私は剣術を長く続けるなかで、身体を操作する能力がかなり高まったと感じています。
もちろん剣術には、足運びや姿勢、間合い、相手との関係など、さまざまな要素があります。しかし身体能力という点で特に大きかったのは、木刀という長い物体を持ち、それを繰り返し振ってきたことではないかと思っています。
木刀を振るとき、腕だけを動かしているわけではありません。足元から重心を動かし、骨盤、体幹、肩、腕、手へと力を伝え、最後には身体から離れた切先まで操作します。
こうした「スイング」という動作には、人間の身体が持っている重要な能力がかなり凝縮されているのではないか。
今回は、進化、身体構造、認知という観点から考えてみます。
第1章 手と脳を進化から見る
1.人間の手は「前脚」ではなくなった
人間の腕や手について考えるには、まず霊長類の進化までさかのぼる必要があります。
多くの四足動物では、前肢は身体を支え、移動するためにも使われます。
それに対して霊長類は、樹上生活のなかで枝をつかみ、身体を支え、別の枝へ手を伸ばすようになりました。前肢は単なる「前脚」ではなく、三次元空間のなかで自由に位置を変え、外界を操作する器官として発達していきます。
人類の祖先がテナガザルのようなブラキエーションを専門としていた、という単純な話ではありません。しかし、樹上生活をしてきた霊長類の身体には、大きく動く肩、回旋できる前腕、物をつかめる手など、上肢を自由に扱うための基礎が形成されていました。
さらに人類では二足歩行が発達します。
四肢をすべて移動に使わなくてもよくなったことで、腕と手は外界を操作するために、より自由に使えるようになりました。人間特有の高速で正確な投擲についても、二足歩行による上肢の解放に加えて、肩や体幹などの構造的変化が重要だったと考えられています。約200万年前のホモ・エレクトスでは、高速投擲に適した特徴がまとまって現れていた可能性があります。
つまり、人間の上肢は、
身体を支えるもの
から
外界を操作するもの
へと大きく役割を変えてきた、と見ることができます。
2.手を使うことは、脳を使うことでもある
手は単なる運動器官ではありません。
何かを持てば、重さが分かります。触れば硬さや形が分かります。動かせば、その物体がどのように動くのかが分かります。
つまり私たちは、
見る → 触る → 動かす → 結果を感じる → 次の動きを変える
という循環のなかで外界を理解しています。
道具使用はさらに複雑です。
例えば棒を使って物を動かすなら、手元だけでなく、棒の長さや方向、相手との位置関係まで考えなければなりません。人間の道具使用には、運動だけでなく、視覚や身体感覚、空間認識などを統合する高度な処理が必要です。
その意味では、物を操作することそのものが一種の認知活動です。
私たちは頭の中だけで世界を理解しているのではなく、身体を使って外界に働きかけ、その反応を感じることによって世界を理解しています。
3.人間の認知能力は「外を操作する能力」とともに発達してきた
人類進化では、手の形態と道具使用能力の関係が長く研究されています。現在では、ホモ属以前の初期人類にも、従来考えられていた以上の手指操作能力が存在した可能性が指摘されています。
ここで重要なのは、人間の認知能力を「頭の中で考える能力」だけとして捉えないことです。
石を割る。棒を使う。槍を投げる。対象物をつかむ。何かを組み合わせる。
こうした行為では、
「この角度ならどうなるか」
「これくらいの力ならどう動くか」
「この物体をここに当てるにはどうすればよいか」
といった予測を絶えず行います。
そして実際に動かし、結果とのズレを修正する。
ここには空間認知、予測、因果関係の理解、タイミング、感覚統合など、さまざまな認知機能が関係しています。
したがって「手を使うことが脳にいい」という場合も、単に指を細かく動かせばいいという話ではありません。
本質的なのは、身体を通じて外界との複雑な関係をつくることではないかと思います。
4.現代人は手を使うが、上肢全体はあまり使わない
この観点から現代生活を見ると、少し面白いことに気づきます。
私たちは昔の人より手を使っていないわけではありません。
スマートフォンを操作し、キーボードを打ち、マウスを動かします。むしろ一日中、指先を使っています。
しかしその操作の多くは、
身体を固定した状態で、身体のすぐ近くを、小さな可動域で操作する
ものです。
つまり、手は使っているけれど、腕全体を使って外界を操作する機会は少ない。
頭の中でも似たことが起きています。
情報を読み、文字を入力し、画面内の記号を操作する。非常に高度な認知活動ではありますが、身体全体を使って物理的な世界とやり取りする割合は減っています。
そこで私は、手先だけではなく、もっと長い「腕」として上肢を使う運動が必要なのではないかと考えています。
その代表が「スイング」です。
第2章 スイングという身体操作と認知能力を高める動作
5.スイングは全身を一本につなげる
木刀を振ってみると分かりますが、腕だけで強く振ろうとしても、あまり大きな力は出ません。
うまく振れるときには、足元から動きが始まります。
重心が移動し、骨盤や体幹が動き、肩、腕、手へと運動が伝わり、最後に木刀の先端が大きく加速します。
投擲や打撃では、このように身体の中心側から末端側へ順番に動きが伝わる近位から遠位への連鎖(proximal-to-distal sequence)が広く見られます。
つまりスイングは、
足 → 重心 → 骨盤 → 体幹 → 肩 → 腕 → 手 → 道具
という長い連鎖を使う運動です。
