【工学化と抽象化 No.18】中央は秩序ではなく、秩序が生まれる条件をつくる

Aug 18, 2026

工学化と抽象化シリーズ|第2部「行為空間の設計」第6回(全6回・まとめ)

組織を変えるとき、たいてい手法から入ります。評価制度を入れ替える。会議体を減らす。1on1を導入する。目標管理の様式を変える。

しかし、その手法がどんな人間像を前提にしているかは、あまり問われません。人を、正しい情報と手順を入力すれば期待どおりに動く資源として捉えているのか。それとも、身体と情動を持ち、環境との相互作用の中で探索し、修正しながら能力を現していく存在として捉えているのか。

制度の技術だけでなく、その制度がどんな人間観の上に立っているかが、結果を大きく左右します。

ここでは、第2部で示した設計原理を一つにまとめ、この見方が外れる条件と、運用するときの注意点を置きます。

六つの結論

第一に、工学モデルと生態学的モデルは、どちらかを全面採用するものではありません。領域ごとに比重を配分します。安全、共通規格、既知の工程では前者の比重が高く、研究、創作、組織文化では後者の比重が高くなります。

第二に、工学的な組織が失いうるものは、創造性だけではありません。職務として定義されなかった能力、無駄に見える冗長性、人と人の相互作用から生まれる経路も切り捨てられる可能性があります。効率を極限まで高めた組織は、平常時には強くても、変化に対応する余地を失う。これが第2部の仮説です。

第三に、配分は価値判断ではなく、六つの軸で判定します。不可逆性、外部性、局所知、探索性、多様性、問題の規模。失敗が取り返しのつかない領域、コストが他者へ及ぶ領域、共通知識で処理できる領域ほど上位へ。可逆的で、局所知が要り、未知で、多様性に価値がある領域ほど現場へ。

第四に、軸が互いに逆を指す場合は、分散を既定値とし、中央化する側が理由を示します。分散側の誤りは局所にとどめやすく、比較対象も残ります。中央側の誤りは全体へ及び、比較対象を失わせるおそれがあります。ただし、生命や権利にかかわる不可逆性が大きい場合は例外です。

第五に、判定そのものが誤りうることを前提にします。不可逆性の評価自体が外れることがあります。したがって判定は一度きりの設計ではなく、改訂され続ける対象です。そのために再具体化の回路を置きます。

第六に、中央が設計するのは行動ではなく行為空間です。してはいけないこと、守るべき最低条件、共有するインターフェースを決め、その内側は現場が決める。これは第1部の「標準の改訂権を現場に残す」という結論を、一般化した形です。

一文にすると、こうなります。

中央は秩序を細部まで作らない。秩序が生成できる境界条件を保証する。

第1部の問いは「人が伸びるとはどういうことか」でした。第2部の答えは「その循環が回りうる空間を、どの階層が、どんな制約で囲うかを設計すること」です。

制度の技術ではなく、人間観から問い直す

この設計原理は、制度設計の万能な処方箋ではありません。新しい人間観から出発したとき、人が主体として探索し、試し、結果を受け取り、予測と現実のずれを修正しながら学べる組織や社会はどのような形になるのか。それを理念的に考え、検討できる仮説として示したものです。

人間を、正しい情報と手順を入力すれば期待された行動を出力する資源として捉えるなら、教育は知識の注入になり、会社は職務の分解と人材配置になり、社会は上位からの計画と管理になりやすくなります。

一方、人間を、身体と情動を持ち、他者や環境との相互作用を通じて探索し、予測誤差を修正し、能力を創発させる存在として捉えるなら、扱い方も変わります。教育は探索と気づきが生じる課題づくりへ。会社は、現場が判断し標準を改訂できる学習環境へ。社会は、複数の主体が局所知を持ち寄る多中心的な仕組みへ。

この変化によって、人は組織の部品として受動的に動くのではなく、活動の主体として関われるようになります。自ら試したい、作りたい、他者へ働きかけたい、上達したいという生命的活動性も、自己啓発によって外から付け加える能力ではなく、探索と創発が許される関係の中で現れやすくなるのではないか。ここで置いているのは、その可能性です。

この考え方が、新しい管理技術になる場合

一つ、注意を書いておきます。ここで述べた人間観は、使い方によっては新しい管理技術にもなります。

探索や内発的な動機を大切にすると述べながら、結局は既存の組織へうまく適応できる人を育てるための言葉として使われるなら、変わったのは語彙だけということになります。

見分ける手がかりは、三点です。

  • 目的を誰が決めたか
  • 断る余地があるか
  • 結果を誰が引き受けるか

この三点が変わらないまま、言葉づかいだけが柔らかくなっていないか。提案を使う側にも、書く側にも、この点検が求められます。

この見方が外れる条件

ここまでの議論は、検証済みの結論ではありません。外れる条件を明示しておきます。

  • ここで挙げた六軸が指し示す配分と逆の設計をした組織や制度のほうが、持続的に良い結果を出すことが繰り返し観察されるなら、この判定原理は使えません。
  • 軸が衝突する領域で、判断に迷ったとき中央化を既定値とした制度のほうが、長期的に誤りが少なく回復も早いことが示されるなら、分散を既定値とする提案は誤りです。
  • 職務を厳密に定義し、余剰を削った組織のほうが、環境変化に対して適応が速いことが示されるなら、余剰能力と冗長性についての見立ては成り立ちません。

いずれも、現時点では検証されていません。制度設計の提案は、運用しなければ確かめられないという性質を持ちます。ここで示せるのは、何を観察すれば確かめられるかというところまでです。

残っている課題も挙げておきます。六つの軸を実際の組織制度へどう翻訳するか。分散を既定値とし中央化する側に立証責任を置く運用は実際に機能するか。判定の誤りを織り込んだ改訂の仕組みをどう制度化するか。再具体化の五つの判定項目を組織診断の指標として使えるか。多中心的なガバナンスは、責任の拡散や調整コストをどう処理するか。

明日から見直せること

大きな制度をすぐには変えられなくても、確かめられることがあります。

いま決めている事柄を一覧にして、それぞれが六つの軸のどこに当たるかを見てみる。不可逆性が低く、局所知が要る決定を、上のほうで抱え込んでいないか。指標に載らない事実を現場から報告できる経路があるか。決めた人が、その決定の帰結に触れているか。「例外です」として処理される件数が増えていないか。

どれも、制度を全面的に作り替えなくても点検できます。

このシリーズには、もう一本の軸があります。ここまでは管理と効率の側から抽象化を追ってきましたが、同じ時代に、意味と解釈の側でも別の形の抽象化が進んでいました。作品の考察、レビュー、ブランドの意味、SNS上の自己像など、管理や効率だけでは捉えきれない領域です。

次の記事では、その領域へ入り、私たちが世界をどのように受け取っているのかという問いから始めます。

この記事の要点

  • 工学モデルと生態学的モデルは、領域ごとに比重を配分するものです。
  • 配分は価値判断ではなく、不可逆性、外部性、局所知、探索性、多様性、規模の六軸で判定します。
  • 軸が衝突したときは分散を既定値とし、中央化する側が理由を示します。
  • 判定そのものが誤りうるため、再具体化の回路で改訂し続けます。
  • 中央が設計するのは行動ではなく行為空間です。
  • この人間観は、使い方によっては新しい管理技術にもなります。目的、拒否、結果の引き受け手が変わったかで点検します。

次の記事:私たちは、世界そのものを受け取っているわけではない

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