工学化と抽象化シリーズ|第2部「行為空間の設計」第3回(全6回)
無駄な会議をなくし、職務の範囲を明確にし、担当外の作業を減らす。一人ひとりが担当業務に集中できるようにする。効率化としては正しい手順です。
その組織が、平常時にはよく回るのに、市場が変わった途端に動けなくなることがあります。新しいことを始めようとしても、誰の担当でもない仕事が誰にも拾われません。
削った無駄の中に、変化へ対応するための選択肢が含まれていた可能性があります。
ここでは、工学的に組み立てられた組織が、効率を高める過程で何を失っているのかを見ます。
職務として定義されなかった能力
人間は、担当業務に直接関係しない経験、興味、知識、人間関係、身体感覚、発想を大量に持っています。ここでは、役割を超えて持っているこうした能力を余剰能力と呼びます。
職務が細かく分割され、「担当業務ではありません」と境界づけられると、それらは組織活動から切り離されます。
会社は社員を効率的に使っているつもりで、
社員という複雑な人間の、あらかじめ職務として定義された一部分しか活用していない
ことになります。
工学的な経営では、無駄をなくすことが重視されます。しかし、無駄に見える余剰、多様性、冗長性が、環境変化へ対応するための選択肢になります。効率だけを極限まで高めた組織は、平常時には強くても、変化に対応する余地を失う可能性があります。
その職務に必要な能力だけを発揮させることは、短期の効率には適しています。同時に、新しい価値が生まれる余白を失わせます。
豊かさは、工程の外からも生まれる
従来の工学的なモデルでは、豊かさの生産は次の形で捉えられやすくなります。
労働投入 × 資本 × 技術 → 生産
しかし知識社会・創造経済では、次のような非線形な価値創出が重要になります。
- 人と人が出会う
- アイデアが混ざる
- 新しい用途を思いつく
- 趣味が事業になる
- 失敗から別の商品が生まれる
- 社員が自発的に始めた活動が新事業になる
こうした価値は、あらかじめ設計された生産工程だけから生まれるとは限りません。豊かさは、人間同士、および人間と環境の相互作用からも創発します。
そこから、次の転換を構想できます。
人間を管理することによって価値を生む経済から、人間が活動できる生態系をつくることで価値が創発する経済へ。
機械型と生態系型を並べる
組織の形を対比すると、次のようになります。
| 工学的・機械型 | 生態学的・創発型 |
|---|---|
| 人間=資源 | 人間=主体 |
| 能力=個人属性 | 能力=関係から創発 |
| 指示 | 自律 |
| 役割固定 | 役割可変 |
| 正解を教える | 試行錯誤させる |
| 失敗を防ぐ | 小さな失敗から学ぶ |
| マニュアル | 原則・目的 |
| 管理者が判断 | 現場が判断 |
| 評価による動機づけ | 内発的動機づけ |
| 個人成果 | 相互作用 |
| 無駄を削る | 余白を残す |
| 効率 | 適応力 |
| 人材育成 | 成長環境の形成 |
| 組織を設計する | 組織を育てる |
ただし、これは二者択一ではありません。製造、安全、会計、法令遵守では左側の比重が高くなります。研究、教育、新規事業、知識労働、創造的活動では右側の重要性が増します。
そして、左側の組織が必ず学習を失うわけでもありません。左側の道具立てを持ちながら、標準の改訂権を現場に残している組織は、右側の性質を同時に持ちます。 標準作業を細かく定めつつ、現場からの改善提案を制度化してきた組織が、その例です。
したがって、ここで提案する組織論は次の形になります。
管理をなくすことではなく、何を管理し、何を自己組織化に委ねるかを設計すること。
組織を生態学的に捉え直す
人間観と学習観を土台にして組織を捉え直すとき、いくつかの議論が接続します。ジェームズ・C・スコットの可読化と局所知、デヴィッド・グレーバーの官僚制批判、ハイエクの知識問題、マーチの探索と活用、オストロムの多中心的ガバナンス。
組織には、自ら試す、遊ぶ、小さく失敗する、発見する、気づく、学ぶ、上達するという過程を組み込みます。人を正しい行動へ矯正するのではなく、人が環境との相互作用を通じて能力を形成できる条件をつくります。
社会のあり方も、官僚制的・中央集権的な仕組みだけで一元化しません。市場、地域、コミュニティ、専門組織、個人などに分散した知識と判断を活かします。ただし、中央集権を全面否定するわけではありません。何をどの階層へ置くかには、基準が必要です。
効率化の会議で「これは無駄だから削る」と言うとき、それが本当に無駄なのか、それとも変化に備えた余白なのかは、その場では区別しにくいものです。区別できないまま削り続けると、平常時に最も強く、変化に最も弱い組織ができあがります。
次の記事では、その基準を示します。何を中央で決め、何を現場に任せるのかを判定する六つの軸です。
この記事の要点
- 職務として定義されなかった能力(余剰能力)は、組織活動から切り離されます。
- 無駄に見える余剰、多様性、冗長性は、環境変化へ対応するための選択肢になります。
- 豊かさは設計された工程だけでなく、人と人、人と環境の相互作用からも創発します。
- 機械型と生態系型は二者択一ではなく、領域ごとに比重が変わります。
- 左側の道具立てを持つ組織でも、標準の改訂権が現場にあれば学習は続きます。