工学化と抽象化シリーズ|第1部「二重の工学化」第2回(全12回)
会社では、職務と権限が分けられ、仕事の手順が文書になり、共通の指標で成果が評価されます。行政では、複雑な生活が申請書の項目や資格要件へ置き換えられます。
こうした仕組みは、あまりにも身近なので、社会とはもともと誰かが設計し、規則によって動かすものだと思いがちです。
しかし、社会秩序の多くは、最初から全体図を描いて作られたものではありませんでした。長い時間をかけた人々の行為、慣習、交渉、失敗の積み重ねから、設計者なしに形成されてきた部分があります。
それにもかかわらず、近代になると、社会そのものを理解し、目的に沿って作り替えられるという期待が強くなりました。
社会は、いつから「形成されるもの」ではなく「設計できるもの」と考えられるようになったのでしょうか。
この変化をたどると、現代の管理社会を生んだのは、単純な支配欲だけではなかったことが見えてきます。そこには、世界を理解し、暮らしを改善し、大人数の協力を可能にしようとした、近代の成功そのものがありました。
社会秩序は誰かが設計したのか
前近代社会にも、制度、統治、管理、合理的な思考は存在しました。権力者が法律や制度を作ることもありました。
それでも、社会の多くを形づくっていた慣習、宗教、身分、地域共同体、家族制度、職人文化は、誰か一人が全体を合理的に設計したものではありません。多数の人々の行為と試行錯誤が長い時間をかけて重なり、秩序を形成していました。
このように、特定の設計者が全体像を描かなくても、人々の相互作用から生まれる秩序を自生的秩序と呼びます。
もちろん、自生的に形成された制度が、公正で望ましいとは限りません。ここで前近代を理想化したいのではありません。
重要なのは、社会には、上から設計される経路だけでなく、局所的な経験と調整から秩序が形成される経路もあるということです。
世界は理解でき、改善できる
近代になると、これとは異なる期待が強くなります。
社会そのものを人間の理性によって理解し、より合理的に作り替えることができる。
その思想的背景の一つが啓蒙主義です。
ただし、「啓蒙主義が合理的な制度設計を生み、その後に産業革命が起きた」という一本の物語にしてはいけません。
16〜17世紀の科学革命は、自然を観察・実験・数学によって理解する方法を発達させました。主に18世紀の啓蒙主義は、その成功を背景の一つとして、理性と経験によって人間社会も改善できるという期待を強めます。[1]
一方、産業革命は18世紀後半に始まり、啓蒙主義と時期を重ねながら進みました。「啓蒙主義が終わり、その次に産業革命が始まった」という時系列ではありません。[2]
啓蒙主義も多様な思想を含みます。それでも、世界は理解可能であり、人間の知的能力によってより良くできるという期待は、その重要な一面でした。
この期待は、それ自体が計測や標準化を意味するわけではありません。しかし、社会秩序を伝統から受け取るだけでなく、理由を問い、意図的に作り替える対象として見るための知的背景になりました。
機械の成功が社会の見方を変える
そこへ、産業革命による工学モデルの成功が重なります。
機械は、要素へ分解し、部品の関係を設計できます。同じ条件を整えれば、ある程度同じ結果を再現できます。工程を標準化し、効率を測り、問題のある部品を交換することもできます。
製造、土木、建築、交通、物流などでは、この発想が巨大な力を発揮しました。複雑な仕事を工程へ分け、それぞれを標準化し、より適切な方法を設計することで、大規模な生産と安定した運用が可能になりました。
この成功から、魅力的な発想が生まれます。
複雑な現象でも、正しく分解・設計・管理すれば、望ましい結果を再現できる。
機械を設計する方法が、しだいに組織や社会を設計する方法へ拡張されていきます。
官僚制は大規模な協力を可能にした
近代国家と大企業は、大量の人、情報、資源を安定して扱う仕組みを必要としました。そこで発達したのが、職務分掌、階層組織、文書化、資格、規則、標準化、評価制度、数値管理などを備えた官僚制です。
マックス・ウェーバーが分析した官僚制は、現実のすべての組織をそのまま記述したものでも、理想的な組織の設計図でもありません。職務権限、階層、文書、専門訓練、規則にもとづく運営といった特徴を比較するための理想型です。[3]
官僚制には大きな利点があります。仕事を担当者の気分や個人的関係だけに依存させず、業務の継続性、計算可能性、予測可能性を高めます。顔を知る少人数だけでなく、互いを知らない大人数が、同じ制度のもとで協力できるようになります。
私たちが日常的に利用する行政、企業、交通、医療、教育の多くも、こうした仕組みに支えられています。
手段だった規則が目的に変わる
しかし、同じ仕組みの中から逆転も生まれます。
目的を実現するための規則が、規則を守ること自体を目的に変えてしまう。
これは、ウェーバーの議論から単純に導くより、ロバート・マートンが官僚制の機能不全として論じた「目標の転位」と接続するほうが正確です。手段であった規則への固執が、いつの間にか目的へ転化します。[4]
目的のための規則
↓
規則を守るための活動
↓
組織を維持するための活動
現場で「この手続きは何のためにあるのか」と尋ねても、「決まりだから」という答えしか返ってこない。顧客や住民のための制度だったはずなのに、制度を維持する仕事が増えていく。これは、単に誰かが怠けた結果とは限りません。大規模な組織を安定して動かすための規則が、同時に自己保存する仕組みを作るからです。
問題は理性でも設計でもない
ここで区別しておきたいことがあります。
「社会は理性によって設計できる」という設計主義と、「対象を変数へ分解し、測定・標準化・最適化する」という工学化は、重なりますが同じではありません。前者は社会秩序を作り替えられるという信念、後者は現実を設計可能なシステムとして扱う方法です。
また、科学革命、啓蒙主義、産業革命、官僚制が順番に一つずつ次を生んだわけでもありません。異なる時代と領域で発達した複数の思想、制度、技術が、計測可能性、予測可能性、管理可能性を重視する点で接続し、互いを強めました。
したがって、問題は理性や設計を捨てることではありません。近代的な仕組みが生んだ力を認めたうえで、その方法を、文脈に依存し、自ら変化し、局所的な知識によって動く人間や社会へ、どこまで適用できるのかを問うことです。
次の記事では、管理のために複雑な現実がどのように分類、記録、数値へ変換されるのかを扱います。社会を設計するには、まず社会を管理者から「読めるもの」にしなければならないからです。
この記事の要点
- 社会秩序には、上から設計される経路だけでなく、人々の相互作用から自生的に形成される経路があります。
- 科学革命、啓蒙主義、産業革命は一本の因果鎖ではなく、時期を重ねながら近代的な世界観を形づくりました。
- 工学モデルと官僚制は、大規模な生産、継続性、予測可能性、協力を可能にしました。
- 同じ規則が、手段から目的へ転化し、組織の自己保存を強める場合があります。
- 設計主義と工学化を区別し、その方法を人間や社会へどこまで適用できるかを問う必要があります。
参考文献
1. Bristow, W. (2017). “Enlightenment.” Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/enlightenment/
2. The Open University. (2016). “The Origins of the Idea of the Industrial Revolution.” OpenLearn. https://www.open.edu/openlearn/history-the-arts/history/social-economic-history/the-origins-the-idea-the-industrial-revolution
3. Rosser, C., & Mavrot, C. (2021). “Weberian Bureaucracy.” Oxford Research Encyclopedia of Politics. https://doi.org/10.1093/acrefore/9780190228637.013.166
4. Merton, R. K. (1940). “Bureaucratic Structure and Personality.” Social Forces, 18(4), 560–568. https://doi.org/10.2307/2570634