腹式呼吸

Oct 18, 2026

ふくしきこきゅう|abdominal breathing / diaphragmatic breathing|呼吸・身体の使い方

仰向けで静かに息をすると、おなかの表面が吸うときにふくらみ、吐くときに戻る動きが見えることがあります。腹式呼吸は、横隔膜の動きに伴う、この腹部の動きが目立つ呼吸や、その動きを意識する呼吸法を指します。横隔膜呼吸とも呼ばれます。 AB-S1

ボディワークでは、おなかに手を添えて呼吸の動きを感じる場面で使われる言葉です。手の下の腹壁が広がるとき、身体の奥では横隔膜が下がり、肝臓や胃、腸などが位置や形を変えています。 AB-S1 AB-S3

横隔膜が下がると腹壁が広がる

横隔膜は、胸腔と腹腔の境界にある、筋肉と腱でできた構造です。胸腔は心臓や肺が収まる空間、腹腔は肝臓や胃、腸などが収まる空間です。横隔膜は胸の側へふくらんだドーム状で、中央に中心腱があり、周囲の筋肉が下部の肋骨や腰椎などにつながっています。 AB-S2

息を吸うと横隔膜の筋線維が縮み、中心腱が下がります。その下にある臓器などの内容物が押され、腹腔の圧力が上がります。腹壁が外へ広がると、体表にはおなかがふくらむ動きとして現れます。 AB-S1 AB-S3

腹壁の前面には腹直筋があり、側面には腹斜筋や腹横筋などが重なっています。これらの筋肉や結合組織が、内側の内容物を包んでいます。横隔膜が下がったときの腹部の広がり方は、腹壁の張りや、姿勢にも左右されます。 AB-S8 AB-S3

胸腔が広がると肺へ空気が流れ込む

横隔膜が下がり、肋骨も動くと、胸腔が広がります。肺の表面と胸の内壁には胸膜があり、膜の間の薄い液体の層を介して、肺は胸郭や横隔膜の動きに伴って広がります。肺胞の中の圧力が外の空気より低くなると、空気が肺へ流れ込みます。 AB-S4

鼻や口から入った空気は、気管、気管支を通って肺の中へ進みます。気道は細かく枝分かれし、その先に小さな袋状の肺胞があります。肺胞の薄い壁を隔てて、酸素が血液へ移り、血液中の二酸化炭素が肺胞の空気へ移ります。 AB-S5 AB-S7

吸っている間は、肺へ空気が入る動きと、横隔膜が腹部の内容物を押す動きが同時に進みます。おなかに添えた手が持ち上がる感覚と、鼻や口を通る空気の感覚は、同じ吸気に伴う別々の場所の変化です。 AB-S1 AB-S4

胸郭と腹部の動きの配分が変わる

肋骨と胸骨、背骨でできた胸郭は、呼吸に伴って前後や左右にも広がります。肋間筋などが肋骨を動かし、横隔膜も下部の肋骨へ力を伝えます。横隔膜の付着部で肋骨を引く力と、腹部の圧力が肋骨の内側へ伝わる力が、下部の胸郭の広がりに関わります。 AB-S6 AB-P1 AB-S3

胸郭の動きが目立つ呼吸は、胸式呼吸と呼ばれます。腹式と胸式は、胸郭と腹部のどこに動きが大きく現れるかに着目した呼び方です。通常の呼吸では、横隔膜と胸郭を動かす筋肉が、ともに働いています。 AB-S6 AB-P2

胸郭と腹部に現れる呼吸運動
吸気に伴って、胸郭は前後・左右に広がり、腹壁は外へ動きます。矢印は方向を示す模式表示で、動きの量や胸郭・腹部それぞれの寄与率を表していません。横隔膜の働きと呼吸運動の関係を読む補助図です。

2014年のVieiraらの研究では、健康な15人が上体を45度起こした姿勢で、四つの呼吸法を行いました。横隔膜呼吸の条件では、腹部の前方への動きを意識して鼻からゆっくり深く吸い、唇をすぼめて吐きました。このとき、静かな呼吸や他の呼吸法に比べ、全体の容積変化に腹部が占める割合が大きくなりました。 AB-P2

測定には、身体の表面につけたマーカーを複数のカメラで追う方法が使われました。胸郭の上部、下部、腹部を立体的に捉え、それぞれの容積の増減を計算します。胸郭と腹部の動きの配分は、この容積の変化から求められました。 AB-P2

