開放系と閉鎖系シリーズ|文化・意味世界・企業 第3回(全6回)
ここまで、文化が生まれ、制度化され、内部の評価基準を発達させる過程を見てきました。しかし、閉じることは文化の劣化だけを意味するわけではありません。文化を保存し、技術や意味を深めながら、現実との接点も失わないためには何が必要なのでしょうか。この記事では、文化の健全性を「開いているか、閉じているか」ではなく、「両者を往復できるか」という観点から考えます。
変化し続ける文化は柔軟で、変化しない文化は硬直している。そう考えると、開かれていることが善で、閉じていることが悪だという結論になりやすくなります。
しかし、文化は閉じることで、技術を精密にし、共通の言葉を作り、長い時間をかけて知識や美意識を蓄積します。すべてを環境の変化に合わせ続ければ、その文化に固有のものは残りません。
文化の健全性は、どれだけ開いているかではなく、必要なときに外部へ開き直せるかによって考えられます。
本シリーズでは、この性質を 往復可能性 と呼びます。
探索だけでも、活用だけでも続かない
組織学習論には、マーチによる 探索と活用 の区別があります。
探索には、実験、新しい可能性、変異、リスクが含まれます。活用には、すでに得た知識の利用、改良、効率化、洗練が含まれます。マーチは、組織学習における両者の緊張関係を論じました [1] 。
本シリーズの開放と閉鎖は、この区別と似ていますが同じではありません。探索と活用が「何を試し、何を利用するか」に注目するのに対し、開放と閉鎖は「何が活動を評価し、誤りを訂正するか」に注目します。
それでも、両者は同じ問題を別の角度から示しています。
- 探索だけでは、発見したものを蓄積しにくい
- 活用だけでは、環境が変わったときに既存の方法を手放せない
- 開放だけでは、体系が精密になりにくい
- 閉鎖だけでは、内部の正しさが現実とずれていく
文化には三つのモードがある
文化の変化を時間的に見ると、三つのモードを想定できます。
1. 生成
外部のフィードバックが強い段階です。現実の問題に対して試行錯誤が行われ、多様な解が生まれます。
ニーズ → 試行錯誤 → 失敗 → 修正 → 多様な解 → 有効な方法
変化は速い一方、共通の言葉や教育体系はまだ十分に整っていません。
2. 制度化・成熟
有効だった方法が標準化、言語化、体系化されます。教育、資格、正統性が形成され、精密化と保存が進みます。
有効だった解 → 標準化 → 体系化 → 教育 → 資格 → 保存・伝承
体系が高度になる一方、内部評価、階層化、自己保存も強くなります。
3. 再生成
環境の変化によって既存の体系と現実のあいだに不一致が生まれ、内部規範そのものが見直されます。
環境変化 → 既存体系との不一致 → 内部規範の相対化 → 再実験
↓
既存知識の組み替え → 新しい体系
再生成は、蓄積を捨てて最初へ戻ることではありません。制度化によって得た知識、技能、美意識を保持したまま、再び現実へ開くことです。
再生成とは、蓄積をもった自己組織化です。
開き続ければよいわけではない
文化が閉じなければ、技術を精密化できず、教育体系を作れず、高度な技能を継承できない可能性があります。
変化の速い環境では、常に方法を更新することが有利です。しかし、身体技法、作法、語彙、美意識、歴史的記憶のようなものは、変化を遅くすることで初めて残せます。
適応だけを最大化すれば、文化は環境に合わせて形を変え続け、固有性を失いやすくなります。保存だけを最大化すれば、文化は現実との接点を失います。
したがって理想は、開き続けることでも、閉じ続けることでもありません。
往復可能性とは何か
往復可能性とは、内部の精密化と外部への再開放を、必要に応じて行き来できる性質です。
自己組織化 → 固定化・精密化 → 再自己組織化
第一の段階だけでは、文化は浅くなりやすくなります。第二の段階だけでは、文化は硬直しやすくなります。両者を往復できれば、変化しながら蓄積する文化が可能になります。
往復可能性を見るときには、次の点を確認できます。
