「思春期以降は脳の育つ時期ではない」のか?
「脳の発達は子ども時代で決まる」とよく言われます。たしかに乳幼児期や学童期は神経回路の基礎が大きく作られる時期ですが、思春期を過ぎてからもなお育ち続ける回路があることが、近年の脳画像研究で明らかになってきました。
そのなかでもとりわけ重要なのが、海馬と前頭前野をつなぐ回路です。海馬は記憶や文脈の処理を、前頭前野は計画・判断・自己制御を担います。この二つを結ぶ回路が思春期から成人初期にかけて成熟していくことが、計画立案力やストレス耐性の神経基盤として注目されています。
8歳から32歳まで追いかけた研究
8歳から32歳までの幅広い年齢層を対象に、安静時fMRI(脳の活動ネットワークを撮る方法)を縦断的に取得した研究があります。複数年にわたるおよそ500回近いスキャンの解析から、海馬と腹内側前頭前野の機能的結合(一緒に働く度合い)が、青年期から成人初期にかけて持続的に増加していくことが報告されました [1]。
興味深いのは、背外側前頭前野との結合が比較的早く安定するのに対して、海馬と腹内側前頭前野の結合は思春期後期以降も発達を続け、その発達が多段階の計画立案を要する課題(Stockings of Cambridge課題など)の成績を選択的に予測したという点です [1:1]。
つまり、「先を見通して段取りを組む」「複数のステップを統合して目的を達成する」といった能力は、思春期を過ぎてからも回路レベルで成熟を続けているということです。
ストレス反応性とのつながり
同じ研究グループによる別の研究では、コロナ禍の前に取得した脳画像データと、パンデミック発生から約9か月後のストレス・不安の自己報告を組み合わせた解析が行われています。その結果、海馬と前部腹内側前頭前野の結合がより「成人型」に近い(強い)青年では、パンデミック関連のストレスや不安の自己報告が高い傾向が報告されました [2]。
著者らはこの所見について、未来を見通してシミュレーションする回路が早く成熟しすぎると、若い年齢ではかえって不安の増幅につながりうる可能性を考察しています [2:1]。これは横断的な関連を示す観察にとどまり、因果は限定的ですが、回路の成熟タイミングが認知的恩恵と情動的脆弱性の両面に関わりうるという視点を提示しています。
JINENの考え方 ― 環境が脳を彫刻する長い窓
ここから見えてくるのは、思春期から成人初期は、脳が経験によって彫刻され続けている長い時間帯だということです。この時期にどんな経験を重ねるか、どんな指導者に出会うか、どんな身体感覚を繰り返すかが、その後の計画力やストレス耐性の土台に影響していきます。
JINENボディワークでは、個別のテクニックと同じくらい、指導者・場・継続的な関係性を重視します。これには次のような理由があります。
- 神経回路の成熟が長期にわたるからこそ、繰り返し同じ場で安心を経験することが回路の彫刻に効く
- ストレス反応性が回路の成熟と連動するからこそ、安心できる関係性のなかで体を扱う経験が、過敏すぎる反応性を緩める方向に働きうる
- 計画立案力や統合的思考が回路レベルで育つ時期に、身体感覚を介した自己理解を重ねておくと、後々の「自分の状態を把握して整える力」につながりやすい
「ワークの内容そのもの」よりも、「誰と、どんな場で、どれくらいの時間をかけて」体に向き合うかが、長期的な変化の質を左右する、という考え方です。
「まだ育っている途中」という前提
10代後半から20代の方にとっては、「自分の脳はまだ育っている途中である」という前提自体が、ある種の安心になるかもしれません。今うまくできないこと、不安が出やすいこと、計画通りに進められないこと、これらは「変えられない欠陥」ではなく、「まだ成熟が続いている回路の現在位置」として見直すことができます。
そして20代以降の大人にとっても、ヒトの脳が長期にわたる可塑性をもっているという事実は、今からでも環境と経験が回路を変えていけるという根拠になります。「もう若くないから無理」ではなく、「育つ時間軸が長い種なのだから、今から始めても遅くはない」、こちらが事実に近い見方だと私は考えています。
体と脳は、思っているよりずっと長い時間をかけて育ち続けます。その長さに合わせて、こちらの取り組みもゆっくり、繰り返し、安心できる場で重ねていくこと。それが神経科学の知見と整合する、無理のないやり方になります。
補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
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Calabro, F. J., Murty, V. P., Jalbrzikowski, M., Tervo-Clemmens, B., & Luna, B. (2020). Development of hippocampal-prefrontal cortex interactions through adolescence. Cerebral Cortex, 30(3), 1548–1558. ↩︎ ↩︎
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Perica, M. I., Ravindranath, O., Calabro, F. J., Foran, W., & Luna, B. (2021). Hippocampal-prefrontal connectivity prior to the COVID-19 pandemic predicts stress reactivity. Biological Psychiatry Global Open Science, 1(4), 283–290. ↩︎ ↩︎