息を吐くと腹部のふくらみが戻る

静かな呼吸で息を吐くときには、横隔膜などの吸気筋の活動が弱まり、吸気で広がった肺が弾性によって縮む方向へ戻ります。横隔膜は上へ戻り、腹部のふくらみも小さくなります。肺胞内の圧力が外気より高くなることで、空気が気道を通って外へ流れます。 AB-S4 AB-S6

強く息を吐くときには、腹筋群などの収縮が加わります。腹壁が内側へ動き、腹部の圧力が上がると、横隔膜を胸の側へ押し上げる力が増します。咳で一気に空気を押し出すときにも、腹筋群が働きます。 AB-S4 AB-S8

姿勢が変わると目立つ動きも変わる

座っているときと仰向けでは、胸郭や腹部に対する重力の向きが変わります。腹部の内容物が横隔膜へ及ぼす力や、胸郭の形も変わるため、同じ人でも呼吸による身体の動き方が変わります。 AB-S3 AB-P3

2020年に刊行されたMendesらの研究では、健康な83人の静かな呼吸を、座位、上体を45度起こした姿勢、仰向けで調べました。身体を起こした姿勢では胸郭の上部が容積変化に占める割合が大きく、横になる姿勢では腹部の割合が大きくなりました。 AB-P3

仰向けでは、胸郭と腹部を合わせた一回の容積変化は座位より小さくなり、その中で腹部の占める割合が増えていました。 AB-P3

一回の呼吸量と呼吸の速さ

腹部を意識してゆっくり息を吸うと、一回に取り込む空気の量も変わることがあります。2014年の15人の実験でも、横隔膜呼吸を含む四つの呼吸法で、静かな呼吸より一回の容積変化が大きくなり、呼吸回数は少なくなりました。 AB-P2

一回に出入りする空気の量は、一回換気量と呼ばれます。これに一分間の呼吸回数を掛けたものが分時換気量です。計算例として、一回500ミリリットルを毎分12回なら、合計は毎分6リットルです。一回の量が同じまま呼吸回数が半分になれば、分時換気量も半分になります。 AB-S7

気管や気管支など、ガス交換を行わない空気の通り道は、解剖学的死腔と呼ばれます。一回に出入りする空気の一部は、この通り道を満たします。一回換気量から死腔の量を引くと、肺胞へ届く新しい空気の量を求められます。同じ分時換気量でも、一回の量と回数の組み合わせによって、肺胞の空気が入れ替わる量は変わります。 AB-S7

意図に合わせて呼吸筋の働きが変わる

横隔膜を動かす運動の信号は、左右の横隔神経を通って届きます。横隔神経は、首の高さの脊髄から出る線維が集まり、胸の中を下って横隔膜へ伸びています。信号を受けた筋線維が収縮し、胸腔と腹腔の境界の形を変えます。 AB-S9

脳の下部にある脳幹では、延髄や橋の神経回路が呼吸を調節しています。身体の中の二酸化炭素などに関係する情報を受け、呼吸筋へ送る信号のリズムや強さを調節します。呼吸に注意を向けていない間も、身体が必要とする換気が続きます。 AB-S4

腹部の動きを意識したり、吸う時間を長くしたりするときには、大脳からの随意的な調節も加わります。腹式呼吸を練習する場面では、この意図的な調節を使って、呼吸筋の活動や胸腹部の動きを変えています。 AB-S4 AB-P2

体表の動きと横隔膜を一緒に調べる

横隔膜は身体の奥にあるため、その動きは超音波などで調べられます。超音波の画像では、息を吸うときと吐くときの横隔膜の位置を追うことができます。体表につけたマーカーによる測定と組み合わせると、内部の動きと胸腹部の形の変化を同時に捉えられます。 AB-P4

2009年のWangらの研究では、健康な男性12人が仰向けで静かな呼吸と深い呼吸を行いました。右側の横隔膜の移動を超音波で測り、胸郭と腹部の容積変化、口元を出入りする空気の量と合わせて記録しました。 AB-P4

吸気中には、胸郭の上部、下部、腹部それぞれの容積変化と、横隔膜の移動に強い関連が見られました。その中でも、腹部の容積変化が横隔膜の移動とよく対応していました。 AB-P4

関連語

横隔膜、胸郭、腹腔内圧、一回換気量、呼吸性洞性不整脈

出典

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