工学化と抽象化シリーズ|第2部「行為空間の設計」第2回(全6回)
会計処理は標準どおりに進めたい。研究テーマは自由に選ばせたい。同じ会社の中に、この二つが並んでいます。
どちらが正しいかを決める必要はありません。必要なのは、どの領域にどちらの比重を置くかを見分けることです。
計測し、管理し、改善し、最適化する。この近代的な工学思想は、企業、行政、教育、労働、そして個人の日常生活に深く残っています。科学や思想のレベルでは、複雑系、創発、ネットワーク、限定合理性といった考え方が広がっているにもかかわらずです。
問われているのは合理性の是非ではなく、その方法をどこまで広げるかという適用範囲です。
合理化を否定しないところから始める
合理化、標準化、官僚制、科学的管理、工学的設計は、近代社会を成立させた重要な技術です。この議論を、単純な近代批判や合理主義批判にするべきではありません。
問題は、機械に対して成功した方法を、人間・組織・社会にまで無制限に拡張することです。
人間は完全な合理的主体ではありません。組織は機械ではありません。社会も中央から完全に設計できる対象ではありません。それらは、身体性、感情、関係性、歴史、偶然、暗黙知、相互作用、学習、創発によって変化する複雑な存在です。
そこで必要になる転換を、次のように捉えることができます。
「あらゆる対象を機械として扱う文明」から、「対象の性質に応じて工学モデルと生態系モデルを使い分ける文明」へ。
これは、生態系モデルが工学モデルに取って代わるという単線的な移行ではありません。対象と領域に応じて、両者の適用範囲を組み替えるという意味です。
さらに現代では、その管理思想が自己啓発や自己管理を通して個人の内部にまで入り込んでいます。現代社会の特徴は、社会が人間を管理していることだけではありません。工学化された社会の中で、人間自身が自分を工学化し、その人間が再び工学化された社会を再生産している。 これがこのシリーズの言う二重の工学化です。
ストレス、燃え尽き、適応困難、組織の硬直を考えるときも、個人の能力や病理だけを見るのではなく、人間という複雑な生物を、どのような人間モデルにもとづいて社会へ組み込んできたのか、という制度の側の問題から捉え直すことができます。
領域ごとに、適したモデルが違う
時代が段階的に進むという話ではありません。より正確なのは、領域ごとに適したモデルが違うという見方です。
| 領域 | 工学モデルの比重 | 生態系モデルの比重 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 航空整備、建築、食品安全 | 高い | 低い | 失敗が不可逆で、他者の生命に及ぶ |
| 会計、法令遵守、共通規格 | 高い | 低い | 共通性が高く、統一に価値がある |
| 大量生産の既知工程 | 高い | 中程度 | 既知だが、改善には現場知が要る |
| 顧客対応、営業 | 中程度 | 中程度 | 局所知が重要だが、最低基準も要る |
| 教育、医療 | 中程度 | 中程度 | 局所知と多様性が重要だが、不可逆性も大きい |
| 研究、新規事業、創作 | 低い | 高い | 正解が未知で、探索が必要 |
| 組織文化、人間関係 | 低い | 高い | 細部まで設計すると関係を損ないやすい |
各行がなぜこの配分になるのかは、判定の軸によって説明できます。それは次の記事以降の主題です。
ここで確認しておきたいのは、同じ組織の中に、比重の違う領域が同時に存在するということです。安全基準を現場の裁量に委ねる必要はありませんし、組織文化を規則で細かく定めても、たいてい思ったようにはなりません。
AIは、工学化を弱めもすれば強めもする
この問題は、AIの普及によってさらに複雑になります。
近代企業では、人間が機械的・標準的な仕事を担当してきました。AIと自動化が発達すると、情報処理、定型判断、文書作成、データ処理、標準化された知的労働まで機械が担えるようになります。
その結果、人間に期待される役割は、創造、探索、問いを作ること、意味を形成すること、他者と関係を作ること、文脈を理解すること、身体を使うこと、偶然から発見すること、暗黙知を形成することなど、従来の工学的組織が扱いにくかった領域へ移る可能性があります。第1部で述べた学習の循環が、人間の役割としてさらに重要になるという見通しです。
人間に機械的な役割を担わせてきた近代企業が、機械そのものの高度化によって、人間を同じように扱うことの限界に直面する。
ただし、楽観的な見通しだけを述べるわけにはいきません。AIとアルゴリズムは、データ化、分類、採点、可視性の配分という再帰ループの中核でもあります。AIは、工学化を弱める方向にも、強める方向にも働きます。
強める方向は、これまで直接には捉えにくかった行動、感情、関係、注意まで推定と評価の対象にすること、測定の頻度と粒度を上げて評価の空白時間を減らすこと、個人ごとに最適化された介入を安価にすること、そして「データが示している」という形で評価基準を議論の外へ置くことです。
弱める方向は、定型的な管理業務そのものを代替して管理の密度を下げること、標準的な作業を引き受けて人間の時間を探索へ振り向けること、局所的な判断に必要な情報を現場が自分で扱えるようにすることです。
どちらの方向が強く現れるかは、技術の性質だけでなく、その技術をどの制度が、誰の利益のために運用するかに左右されます。ここではこれを、AIの本性についての予測ではなく、制度設計の課題として扱います。なお、このAIの将来像は既存研究の結論ではなく、現時点での見通しです。
使い分けとは、線を引き直し続けること
工学的設計が有効な領域では工学を使い、複雑性、創発、主体性が重要な領域では、それを損なわない制度を作る。この二つを同じ組織の中で並立させることが、ここでの立場です。
そのとき、問いは次のように移ります。
「人間をどう管理するか」から、「人間が自律的に活動し、相互作用し、創発できる条件をどう整えるか」へ。
自分の職場や教室を思い浮かべたとき、いま標準で固めている部分と、判断を委ねている部分は、この表の配分と合っているか。合っていないとすれば、どちらへずれているのか。線を引き直す作業は、そこから始まります。
次の記事では、工学的に組み立てられた組織が、効率を高める過程で実際に何を失っているのかを見ます。
この記事の要点
- 合理化や標準化は近代社会を成立させた技術であり、否定の対象ではありません。
- 問題は、機械に対して成功した方法を人間・組織・社会へ無制限に広げることです。
- 適したモデルは領域ごとに違い、同じ組織の中に比重の違う領域が同時に存在します。
- AIは工学化を強める方向にも弱める方向にも働き、どちらの作用が強く現れるかは制度の運用に左右されます。
- 問いは「どう管理するか」から「創発できる条件をどう整えるか」へ移ります。