もうようたいせきずいろ|Reticulospinal tract|神経科学・解剖学
立ったまま棚のコップへ手を伸ばすとき、私たちは手先に目を向けます。その間も、足は床に接して体を支え、脚や体幹は腕に合わせて働いています。物を取るという一つの動作では、手を目的の場所へ運ぶ働きと、体を支える働きが組み合わさっています。
この協調に関わる経路の一つが、網様体脊髄路です。脳幹の網様体から脊髄へ信号を送り、姿勢、歩行、手足の運動などに関わります。「どこからどこへ信号を送る経路か」をたどりながら、その働きを見ていきましょう。
名前が示す、脳幹から脊髄への道筋
脳幹は、大脳と脊髄をつなぐ位置にあり、中脳・橋・延髄からなります。網様体は、その脳幹に広がる神経細胞群です。「脊髄路」は、脊髄の中を通る神経線維のまとまりです。神経細胞から長く伸びて信号を送る部分を軸索といい、網様体から脊髄へ伸びる軸索が、この経路をつくっています。脳側から脊髄側へ向かうため、下行性の経路と呼ばれます。
筋肉へ最終的に信号を送るのは、運動ニューロンです。脊髄には、運動ニューロンと、神経細胞どうしをつなぐ介在ニューロンがあります。脳から下る信号は、これらの回路に作用します。「脳から筋肉へ」信号が届くまでには、脊髄内で複数の情報を組み合わせる段階があるのです。
網様体脊髄路には、出発する細胞や、信号が届く場所の異なる線維が含まれます。一本の道ではなく、体の複数部位の運動に関わる経路の集まりとして捉えると、働きを理解しやすくなります。
この節の出典:T02-RT01、T02-RT02、T02-RT03
動作に合わせて支えを準備する
手を前へ出すと、腕の位置と重さのかかり方が変わります。立位を保ちながら手を伸ばすには、それに合わせた脚や体幹の筋活動が必要です。姿勢の調整には、体が動いてから応じる働きに加えて、これから行う動作に備える働きもあります。網様体を介する経路は、こうした姿勢と運動の協調を説明するうえで重要です。
動物の歩行や手を伸ばす動作をまとめたドリューらの総説では、大脳皮質と脳幹の双方が、動作に必要な調整に関わることが説明されています。たとえば障害物をまたぐときは、脚を持ち上げる軌道の調整と、体を支える側の調整が組み合わされます。
「姿勢を保つ」とは、決まった形で静止することだけではありません。物を取る、向きを変える、歩き出すといった目的に応じて、支え方も変わります。足元と手先を別々に見るだけでは分からない、動作全体のつながりが見えてきます。
大脳皮質と脳幹は一緒に働く
大脳皮質の運動に関わる領域からは、脊髄へ直接向かう信号と、網様体などの脳幹の領域を経由する信号が送られます。皮質から網様体、さらに脊髄へと続く経路は、意図した動作と、それに伴う体の支えを結びつける仕組みの一つです。
「意識して動く部分は皮質、姿勢を保つ部分は脳幹」と、担当を完全に分けることはできません。コップを取ろうと決めることと、そのために体を支えることは、一つの行動の中で連携しています。普段は細かく意識しない筋活動にも、皮質から脳幹へ届く信号が関わります。
さらに、下行性の信号が届いたとき、脊髄の回路がどのような状態にあるかも重要です。ドリューらは、歩行や到達動作の最終的な表れ方が、信号を受ける脊髄回路の状態や反応しやすさに影響されると整理しています。同じ経路名であっても、静かに立つときと歩いているときでは、参加している動作の条件が異なります。
左右と複数の高さをつなぐ構成
体の部位ごとに脊髄とのつながりは異なり、首に近い頸部の脊髄と、腰に近い腰部の脊髄では、関わる筋群も違います。上半身と下半身、右と左の協調を考えるには、下行する線維がどの高さへ届き、どこで左右をつなぐかが手がかりになります。
リードらは成体ラットで、脊髄の特定の場所に、神経線維を通って細胞体へ運ばれる標識物質を入れ、延髄のどの細胞が標識されるかを調べました。これを逆行性標識といいます。脊髄側から経路をたどることで、そこへ軸索を送っている細胞を探す方法です。
その結果、網様体の細胞群には、頸部と胸腰部の複数の高さへ関わる投射や、左右をまたぐ構成が認められました。ここでいう投射は、神経細胞が軸索を伸ばして別の場所へ信号を送ることです。この解剖学的な広がりは、複数部位を連携させる基盤を理解する助けになります。ラットでの分布をそのままヒトの正確な地図とせず、経路の構成を知る基礎研究として位置づけます。