一つ一つの筋肉を強くするのではなく、身体全体を一つのシステムとして働かせる能力が必要になります。
ここが、特定の関節や筋肉を中心に繰り返すトレーニングとは大きく異なるところです。
6.大きな力は、腕力よりも連鎖と重心移動から生まれる
剣術をしていて特に感じるのは、大きな力を出すために腕力そのものはそれほど重要ではない、ということです。
例えば片手で木刀を振る場合でも、腕だけで振ろうとすると重く感じます。
しかし重心移動が先に起こり、身体全体の運動が手元へ伝わると、木刀は驚くほど軽く動きます。
同じことは突きにもあります。
脚や重心が動き、体幹を通じて運動が拳へ集約される。
蹴りも同様です。
身体の中心側で生まれた大きな運動が末端に伝わることで、手や足そのものの質量以上の大きなインパクトをつくることができます。
つまりスイングで学習しているのは、「棒を振る技術」だけではありません。
自分の身体質量をどう動かし、その運動を末端へどう伝えるか
という、より一般的な身体操作です。
そのため私は、スイング能力の向上は、投げる、打つ、突く、蹴るといったさまざまな運動にもつながると考えています。
7.スイングは「長い身体」を操作する
さらに道具を持つと、身体操作は一段複雑になります。
素手で腕を動かすなら、制御対象は基本的に自分の手までです。
しかし木刀を持てば、自分から1メートルほど離れた切先まで正確に動かさなければなりません。
脳は木刀の長さ、重さ、慣性を考慮しながら、
「いま切先がどこにあるのか」
「このまま動けばどこを通るのか」
を予測します。
道具使用に関する研究では、実際に道具を使うことで、身体図式や身体近傍空間の表象が変化することが知られています。長い道具を使用した後、自分の腕が以前より長くなったかのような運動学的変化が生じる研究もあります。
道具を身体そのものだと錯覚する、という意味ではありません。
しかし運動するときの脳にとっては、道具まで含めた新しい操作系がつくられます。
木刀を振ることを、私は「長い腕を操作する練習」と考えています。
手の先で終わっていた身体操作が、さらに外側へ延長されるわけです。
8.物体に命令するのではなく、物体を感じながら動く
もう一つ、スイングで重要なのが「感じること」です。
木刀を振っていると、
重さ、慣性、引っ張られる感覚、振動、手元に返ってくる反力
などが絶えず変化します。
うまく振るためには、「腕をこの位置へ持っていく」と自分の身体へ一方的に命令するだけでは不十分です。
木刀がいまどのように動いているのかを感じ、それに応じて自分の身体を変えていく必要があります。
つまり、
身体 → 道具
という一方向ではなく、
身体 ⇄ 道具
という双方向の関係になります。
これはまさに感覚運動的な認知です。
自分の身体だけを制御しているのではなく、外界にある物体との関係をリアルタイムで調整する。
スイングが身体知を高めると私が考えている理由の一つがここにあります。
9.さまざまな方向へ振る
そのため、スイング運動を行うなら一つの動作だけを繰り返すよりも、多様な方向へ振る方が面白いと思っています。
- 正面に振る。
- 斜めに振る。
- 横に振る。
- 下から振り上げる。
- 片手で振る。
- 両手で振る。
- 左右を入れ替える。
- 円を描くように振る。
さらに棒の長さや重さを変えれば、必要な身体操作も変わります。
斜めに振れば、正面とは違う重心移動や体幹の回旋が必要になります。片手になれば、左右非対称の連鎖をつくらなければなりません。
毎回違う条件に対して、
- どこへ重心を移すか
- どの関節をどの順番で使うか
- どこを緩め、どこで支えるか
- 道具の慣性をどう利用するか
を身体が学習します。
目標は「一つの完璧なスイング」を覚えることではありません。
さまざまな条件に応じて、全身の連動をつくり変えられる身体をつくること。
私はその方が、身体操作能力を高めるという意味では重要だと考えています。
まとめ スイングは「身体を外へ伸ばす」運動
人間の身体を進化から振り返ると、腕と手は非常に特殊な器官です。
樹上生活をしてきた霊長類のなかで上肢の自由度が高まり、人類では二足歩行によって腕と手がさらに外界操作へ利用されるようになりました。
そして人間は、投げる、叩く、つくる、道具を使うといった行為を発達させてきました。
そこでは手だけが働いているわけではありません。
全身を動かし、その運動を腕と手へ集約し、さらに道具を通じて身体の外側へ作用を伸ばします。
私は、スイングという動作にはこの人間の特徴が非常によく現れていると思います。
スイングは腕を鍛える運動ではありません。
足元から重心を動かし、全身を連鎖させ、腕と手を通じて外部物体を操作する。
そして物体から返ってくる情報を感じながら、再び身体を調整する。
そこでは、
- 重心操作
- 全身の連動
- 空間認知
- 身体図式
- 予測
- 感覚運動統合
- 道具操作
が同時に使われています。
スマートフォンやPCによって、私たちは以前にも増して「手」と「脳」を使うようになりました。
しかし同時に、全身につながった長い腕として上肢を使い、物理的な世界へ大きく働きかける機会は減っているように思います。
だからこそ現代では、棒を持って振るという単純な運動が、意外に価値を持つのかもしれません。
手先だけではなく、全身から手へ。
手からさらに道具の先へ。
身体を外の世界まで伸ばして使う。
スイングは、人間がもともと持っている身体と認知の能力を、もう一度引き出すための運動として考えることができます。
補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。