シリーズ|体の地図を書き換える ― 身体図式と運動制御の科学
感じられなくなった体は動かせない
Part 2 / 10
私たちが何気なくコップを持ち上げるとき、「腕がどこにあるか」を意識する人はほとんどいません。しかし、もし目を閉じたまま自分の腕がどこにあるかわからなくなったら、コップを掴むことすらできなくなります。実際にそのような状態で生きている人たちがいます。
固有受容感覚を失った患者たち
固有受容感覚とは、筋肉の伸び具合や関節の角度を脳に伝える感覚です。この感覚を病気で完全に失った「求心路遮断患者」の研究が、身体図式の重要性を浮き彫りにしています。
たとえば、健常者なら暗闘の中でも自分の手を顔の前にもっていけます。後天的に固有受容感覚を失った患者IWや、先天的に体性感覚を欠く患者KS、リーチング研究で知られる患者C.F.は、無意識の運動制御が不可能になりました。代わりに、視覚を使って一つひとつの動作を意識的に制御しなければならなくなったのです。
しかしこれらの患者は、自分の手が見えなければ、手がどこにあるかわかりません。動くためには常に体を目で見続ける必要があります。
道具を「体の一部」にできない
健常者はトングなどの道具を使い始めると、その先端を体の一部のように感じるようになります。これを「ツールの身体化」といいます。脳内の体の地図が、道具を含むように書き換わるのです。
つまり、「見ているだけ」では体の地図は更新されません。しかし、固有受容感覚を欠く患者を2年間にわたって追跡調査した結果、視覚フィードバックだけではツールの身体化の兆候がいっさい見られませんでした。
筋肉の伸張や関節の角度を感じる固有受容感覚からのリアルタイムな信号がなければ、脳は地図を書き換えることができないのです。
「感じること」が運動制御の前提条件
これらの研究が示しているのは明快です。体を精密に動かすためには、まず「感じる」ことが前提条件だということです。
JINENの5原則の筆頭が「感じる」であるのは、まさにこの神経科学的事実と一致しています。鍛える前に、まず自分の体を感じ取る力を取り戻す。マイナスのアプローチとは、鍛えるのではなく、感じる力の回復から始めるということです。
固有受容感覚が鈍っている状態で筋トレをしても、体の地図がぼやけたまま力だけが加わります。まず地図を鮮明にする。そのために「感じる」というステップが最初に来るわけです。
参考文献
- 2. Body schema - Wikipedia. Wikipedia
- 12. Miall RC, Afanasyeva D, Cole JD, Mason P. (2021). Perception of body shape and size without touch or proprioception. *Experimental Brain Research*. PMC8068692
- 13. Cardinali L, Brozzoli C, Luauté J, Roy AC, Farnè A. (2016). Proprioception Is Necessary for Body Schema Plasticity. *Frontiers in Human Neuroscience*. Frontiers
- 14. Messier J, Adamovich S, Berkinblit M, Tunik E, Poizner H. (2003). Influence of movement speed on accuracy and coordination of reaching movements in a deafferented subject. *Experimental Brain Research*. NJIT
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。