感覚運動健忘症とは?「使い忘れた筋肉」から生まれる慢性不調のしくみをわかりやすく解説

May 08, 2026

「マッサージしても、肩のコリがすぐ戻る」「肩を下げているつもりなのに、上がっている」「動かしているつもりの部位がうまく動かない」。こうした体験には、感覚運動健忘症(Sensory-Motor Amnesia / SMA)という、ソマティクスの中核概念が関わっています。

感覚運動健忘症は、ソマティクスの体系化を行ったThomas Hannaが提唱した概念で、長年の癖や過緊張のなかで、脳が特定の筋肉の「使い方」だけでなく「感じ方」まで忘れてしまう現象を指します。

この記事では、感覚運動健忘症とは何か、なぜ起こるのか、どんな不調を生むのか、神経科学による裏付け、そしてJINENボディワークが提案する感覚運動を取り戻す実践まで、専門用語をできるだけ平易に言い換えながら解説します。


感覚運動健忘症とは?「脳が筋肉を忘れる」現象

感覚運動健忘症(Sensory-Motor Amnesia / SMA)は、

  • 特定の筋肉の使い方を脳が忘れている
  • その筋肉の感覚も同時に忘れている
  • 結果として、その筋肉が「使えない・感じられない」状態になっている

という現象です。

たとえば、

  • 肩がいつも上がっている人 → 肩を「下げる」感覚が分からない
  • 腰がいつも反っている人 → 腰を「ニュートラルにする」感覚が思い出せない
  • 顎が常に緊張している人 → 顎を「緩める」感覚を失っている

このとき、本人は「がんばって下げよう」「緩めよう」としても、脳の中の感覚と運動の回路自体が薄くなっているため、意図通りに動かない・感じられない状態が続きます。


① なぜ感覚運動健忘症が起こるのか

ソマティクスの研究や臨床から、感覚運動健忘症が生まれる主な経路がいくつか挙げられています。

① ストレスへの反応の固定化

長期的なストレス・緊張・不安のなかで、特定の筋肉が慢性的に動員され続けると、その状態が「ふつう」として脳に登録されます。

  • 慢性的に肩を上げ続ける(ストレス反射)
  • 慢性的に顎を食いしばる
  • 慢性的にお腹に力が入っている

これらが続くと、その「動員されている状態」が脳の標準値となり、緩めることができなくなるのです。

② 痛みからの回避

過去の怪我や痛みの経験から、無意識にその部位を動かさないようになることがあります。これが続くと、その部位の感覚と運動の回路が薄くなっていきます。

③ 同じ姿勢の長期化

座りっぱなし・同じ作業姿勢の継続も、感覚運動健忘症の温床です。使われない部位の脳の対応領域が縮小し、感覚と運動の回路が細くなります。

④ 加齢

年齢とともに動きの幅が狭くなることで、使わない筋肉が増え、感覚運動健忘症が広がりやすくなります。


② 感覚運動健忘症が生む不調

感覚運動健忘症が背景にある不調は、現代生活で非常によく見られます。

慢性的なコリ・痛み

  • 肩こり:肩を下げる感覚が分からない
  • 腰痛:腰のニュートラルが思い出せない
  • 首こり:首の自然な位置が分からない
  • 顎関節の緊張:顎を緩める感覚の喪失

動きのぎこちなさ

  • 動かしているつもりの部位がうまく動かない
  • 左右のアンバランス
  • 動作の不器用さ

「揉んでも戻る」コリ

マッサージで一時的に筋肉が緩んでも、脳が「緊張した状態」を「ふつう」として再生してしまうため、すぐ元に戻ります。これが、感覚運動健忘症の典型的な現れです。

「意識して直そう」がうまくいかない

「肩を下げよう」「姿勢を伸ばそう」と意識しても、脳の中で感覚と運動の回路が薄くなっている状態では、意図通りに変わらない。これは努力不足ではなく、感覚運動健忘症の現れです。