- 誰が活動を評価しているか
- 何が誤りとして扱われるか
- 失敗や環境変化が行動の変更につながるか
- 内部モデルそのものを修正できるか
- 人が既存のモデルへ合わせることだけを求められていないか
- 外部から異なる人や知識が入れるか
変化の頻度だけでは判断できません。長期間変わらなくても、必要なときに見直せる文化があります。頻繁に制度を変えていても、評価基準そのものには触れない組織もあります。
開放系と閉鎖系は分類ではなくモードである
現実の活動を「これは開放系」「これは閉鎖系」と二種類に分けるだけでは不十分です。
科学にも共有された専門用語や査読の規範があります。企業にも市場評価と内部の人事評価があります。伝統芸能も観客から評価され、武道にも試合があります。
ほとんどの活動は外部評価と内部評価の両方をもちます。違うのは、ある時期、ある判断において、どちらのフィードバックが強く活動を拘束しているかです。
開放と閉鎖は、組織や文化を固定的に分類する言葉ではなく、活動が取りうる二つのモードです。
同じ活動でも、新しい問題に直面したときは開放的になり、方法が確立した後は閉鎖的な精密化へ移ります。環境が変われば、再び開く必要が生じます。
何を保存し、何を検証へ開くのか
往復可能性を制度へ落とすには、すべてを変更可能にするのではなく、保存する対象と検証する対象を分ける方法があります。
たとえば、古典的な型、歴史資料、儀礼を文化遺産として保存することと、「この方法が現代でも最も有効である」という主張を外部から検証することは両立します。
保存の対象としての伝統 と、 現実に対する有効性の主張 を分ければ、伝統を守ることが、すべての批判を拒むことにはなりません。
組織でも、安全や権利に関する最低条件は中央で保証しつつ、現場の方法は環境からのフィードバックによって変更できるようにする。教育でも、基礎知識を渡しながら、知識を使って試す余地を残す。何を固定し、何を開くかを分けて考えられます。
日本社会への適用は仮説として扱う
日本には、長期間維持されてきた文化、制度、業界慣行が数多くあります。企業、学校、大学、行政、趣味、地域社会などが、それぞれ独自の語彙、作法、序列を蓄積している可能性があります。
その結果、新しく参加する人が、現実の課題へ取り組む前に、まず内部文化を履修しなければならない場合があります。
ただし、これを「日本は他国より閉鎖的である」と一般化することはできません。日本社会全体へ広げるには、国際比較や歴史研究が必要です。現段階では、個々の文化や組織のフィードバック構造を調べるための仮説として扱います。
固定化によって蓄積し、再開放によって更新する
文化は、現実の問題に対する試行錯誤から生まれます。有効だった方法が固定されることで、精密化、教育、保存、世代間の伝達が可能になります。
しかし、固定によって内部評価が強くなり、外部環境からの訂正が弱くなることがあります。これは文化成熟の単なる失敗ではなく、文化を長期間残すために必要だった保存機構の副作用でもあります。
だから必要なのは、生成か保存かを選ぶことではありません。
自己組織化によって生成し、固定化によって蓄積し、再開放によって更新する。
文化の課題は、変化することでも保存することでもなく、両者のあいだを往復できる構造をもつことです。
参考文献
1. マーチ(James G. March). “Exploration and Exploitation in Organizational Learning.” Organization Science , Vol. 2, No. 1, 1991, pp. 71–87. 組織学習における探索と既存知識の活用・洗練との緊張関係を論じた研究です。本シリーズの開放と閉鎖とは同一の概念ではありませんが、生成・探索と精密化・活用という二つのモードを考えるうえで重要な近接理論です。
DOI: 10.1287/orsc.2.1.71
https://doi.org/10.1287/orsc.2.1.71 ↩