解剖学的な標識で分かるのは、どの場所どうしがつながっているかです。動作中のどのタイミングで信号が送られ、どの筋肉にどれほど影響するかは、電気的な記録などで調べます。接続の地図と活動の記録を合わせて、経路の働きを確かめていきます。
この節の出典:T02-RT02
手の筋肉へ届く入力も調べられている
網様体脊髄路は、体幹や肩に近い筋肉を協調させる経路として紹介されることが多くあります。一方、2009年のリドルらの研究は、手の中にある筋肉へも関与しうることを示しました。対象は麻酔下のマカクで、脳幹の下行線維が通る領域を刺激し、上肢の筋肉を支配する運動ニューロンの内部から電気的な変化を記録しました。
手内筋を支配する細胞でも、短い接続を通る入力が見つかりました。神経細胞間の情報の受け渡しをシナプスといい、この研究では一つ、または二つのシナプスを介すると考えられる応答が調べられています。刺激部位には他の経路の線維もありますが、著者らは結果が網様体脊髄系の活性化に最も整合すると解釈しました。
この知見は、体幹と手指の制御を二つの経路へ完全に振り分ける説明を見直す手がかりになります。示されたのは、サルで手の筋肉の活動へ影響できる接続です。ヒトが一本の指を独立して動かすときにどの程度使うかや、特定の施術による回復効果は、別の問いとして調べる必要があります。
この節の出典:T02-RT03
手先の動きと、体の支えを一緒に見る
ボディワークでは、手を伸ばすときに腕だけでなく、足や座面との接触、体幹の動きも一緒に観察する視点につながります。例えば、安定した椅子に座り、無理のない範囲で手を前へ出してみます。手が進む方向と、座面に体重を預ける感じを確かめることで、動作全体に目を向けられます。
観察したことは、「肩が楽になった」「手を伸ばす距離が変わった」など、実際に確かめた変化として言葉にします。その体験だけで、特定の神経路が強く働いたとは判断できません。研究での神経記録と、日常動作の観察では、捉えているものが異なります。
網様体脊髄路を知る価値は、動作を体の一部だけの出来事として見ず、支えとの関係に目を向けられることにあります。目的の動作に合わせて、どこが動き、どこが支えを引き受けるかを確かめると、動きの工夫を具体的に考えやすくなります。
関連語
参考文献
- [T02-RT01] Purves D, Augustine GJ, Fitzpatrick D, et al. (editors) (2001) Neuroscience. 2nd edition. Sinauer Associates; NCBI Bookshelf Purves et al., Neuroscience, 2nd ed. (2001): Motor Control Centers in the Brainstem: Upper Motor Neurons That Maintain Balance and Posture
- [T02-RT02] Reed WR, Shum-Siu A, Magnuson DS. (2008) Neuroscience 151 505-517 Reticulospinal pathways in the ventrolateral funiculus with terminations in the cervical and lumbar enlargements of the adult rat spinal cord.
- [T02-RT03] Riddle CN, Edgley SA, Baker SN. (2009) The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience 29 4993-4999 Direct and indirect connections with upper limb motoneurons from the primate reticulospinal tract.
- [T02-RT04] Drew T, Prentice S, Schepens B. (2004) Progress in brain research 143 251-261 Cortical and brainstem control of locomotion.