工学化と抽象化シリーズ|派生編「媒介化時代のマーケティングとクリエイティブ」第3回(全4回)
企業は、顧客を理解しようとします。アンケート、レビュー、検索、購買履歴、SNS上の反応を集め、「顧客は何を望んでいるか」を読み取ります。
ところが、読み取る技術が高まるほど、企業が作った顧客像の中へ、現実の顧客を押し込める危険も大きくなります。
意味を理解することと、意味を管理することは同じではありません。
ブランドの意味が企業と受け手の関係の中で生まれるなら、企業の役割も変わります。完成した意味を支配する主体ではなく、複数の意味が生まれ、現実から修正される循環へ参加する主体になる必要があります。
企業も自分を解釈している
企業は顧客を解釈するだけではありません。
「私たちは何者か」「社会からどう見られているか」「何を大切にするか」「批判へどう応答するか」を問い続けています。これは個人が、自分の経験と他者の反応から自己像を作る過程に似ています。
ブランドも企業の自己像も、社内で決めれば完成するものではありません。顧客、取引先、従業員、地域、メディアなどとの相互作用を通して形成されます。
ここでも重要なのは、解釈が現実へ戻る回路です。
ブランド調査を繰り返しても、商品、接客、労働環境、意思決定が何も変わらないなら、調査は学習ではなく、企業が持つ自己像を確認する儀式になるかもしれません。
受け取った反応によって、企業自身の行動が変わるか。
この問いが、対話と一方向の観察を分けます。
企業活動そのものがメタ化している
企業活動を単純化すれば、かつての中心は、物を作り、知らせ、売ることでした。
現在はそれに加えて、顧客を理解する、ブランドを定義する、顧客体験を設計する、コミュニティを運営する、データを分析する、顧客が商品をどう解釈したかを把握する、社会的な意味を検討するといった仕事が増えています。
企業は、物を扱うだけでなく、情報、意味、関係を扱う主体になっています。活動そのものについて考え、受け手がどう考えるかを予想し、その予想を次の活動へ組み込む。企業活動がメタ化しているのです。
ただし、ここでも二種類の抽象化が混ざります。
- 顧客が置かれた生活の文脈や、本人の意味づけを理解する
- 顧客を分類、採点、セグメント化し、反応を予測する
同じ部署、同じ調査、同じデータの中に、解釈的な理解と操作的な管理が共存します。ツールの導入だけでは、どちらへ向かうかは決まりません。
AIは意味の循環を速める
AIは、このメタ化をさらに加速させます。
作品や商品が作られ、人が感想や評価を示し、AIが大量の反応を整理し、背景を分析し、新しい表現を生成する。その表現に再び人が反応し、反応が次の分析材料になります。
マーケティングでも、消費者の行動がデータになり、AIが潜在的な需要を推定し、広告やコンテンツを生成し、その反応をまた分析します。
AIは、個人では読めない量の情報、異なる言語、専門領域、過去の文脈へ接近する助けになります。一人の作り手が、複数の見方を試すことも容易になります。
一方で、多数の情報を平均化し、無難な解釈へ収束させる可能性もあります。AIによる要約や解説を先に読むことで、対象に触れたときの一次的な感覚を飛ばしてしまうかもしれません。少数の基盤へ依存すれば、どの解釈が見えるかも集中します。
したがって、AIが読みを広げるか狭めるかは、AIの本質だけでは決まりません。どのような制度と運用の中で使われ、AIの解釈が本人の経験や顧客の現実から修正されるかによって変わります。
七つの層で意味を考える
企業や作り手が、意味の生まれる条件を考えるとき、次の七つの層が手がかりになります。
- 現象:実際に何があるか、何が起きるか
- 情動:かわいい、怖い、心地よい、違和感があるなど、最初に何を感じるか
- 意味:それをどう解釈できるか
- 文脈:文化、歴史、状況とどう結びつくか
- 自己:受け手の自己像や生き方とどう関わるか
- 間主観性:他者とどう語り、共有し、違いを確かめるか
- 社会的再帰性:その反応が企業、制度、次の表現をどう変えるか
これは、すべての企画で七項目を埋めるためのチェックリストではありません。層を増やせば価値が高まるとも限りません。
まず必要なのは、かわいい、楽しい、美しい、おいしい、使いやすいといった一次的で具体的な魅力です。そのうえで、象徴、矛盾、謎、他者と話す余地を置き、具体と抽象を何度も往復できるようにします。
企業は循環の一部になる
強いクリエイティブは、完成した意味を渡すだけではありません。受け手が意味を作り、共有し、その反応が作り手へ戻る環境を持っています。
だから企業に必要なのは、意味を手放すことでも、すべてを管理することでもありません。
事実と責任は明確にする。解釈には余地を残す。反応をデータとして回収するだけでなく、反応から自分たちの前提を変える。
意味の管理者から、意味が生まれ、戻り、次の行動を変える循環の参加者へ。
この変化があって初めて、顧客理解は予測と操作の技術だけでなく、企業自身が学ぶための関係になります。
次回は、この派生編をまとめ、媒介化時代のマーケティングに必要な実務原則と、その限界を整理します。
この記事の要点
- 企業も他者の反応を通じて、自社の意味や役割を解釈しています。
- 顧客理解には、生活の意味を知る側面と、分類・予測・管理する側面が混在します。
- AIは解釈の選択肢を広げる可能性と、平均的な読みへ収束させる可能性の両方を持ちます。
- 意味は、現象、情動、意味、文脈、自己、間主観性、社会的再帰性という複数の層で考えられます。
- 共同生成には、顧客の反応によって企業自身が変わる循環が必要です。