③ 感覚運動健忘症の神経科学的な裏付け

ソマティクスの提唱当時、感覚運動健忘症は経験的に観察された概念でした。しかし近年の神経科学が、この現象を神経可塑性とボディマップの枠組みで裏付けています。

ボディマップの縮小

研究分野では、長年使わない部位は脳の対応領域が縮小し、使い続ける部位は拡大することが示されてきました[1]

  • 動かさない筋肉 → 脳の運動野・体性感覚野での表現が縮小
  • 緊張し続ける筋肉 → その緊張パターンが「ふつう」として登録

これは、感覚運動健忘症の神経学的な実体です。

髄鞘化の偏り

神経線維の絶縁体である髄鞘(ミエリン)は、繰り返し使う回路で厚くなります[2]。逆に、使わない回路では髄鞘化が進まず、信号が伝わりにくくなります。

長年特定のパターンだけを使っていると、その回路だけが太くなり、他の選択肢の回路は細くなる。これも感覚運動健忘症の一面です。

内受容感覚の鈍化

身体の内側を感じる力(内受容感覚)が鈍くなると、特定の部位の状態を感じ取れなくなります[3]。これは感覚運動健忘症の感覚的な側面に対応します。


④ 感覚運動健忘症は「やり直せる」

重要なのは、感覚運動健忘症が固定的な状態ではないということです。

神経可塑性により、

  • 使わない部位の脳の対応領域は、使い始めれば再び拡大する
  • 髄鞘化は新しい動きの反復で進む
  • 内受容感覚は、注意を向けることで取り戻せる

つまり、感覚運動健忘症は、適切なアプローチで書き換えうる。これが、ソマティクスの本質的なメッセージです。


⑤ 感覚運動健忘症を整える基本原則

ソマティクスの実践と神経可塑性研究から、感覚運動健忘症を整える原則を整理します。

原則①:スローモーションで動く

ゆっくり動くことで、

  • 普段気づけなかった感覚に気づける
  • 使い忘れている筋肉を発見できる
  • 神経可塑性のスイッチが入りやすい
  • 自律神経が安心モードに保たれる

これは感覚運動健忘症へのアプローチのもっとも基本的な原則です。

原則②:「分けて」動かす

身体を一つの塊として動かすのではなく、各部分を独立して動かす練習をします。たとえば、肩を回すときに首・胸・腕が連動して動かないようにする。これが、忘れていた感覚を取り戻す入口です。

原則③:観察を伴う

ただゆっくり動くだけでなく、身体感覚を観察しながら動くことが重要です。

  • どの筋肉が動いているか
  • どこに力みがあるか
  • 動きの始まりと終わりはどこか

観察そのものが、神経可塑性を引き出します。

原則④:「いつもと違う動き」を取り入れる

長年同じ動きしかしていない筋肉に、新しい刺激を与えます。

  • 反対側の手で歯を磨く
  • 普段と違うルートで歩く
  • ゆっくり後ろ向きに歩く

新しい動きは、神経可塑性のスイッチを入れる効果があります。


感覚運動健忘症とJINENボディワーク:「ボディリマッピング」と「分ける」

ここからは、私たちJINENボディワークが感覚運動健忘症にどうアプローチしているかをご紹介します。

JINENの根本にあるのは、「自ずから然り(じねん)」という引き算の哲学です。何かを足して力んでいくのではなく、長年積み重なってきた過緊張やノイズを差し引き、本来の自然な働きを取り戻す。これをマイナスのアプローチと呼んでいます。

ボディリマッピング:感覚運動を取り戻す中核実践

JINENの実践全体を貫く考え方としてボディリマッピングがあります。これは、長年の癖や過緊張で歪んだボディマップを、ゆっくり丁寧な動きと感覚を通じて書き換えていく作業です。

感覚運動健忘症は、まさにボディリマッピングが扱う領域そのものと言えます。

「分ける」という実践原則

JINENの中核実践原則のひとつに「分ける」があります。

  • 肩を回すときに、首・胸・腕が連動しないようにする
  • 骨盤を動かすときに、上半身が連動しないようにする
  • 腕を動かすときに、肩がすくまないようにする

