工学化と抽象化シリーズ|第2部「行為空間の設計」第4回(全6回)
現場に任せたほうがうまくいく。いや、統一しないと事故が起きる。この議論は、たいてい価値観の対立として進みます。管理を好む人と、自由を好む人の話になります。
しかし、中央集権か分散かを価値判断で選ぶだけでは、決め方としては弱いままです。必要なのは、どの条件なら中央化し、どの条件なら分散するかを判定する原理です。
共通性・不可逆性・外部性が大きいものは中央または上位レベルで保証し、局所性・多様性・探索性が大きいものは分散する。
中央や上位レベルの役割は、人々の具体的な行動をすべて決めることではありません。全体が壊れないための境界条件、最低条件、共通基盤を保証することです。その内側では、可能な限り現場、個人、地域、小集団に判断と試行錯誤を委ねます。
これは補完性原理と接続します。局所的な単位で十分に処理できる問題はそこで扱い、上位レベルは下位では処理できない問題を引き受けます。連邦制も、中央と下位単位のあいだで権限を分割する制度としてこの問題を扱ってきました[1]。
ここでは、その判定を六つの軸に分けます。
軸1 不可逆性が高いほど、共通ルールを強くする
原発の安全、航空管制、建築基準、食品安全、基本人権、感染症の重大局面。
これらは、失敗したあとに「失敗から学べばよい」では済みません。損害が巨大で、回復不能で、他者の生命や権利を巻き込むからです。
一方、新商品のアイデア、教え方、チーム編成、デザイン、研究テーマ、トレーニング方法は、小さく試し、問題があれば戻せます。
可逆性が高いほど自由に試す。不可逆性が高いほど制約する。
軸2 外部性が大きいほど、上位レベルで扱う
個人の判断の結果を本人が引き受けるなら、本人に任せやすくなります。しかし、自分の行為のコストを他人へ押し付けられる場合は違います。公害、感染症、金融システム、環境破壊が典型です。
意思決定する主体と、結果を引き受ける主体が一致するほど分散できます。両者が離れるほど共通ルールが必要になります。
これは、自由と責任を制度的に対応させる問題でもあります。
軸3 局所知が重要なほど、意思決定も現場に置く
現場にしか存在しない情報が重要なら、中央管理は不利になります。顧客との微妙な関係、その場の身体感覚、地域固有の事情、職人の暗黙知、チーム内部の人間関係、不確実な研究状況。
中央の管理者は、これらをすべて把握できません。中央で管理するには、
現実 → 報告書 → 数値 → KPI → カテゴリー
という圧縮が必要になります。スコットの議論は、統治のために複雑な現実を「可読化」するとき、局所的・実践的な知識が失われやすいことを示します。スコットはとくに、大規模な中央計画が複雑な相互依存と現場の実践知を無視することで失敗する条件を検討しています[2]。
必要な情報が現場に分散しているほど、意思決定も現場に置きます。
軸4 探索が必要なほど、分散する
正解がすでに分かっている問題は標準化しやすくなります。部品を加工する温度が確立しているなら、共通手順を使えます。
しかし、どのような新商品が当たるか、どうすれば特定の生徒が上達するか、次にどの研究をすべきかは、事前には分かりません。この場合、中央が一つの正解を決めると探索の幅を狭めます。
これはマーチの活用(exploitation)と探索(exploration)の区別と接続します。
すでに分かっていることは効率化し、分かっていないことには多様な試行を残します。
軸5 多様性そのものが価値を持つ領域は、分散する
ネジの規格は統一したほうが、互換性とネットワーク価値が高まります。一方、芸術、教育、文化、生き方、地域社会、商品企画では、多様性そのものが価値になります。
中央設計は、平均的なものへの収斂を促しやすくなります。複雑な環境では、いまは無駄に見える多様性が、未来の変化への適応資源になります。
軸6 問題の規模と、意思決定の規模を一致させる
地方の問題を国全体で決める必要はありません。一方で、一つの地域だけでは解決できない問題もあります。
- 町内の公園 → 市町村
- 河川流域 → 複数自治体
- 国防 → 国家
- 気候変動 → 国際協調
「中央か地方か」という固定的な二択ではなく、問題が実際に発生する規模に権限を合わせます。
一本の階層ではなく、複数の中心で考える
ここまでを、一本の指揮命令系統として読む必要はありません。オストロムが示したのは、「国家か市場か」という二択ではなく、さまざまなレベルの自治主体が重なって統治する多中心的ガバナンスです。ノーベル講演も「Beyond Markets and States: Polycentric Governance of Complex Economic Systems」と題され、複雑な経済システムを、単一の中心ではなく複数の意思決定単位から捉えています[3]。
国家と地域、企業とコミュニティ、チームと個人。複数の意思決定の中心が重なり、それぞれが異なる問題を処理すると捉えます。
六つの軸を一枚にまとめる
| 条件 | 中央化・上位レベル | 分散化・局所レベル |
|---|---|---|
| 失敗の不可逆性/試行の可逆性 | 不可逆性が高い | 可逆性が高い |
| 外部性 | 大きい | 小さい |
| 必要な情報 | 共通・集約可能 | 局所的・暗黙的 |
| 問題の性質 | 既知で標準化しやすい | 未知で探索が必要 |
| 最適解と多様性 | 解が比較的一つで統一に価値がある | 複数の解があり多様性に価値がある |
| 問題の規模 | 広域 | 局所 |
一文にまとめると、次のようになります。
不可逆で外部性が大きく、共通知識によって処理できる領域ほど中央化する。可逆的で局所知が重要で、未知性と多様性が大きい領域ほど分散する。
いま自分の組織で意見が割れている決定を、この六つの軸に当ててみることができます。対立の一部は、価値観そのものより、どの軸を重視しているかの違いから生じます。安全を心配している人は不可逆性を見ており、現場に任せたい人は局所知を見ているのかもしれません。
ただし、この表にはまだ穴があります。軸が同じ方向を指すとは限りません。 教育も、医療も、金融も、分散を求める条件と中央化を求める条件を同時に持っています。
次の記事では、軸が衝突したときにどうするのか、そしてその判定を誰が下すのかという問題を扱います。
この記事の要点
- 中央化と分散化は価値観だけで決めず、六つの軸から検討できます。
- 不可逆性が高く外部性が大きい領域ほど、共通ルールを強くします。
- 局所知が重要で、未知で、多様性に価値がある領域ほど、判断を現場へ置きます。
- 問題が発生する規模と、意思決定する規模を一致させます。
- 一本の階層ではなく、複数の意思決定の中心が重なる形として捉えます。
- 六軸が同じ方向を指すとは限らず、重要な領域ほど衝突します。
参考文献
1. Stanford Encyclopedia of Philosophy. “Federalism.” https://plato.stanford.edu/entries/federalism/
2. Scott, J. C. (1998). Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed. Yale University Press. https://yalebooks.yale.edu/book/9780300078152/seeing-like-a-state/
3. Ostrom, E. (2009). “Beyond Markets and States: Polycentric Governance of Complex Economic Systems.” Prize Lecture, Nobel Prize. https://www.nobelprize.org/prizes/economic-sciences/2009/ostrom/lecture/