シリーズ|体の地図を書き換える ― 身体図式と運動制御の科学
力を抜けないのは脳のせいだった
Part 5 / 10
「リラックスしてください」と言われて、すぐに体の力を抜ける人は少数です。肩の力を抜いたつもりでも、実際には抜けていない。寝ているときでさえ体が固まっている人もいます。この「抜けない」の正体は、筋肉の問題ではなく、脳からの指令にあります。
筋緊張は脳が決めている
筋緊張(マッスルトーン)は、大きく2つの要素からできています。
1つ目は「受動的要素」。筋膜や結合組織そのものの硬さで、神経の制御下にはありません。
2つ目が「能動的要素」。脳幹を中心とした中枢神経系から送られる持続的な指令(トニックドライブ)によって維持される、低レベルの筋収縮です。
かつては筋緊張を「末梢の伸張反射」で説明していましたが、現代の研究は、健康な個体の筋緊張が脳幹からの下行性指令に大きく依存していることを証明しています。
5つの下行性経路
脳から体への筋緊張の指令は、複数の経路を通じて送られます。
網様体脊髄路:姿勢を重力に抗して維持するための緊張を担当。注意や運動イメージの影響を受けます。
縫線核:セロトニンを使って、筋緊張の全体的なレベルを設定します。
青斑核:ノルアドレナリンを分泌し、警戒や覚醒に伴って全身の緊張を高めます(闘争・逃走の準備)。
前庭神経核:頭の位置情報を統合し、体幹や四肢の抗重力筋の緊張を調節します。
神経積分器:運動が終わった後に、新しい姿勢に合わせて筋緊張のレベルを再設定します。
地図のぼやけが過緊張を生む
ここで身体図式とつながります。慢性的な痛み、過去のケガ、運動不足によって固有受容感覚の入力が乱れると、脳の体の地図に歪みやぼやけ(Cortical smudging)が生じます。
脳が関節の位置や体の重さを誤ってマッピングしている状態では、運動指令と感覚フィードバックの間にズレが生じます。このズレを補正するために、脳幹の制御回路は過剰なトニックドライブを筋肉に送り続けます。これが、意識的にリラックスしようとしても抜けない「過緊張」の正体です。
さらに深刻なのは、慢性的な痛みをもつ人々は睡眠中でさえ、この自動的な筋緊張の乱れが持続していることです。意志の力で解決できる問題ではないことがわかります。
つまり、過緊張を根本から変えるには、筋肉を揉みほぐすだけでは不十分で、脳の中の体の地図そのものを書き換える必要があるのです。参考文献
- 10. All About Balance & Joint Position Sense - Myofascial Release Mississauga. myofascialmississauga.com
- 19. Ganguly J, Kulshreshtha D, Almotiri M, Jog M. (2021). Muscle Tone Physiology and Abnormalities. *Toxins (Basel)*. PMC8071570
- 20. Cacciatore TW, Anderson DI, Cohen RG. (2024). Central mechanisms of muscle tone regulation. *Frontiers in Neuroscience*, 18, 1511783. Frontiers
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。