これは、感覚運動健忘症で連動が固定化されてしまった部位を、それぞれ独立して感じ・動かせる状態へと戻していく実践です。ソマティクスが提案する「ゆっくり動いて感覚を取り戻す」アプローチと、深く整合しています。

スローモーションと髄鞘化

JINENのワークの多くは、極端にゆっくり、丁寧に動くことを特徴としています。これは、

  • 普段気づけなかった感覚に気づける
  • 使い忘れていた筋肉を発見できる
  • 神経線維の髄鞘化を促す[2]
  • ボディマップの解像度を上げる

という複数の作用が同時に起こる、感覚運動健忘症への合理的な方法です。

進化のワーク

JINENの進化のワークは、生物の進化や赤ちゃんの発達のプロセスを運動でやり直す体系です。これは、感覚運動健忘症で失われた基本的な動きのパターンを、土台から再構築する実践でもあります。


日常で感覚運動健忘症に取り組む3つのミニ実践

① 「肩」を分けて動かす

椅子に座って、肩をゆっくり、首が連動しないように上下に動かします。

  • 肩だけを上げる(首はそのまま)
  • 肩だけを下げる
  • 左右別々に動かしてみる

最初は連動して動いてしまうかもしれません。それを観察するだけでOK。これは肩の感覚運動健忘症へのアプローチです。

② 「腰」のニュートラルを探す

仰向けに寝て、

  • 腰を反らせる(手のひらが入るくらい床から浮く)
  • 腰を床にぴったり押し付ける
  • その中間を探す

中間の「ニュートラル」をゆっくり探します。これは腰の感覚運動健忘症へのアプローチです。

③ 「顎」を緩める

椅子に座って、

  • 上下の歯を軽く合わせる
  • そこからゆっくり、上下の歯を離していく
  • 顎が完全に緩んだ位置を探す

顎の緊張は感覚運動健忘症の典型的な部位です。普段気づかない緊張に気づくだけで、変化が始まります。


まとめ:感覚運動健忘症は「やり直せる」プロセス

感覚運動健忘症は、

  • 長年の癖・ストレス・痛み・不動で、脳が筋肉の使い方と感じ方を忘れる現象
  • 慢性的なコリ・痛み・動きのぎこちなさの背景にある
  • ボディマップの縮小・髄鞘化の偏り・内受容感覚の鈍化として理解できる
  • 神経可塑性により、適切なアプローチで書き換えうる

という、ソマティクスと神経科学が共有する重要な視点です。

JINENボディワークは、この視点をボディリマッピング・「分ける」・スローモーション・進化のワークとして体系化し、日常の実践に落とし込んでいます。何かを足して力んでいくのではなく、過緊張やノイズを差し引き、忘れていた感覚と動きを取り戻していく。その積み重ねが、慢性化した不調を、根本から書き換えていきます。

「揉んでも戻る」「意識しても変わらない」コリや姿勢に悩んでいる方こそ、感覚運動健忘症という視点を持つ価値があります。


参考文献

  1. Merzenich, M. M., Nelson, R. J., Stryker, M. P., Cynader, M. S., Schoppmann, A., & Zook, J. M. (1984). Somatosensory cortical map changes following digit amputation in adult monkeys. Journal of Comparative Neurology, 224(4), 591–605. PubMed

  2. Fields, R. D. (2005). Myelination: an overlooked mechanism of synaptic plasticity? The Neuroscientist, 11(6), 528–531. PubMed

  3. Critchley, H. D., Wiens, S., Rotshtein, P., Öhman, A., & Dolan, R. J. (2004). Neural systems supporting interoceptive awareness. Nature Neuroscience, 7(2), 189–195. PubMed

  4. Hanna, T. (1988). Somatics: Reawakening the Mind's Control of Movement, Flexibility, and Health. Da Capo Press.


補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。心身の不調が続く場合は、医療機関への相談をおすすめします。

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