工学化と抽象化シリーズ|第1部「二重の工学化」第5回(全12回)
会議資料では、すべての数字が目標に近づいている。それなのに、現場から新しい提案が出なくなり、想定外の問題へ誰も動こうとしない。そんなことが起こる場合があります。
数字が間違っているとは限りません。むしろ、組織の全員が正しく数字へ適応した結果かもしれません。
目標や評価指標がなければ、組織はどこへ向かえばよいか分かりません。成果を比べ、問題を見つけ、限られた資源を配分するにも、何らかの基準が必要です。
組織を動かすための指標が、組織から探索する力を奪うのはなぜでしょうか。
この問いは、「KPIは悪い」という話ではありません。安定した対象に強い方法を、学習し変化する人間と組織へ使うとき、どこで性質が変わるのかという問題です。
工学的な方法が強い領域
工学的アプローチが特に力を発揮するのは、因果関係が比較的明確で、構成要素が安定し、条件を統制できる領域です。
目的が明確で、同じ入力に同じ出力を期待でき、環境変化が小さい。機械、製造工程、土木などが典型です。
一方、人間、組織、市場、社会、文化、生態系では、構成要素そのものが学習し、変化します。要素同士が相互作用し、環境も変わります。小さな変化が大きな結果を生み、全体の性質を部品の足し算だけでは予測できない場合があります。
こうした対象は、複雑系として理解する必要があります。
本シリーズでは、人と環境を切り離さず、局所的なフィードバック、自己組織化、探索から捉える立場を「生態学的」と呼びます。心理学や運動学習にも、知覚と行為を人の内部だけでなく、人と環境の関係として扱う系譜があります。[1]
ここでいう生態学的とは、自然に任せればよいという意味ではありません。重大な損害を防ぎながら、探索と創発が起こる制約をどこへ置くかという問題です。
誰も全体を知らなくても秩序は生まれる
中央設計とは異なる秩序形成を考えるモデルの一つが市場です。
市場全体を一人が設計しているわけではありません。多数の主体が、それぞれの知識、目的、欲求、局所的な情報にもとづいて行動します。その相互作用から、価格、需要、供給、流行、技術、新しい産業などが現れます。
ハイエクの「社会における知識の利用」は、社会で必要な知識が一人の主体へ完全に集約されず、個々人に不完全な断片として分散していることを中心問題にしました。[2]
管理側が現場の情報を集めようとしても、顧客との微妙な関係、その場の身体感覚、職人の暗黙知、状況の小さな変化まで、すべてを報告書へ変えることはできません。
必要な知識が現場に分散しているなら、判断する権限も、ある程度その知識の近くへ置く必要があります。
ただし、市場や分散的な秩序を理想化することもできません。現実の市場は法律、国家、企業、インフラに支えられています。外部性、情報の非対称性、独占、公共財、回復できない損害など、分散だけでは処理しにくい問題もあります。
重要なのは中央か分散かを信条で決めず、どの条件でどちらが機能するかを分けることです。
指標が唯一の現実になるとき
目標管理、KPI、人事評価、マニュアル、標準化、職務分掌、階層的意思決定。これらは大規模組織を運営するために必要な場合があります。
問題は、複雑系である人間と組織を、単純化された管理モデルだけで扱うことです。
評価指標が置かれると、人はその指標を満たす行動へ適応します。マニュアルがあれば、そこから逸脱しないことが安全になります。
すると、「この制度は何のためにあるのか」より、「この制度の中でどう評価されるか」が重要になります。
指標が現実を知るための一つの手がかりである間は、学習を助けます。しかし指標が唯一の現実になれば、測定されない価値や、想定外の変化を無視することが合理的になります。
評価指標が組織を硬くするのは、数字があるからではなく、数字を現実より優先し、現場から修正できなくなったときです。
探索より評価への適応が合理的になる
未知の状況では、何が正しいかを事前に決められません。複数の方法を試し、結果を受け取り、修正する必要があります。
しかし、何が評価されるかが明確で、そこから外れることに不利益があるなら、試すより基準に合わせるほうが合理的です。
その結果、予測可能性と再現性は高まっても、偶然の発見、暗黙知、現場判断、多様な試行が減ります。組織の硬直とは、組織図が古いことだけではなく、そこで働く人の学習循環が回らなくなることです。
だから必要なのは、指標を捨てることではありません。
- 指標が目的を適切に表しているかを問い直せる
- 数字に入らない現場の情報を戻せる
- 未知の問題では複数の試行を許せる
- 失敗の損害が小さい範囲では、現場が判断できる
こうした修正回路を、管理の仕組みの中へ組み込む必要があります。
もし「指示したことしかやらない」「新しい提案が出ない」と感じるなら、本人の意欲を疑う前に、評価制度の中で探索することが合理的かを確認する必要があります。試して外した人より、基準を確実に満たした人が一貫して評価されるなら、探索しないことは適応です。
指標を持つことと、指標に支配されることの境界は、現場がその数字を問い直せるか、数字にならなかった現実を制度へ戻せるかにあります。
さらに情報社会では、人は評価された後に適応するだけではありません。何が測られるかを先回りし、測定される前から自分を編集します。
次の記事では、その行動データが再び評価システムを強める循環を扱います。
この記事の要点
- 工学的モデルは、構成要素と因果関係が比較的安定した領域で強みを持ちます。
- 人間や組織は、要素自体が学習し変化する複雑系です。
- 局所知が重要な問題では、判断権限も情報の近くへ置く必要があります。
- KPIや標準化の存在ではなく、それが唯一の現実となり修正できないことが問題です。
- 指標へ適応することが合理的になると、未知の状況を探索する動機が弱まります。
参考文献
1. Renshaw, I., Chow, J. Y., Davids, K., & Hammond, J. (2010). “A constraints-led perspective to understanding skill acquisition and game play: a basis for integration of motor learning theory and physical education praxis?” Physical Education and Sport Pedagogy, 15(2), 117–137. https://doi.org/10.1080/17408980902791586
2. Hayek, F. A. (1945). “The Use of Knowledge in Society.” American Economic Review, 35(4), 519–530. https://german.yale.edu/sites/default/files/hayek_-_the_use_of_knowledge_in_society.pdf