工学化と抽象化シリーズ|第3部「媒介化とメタ化」第11回(全12回)
レビューを読み、要約を見て、評価を確認すれば、失敗を減らせます。作品、人、商品について、実際に触れる前から多くのことを知れます。
けれども、私たちが受け取っているのは、多くの場合、誰かが現実から選び、言葉や数値へ変換したものです。
抽象化の技術が精密になっても、その材料となる経験が乏しければ、認識が豊かになるとは限りません。
直接経験や身体性が必要なのは、デジタル以前へ戻るためではありません。抽象的に考え続けるために、現実から新しい材料と予想外の反応を受け取るためです。
圧縮の精度と入力の帯域は別の問題
人間は、複雑な世界から一部を選び、言葉、概念、数、物語へ圧縮します。その質を考えるには二つの軸があります。
一つは、圧縮の精度です。どの部分を選び、どう単純化し、間違ったときに修正できるか。
もう一つは、入力の帯域です。圧縮する前の材料が、どれだけ多様で豊かか。
ここまで扱ってきた考察、集合的読解、ナラティブは、圧縮の仕方が多層化する過程でした。しかし、どれほど精緻に解釈しても、もとの材料が限られていれば、そこから作られる認識も限られます。
他人の圧縮物が認識の材料になる
商品に触れる前にレビューを読み、作品を見る前にあらすじと評価を知り、人に会う前に投稿を読みます。これらは時間を節約し、避けられる失敗を減らします。
一方で、すでに誰かの選択と解釈を通った情報です。二次、三次の圧縮物へ依存するほど、元の対象が返す予想外の反応へ触れる機会は減る可能性があります。
情報源が独立していなければ、多くの考察を読んでも、同じ材料を繰り返し加工しているだけかもしれません。考察が定型化することと、集合的読解が同じ情報源の反響になることには、共通した問題があります。
材料が共通の圧縮物へ偏るほど、解釈を何層重ねても、新しい区別は生まれにくくなります。
概念は説明だけで形成されない
新しい区別を身につけるとき、定義を覚えるだけで十分とは限りません。
ワインの味、材木の質、人の気配の違いは、説明を聞くだけでなく、何度も接し、自分の予想と実際の違いを受け取り、見分け方を修正する中で分かるようになります。
概念形成には、自分の見方の外側にあり、予測を裏切りうる相手が必要です。
物や人工物との関わりを認知過程の一部として捉える物質的関与理論は、この見方と接続します。道具を使って考えるとき、思考は頭の中だけでなく、手、材料、道具、抵抗のあいだで進みます。[1]
身体を使う経験は、頭を休めている時間ではありません。別の仕方で考えている時間でもあります。
直接経験は「無媒介」を意味しない
山へ行っても、私たちは言葉や文化や過去の経験を通して山を見ています。完全に無媒介な経験へ戻ることはできません。
ここで直接性と呼ぶのは、次の条件が比較的そろった状態です。
- 媒介の層が薄い。 他人の解釈が何重にも挟まる前に対象へ触れる。
- フィードバックが速い。 行為の結果が大きく加工されず、自分へ返る。
- 評価や記録が主目的ではない。 記録のためだけに経験を組み立てていない。
この基準は、オンラインかオフラインかとは一致しません。山へ行っても投稿素材を集めることだけが目的なら、直接性は薄くなります。画面越しの対話でも、相手の反応によって自分の見方が実際に崩れ、修正されるなら、直接性があります。
デジタルとの距離についても一律の処方は採れません。デジタル・ウェルビーイング研究では、接続の利点と不利益の均衡は、個人、端末、目的、状況によって変わると整理されています。[2] 切断を求める動機も複数あり、年齢や社会条件による違いが報告されています。[3]
二つの論考が同じ地点へ着く
工学化を扱った前半では、人の学習には、自分で試し、結果とのずれを受け取り、修正する循環が必要だと述べました。
媒介化を扱う本稿は、意味と解釈から出発し、圧縮の材料を現実から取り直す必要があるという地点へ着きました。
二つは同じ構造を別の方向から見ています。工学化も媒介化も、現実を圧縮し、扱いやすい形へ変えます。扱いやすくなるほど、元の現実へ戻らずに判断できる場面が増えます。
だから、身体を使い、物に触れ、場所へ行き、人と会い、行為の結果を引き受ける。これは抽象から降りることではありません。
身体性は、抽象化をやめるためではなく、抽象化を現実に結びつけたまま続けるために必要です。
次の記事では、媒介化とメタ化の議論を統合し、生活の中で現実との往復をどう残すかをまとめます。
この記事の要点
- 圧縮の精度と、圧縮前の材料である入力の帯域は別の問題です。
- 他人が作った圧縮物への依存が増えると、元の対象から予想外の反応を受ける機会が減る可能性があります。
- 概念は定義だけでなく、探索と予想とのずれから形成されます。
- 直接性は無媒介やオフラインを意味せず、現実から修正される余地によって判断します。
- 身体性は、抽象化を現実へ結びつけたまま続けるための条件です。
参考文献
1. Malafouris, L. (2013). How Things Shape the Mind: A Theory of Material Engagement. MIT Press. https://mitpress.mit.edu/9780262019194/how-things-shape-the-mind/
2. Vanden Abeele, M. M. P. (2021). “Digital Wellbeing as a Dynamic Construct.” Communication Theory, 31(4), 932–955. https://doi.org/10.1093/ct/qtaa024
3. Nguyen, M. H., Büchi, M., & Geber, S. (2024). “Everyday disconnection experiences: Exploring people’s understanding of digital well-being and management of digital media use.” New Media & Society, 26(6), 3657–3678. https://doi.org/10.1177/14614448221105428