「強み」と「困りごと」のあいだで
自閉スペクトラム症(ASD)について語るとき、私たちはしばしば二つの極に振れがちです。一方には「困りごとや障害として支援が必要」という見方、もう一方には「特別な才能・強みをもつ存在」という見方があります。
このどちらかに偏った語りは、いずれもASDの当事者や家族にとって違和感を残すことが少なくありません。実際に研究知見を見ていくと、ASDの認知プロファイルは強みと脆さの両方を併せもつ、両義的なものとして記述するのがより誠実だと感じられます。本稿では、神経発達多様性に関する近年の知見を、できるだけ慎重に整理してみます。
「構造化された思考」への特化
創造性とADHD・ASDの関係を扱った研究で、興味深い領域特異的なパターンが報告されています。
ASD全体としては創造性指標との関連が弱い一方、ASD症状のサブスコアごとに見ると、「想像力の困難」サブスコアは発散思考(多くのアイデアを生み出す思考)の柔軟性・独創性の低下と相関し、「社会的困難」サブスコアは収束思考(最適解を絞り込む思考)のパフォーマンス向上と相関するという所見が報告されています [1]。
これが意味するのは、ASD特性は「創造性が高い/低い」と単純化できるものではなく、特定の側面では分析的・構造化された処理に強みを示す可能性がある一方、別の側面では困難が生じるという、両義的な姿だということです。
ただしこれは探索的な解析であり、独立したサンプルでの再現研究が必要な段階です。「ASDの人は分析が得意」と単純化して受け取るのは適切ではありません。
進化生物学からの示唆 ― ただし慎重に
ヒトの脳の進化について、もう一つ慎重に紹介したい所見があります。
霊長類の脳の単一細胞解析を統合した研究で、ヒトの大脳皮質の特定の細胞集団(第2/3層の内皮質投射型興奮性ニューロン、皮質間の長距離結合を担う豊富な細胞集団)が、種間で急速に進化していることが報告されました [2]。さらにこの細胞集団では、ASD関連遺伝子群が下方制御されているパターンが見られたといいます [2:1]。
著者らは、この細胞集団の進化的変化が祖先集団で何らかの認知的適応に寄与した可能性、その一方で現代ヒトでこの集団を分子的・遺伝的・環境的擾乱に対して脆弱にし、ASDの相対的有病率の高さと関連している可能性を考察しています [2:2]。
ここは特に慎重に扱う必要があります。この所見は「ヒトの認知進化を支えた可能性のある細胞集団が、同時に神経発達多様性の脆弱点ともなりうる」という両義性を示唆する仮説ですが、進化的選択圧と現代の臨床有病率を直接結びつける因果論はまだ確立されていません。
「ASDはヒトの進化と引き換えに生まれた」と短絡的に語ることは、研究知見の射程を超えた飛躍になります。
両義性をどう受け取るか
これらの知見が示しているのは、おそらく次のような姿です。
- ヒトの認知進化を支えてきた神経基盤と、神経発達多様性として現れる特性は、まったく別物ではなく、同じ基盤の異なる現れ方である可能性がある
- ASDの認知プロファイルは「困難」だけでも「強み」だけでもなく、側面によって両方が同時に存在する
- どちらの側面に光が当たるかは、本人の特性だけでなく、置かれた環境・求められる課題・周囲の理解にも左右される
JINENの考え方 ― 本人の状態をそのまま扱う
JINENボディワークは、心身の特性を「正常/異常」の二分で扱いません。過敏さも、不安の出やすさも、構造化された思考への偏りも、神経系の状態として今そう「なっている」ものとして、まずそのまま観察するところから始めます。
神経発達の特性をもつ方とのワークでは、特に次のような姿勢を大切にしています。
- 感覚刺激の量と質を本人に合わせる:刺激が強すぎても弱すぎても神経系は整いにくい
- 予測可能性を確保する:次に何が起こるかが見通せる場の方が、安心信号が体に届きやすい
- 「強み」を称賛しすぎない:構造化された思考の特性を「才能」と過剰に持ち上げると、本人の困りごとを見えなくしてしまう
- 「困難」だけにも光を当てすぎない:困りごとに集中しすぎると、本人がもっている独自の知覚や処理スタイルが見えなくなる
「強み」と「困難」のあいだで揺れる両義性を、両義性のまま扱うこと、これが本人にとっての現実に最も近い向き合い方だと私は考えています。
神経多様性を「優劣」で語らない
最後に強調しておきたいのは、ここで紹介した進化生物学的な知見は、特性の優劣や価値を裏付けるものではないということです。「ヒトの認知進化に寄与したかもしれない細胞集団がASDと関連する可能性がある」という所見は、ASDが優れているという話でも、劣っているという話でもありません。
神経発達多様性は、ヒトという種の中に存在する認知スタイルの幅であり、その幅自体が長い進化の時間のなかで保たれてきた何かであるらしい、という事実を示すにとどまります。 本人が安心して生きられる環境を整えること、本人の状態に合わせて体と神経系を整えていくこと、これは特性の評価とは独立に、誰にとっても意味のある営みだと考えています。
補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。特にASDを含む神経発達多様性に関する科学的知見は現在も急速に発展中であり、個人の特性の評価や診断の根拠としては使用しないでください。
参考文献
-
Stolte, M., García, T., van Luit, J. E. H., Oranje, B., & Kroesbergen, E. H. (2022). Characterizing creative thinking and creative achievements in relation to symptoms of attention-deficit/hyperactivity disorder and autism spectrum disorder. Frontiers in Psychiatry, 13, 909202. ↩︎
-
Starr, A. L., & Fraser, H. B. (2025). A general principle of neuronal evolution reveals a human-accelerated neuron type potentially underlying the high prevalence of autism in humans. Molecular Biology and Evolution, 42(9), msaf189. ↩︎ ↩︎ ↩︎