口にする。そのとき、人材開発は個人の不足を補うだけの仕事から、能力が現れる条件を整える仕事へ広がります。

では、その条件の中で、人は実際にどのように学び、能力を変えていくのでしょうか。

次の記事では、学習を「正解を教わること」ではなく、自分の予測を試し、結果とのずれを受け取り、修正する循環として捉え直します。

この記事の要点

  • 能力を個人の固定的な資産としてだけ捉えると、関係や環境の影響を見落とします。
  • 自律性、有能感、関係性、仕事の資源などは、動機づけやパフォーマンスとの関連が研究されています。
  • 創造性は、個人の技能だけでなく、課題動機、仕事特性、社会環境の組み合わせに左右されます。
  • 「生命的活動性」は、自律的動機づけ、活力、探索、主体感、創造的行動などをまとめる仮説的な概念です。
  • 個人差や責任を消すのではなく、評価へ他者、道具、環境、課題の条件を加えることが重要です。

参考文献

  1. Deci, E. L., Olafsen, A. H., & Ryan, R. M. (2017). “Self-Determination Theory in Work Organizations: The State of a Science.” Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 4, 19–43. https://doi.org/10.1146/annurev-orgpsych-032516-113108

  2. Ye, L., Li, Y., & Zhang, N. (2025). “The impact of autonomy-supportive organizational environments on employees’ emotions and creative performance: A self-determination theory perspective.” PLOS ONE, 20(5), e0322184. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0322184

  3. Mazzetti, G., Robledo, E., Vignoli, M., Topa, G., Guglielmi, D., & Schaufeli, W. B. (2023). “Work Engagement: A Meta-Analysis Using the Job Demands-Resources Model.” Psychological Reports, 126(3), 1069–1107. https://doi.org/10.1177/00332941211051988

  4. Amabile, T. M. (2012). “Componential Theory of Creativity.” Harvard Business School Working Paper 12-096. https://www.hbs.edu/ris/Publication Files/12-096.pdf

  5. Hammond, M. M., Neff, N. L., Farr, J. L., Schwall, A. R., & Zhao, X. (2011). “Predictors of Individual-Level Innovation at Work: A Meta-Analysis.” Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 5(1), 90–105. https://doi.org/10.1037/a0018556

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