「もう大人だから」は何歳から?
法律上は18歳や20歳で「大人」になりますが、神経科学から見たヒトの脳の成熟は、その時点ではまだ完了していません。
特に前頭前野(おでこの奥にある、計画・判断・自己制御を担う領域)は、20代後半までシナプスの間引きと配線の調整が続いていることが、組織学的な研究で報告されています。これはヒトの脳がもつ「ネオテニー(発達遅延)」のなかでも、特に長く続くタイプのものです。
領域によって成熟スピードはまったく違う
ヒトの脳は、全体が均一に育っていくわけではありません。視覚野や運動野のような感覚運動領域は比較的早く成熟しますが、連合野と呼ばれる高次領域、なかでも前頭前野は飛び抜けて成熟が遅いことが分かっています。
霊長類の脳の比較研究の分野では、ヒト・チンパンジー・アカゲザルの遺伝子発現を生涯にわたって比較した結果、ヒトの前頭前野でだけ、出生後の遺伝子発現変化のタイミングが他種に比べて顕著に遅れることが報告されています [1]。同じ脳でも、尾状核(運動や習慣化に関わる皮質下の領域)ではこの遅延傾向は弱く、領域ごとに発達のスピードが大きく違うこと(領域特異的なネオテニー)が示されました。
組織レベルでも同じ傾向が見られます。ヒト背外側前頭前野のシナプス密度を、生後1週から91歳まで定量した研究では、シナプスの間引き(プルーニング)が思春期で終わらず、20代後半から30歳前後まで続くことが報告されています [2]。これは他の霊長類では見られないほど長い成熟期間です。
「20代までの環境」が長く残る理由
シナプスの間引きと配線の安定化が続いている期間は、その人がどんな環境にいて、どんな入力を受けるかが、神経回路の最終的な形に強い影響を与える期間でもあります。
つまり、10代から20代にかけて自分をどんな環境に置くかが、その先の脳と体に長く刻まれていくということです。これは「若いうちは無理が効く」という意味ではなく、むしろ逆で、若いうちに身につけた習慣・姿勢・緊張パターンが、神経回路の中に深く定着していきやすい時期だ、ということです。
JINENの考え方 ― 環境設計を侮らない
JINENボディワークでは、個別のワークやテクニックと同じくらい、**指導者・場・人間関係といった「環境」**を大切にします。これには神経科学的にも理由があります。
長く成熟が続く前頭前野は、自己制御や注意の配分、感情調整に深く関わっています。この領域の最終的な調整が10代から20代に集中して行われるのなら、その時期にどんな指導者の言葉を浴びるか、どんな身体感覚を繰り返すか、どんな緊張パターンを習慣化するかは、後から思っている以上に大きな意味を持ちます。
「頑張って力で押し切る」習慣を10代で身につけた人は、30代になってもその回路をなかなか手放せません。逆に、「感じてゆだねる」「余計な力を差し引く」感覚を若いうちに体に通しておくと、それが土台として残り続けます。
これは決して「若くないと変えられない」という話ではありません。ヒトの脳は大人になっても可塑性を保つことが繰り返し示されてきました。けれど、若い時期に作られた回路はそれだけ強固であり、そのうえに新しい使い方を上書きしていく作業には、相応の時間と繰り返しが必要だという点には注意が必要です。
大人にできること ― 上書きには時間がいる
すでに20代を過ぎた方にとって意味があるのは、「上書きは可能だが、若い頃のように一気には変わらない」という前提を持つことです。
JINENで大切にしている、
- ゆっくりとした微細な動きの繰り返し
- 感じる→ゆだねる→わける→つなげる→もらうという段階を踏む
- 短期で結果を出そうとせず、長期で神経系の書き換えを待つ
これらは、すでに固まった回路の上に新しい使い方を重ねていくための、地味だけれど着実な道筋です。前頭前野が20代まで成熟し続けるという事実は、若いうちの環境設計の重要性を教えてくれると同時に、大人になってからの変化が「時間さえかければ可能である」ことの根拠でもあります。
「若くないからもう遅い」のでも「いつでも瞬時に変われる」のでもなく、変化には適切な時間がいる、という当たり前の前提に立ち戻ることが、長く付き合える体作りの出発点になると私は考えています。
補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
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Somel, M., Franz, H., Yan, Z., et al. (2009). Transcriptional neoteny in the human brain. Proceedings of the National Academy of Sciences USA, 106(14), 5743–5748. ↩︎
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Petanjek, Z., Judaš, M., Šimić, G., et al. (2011). Extraordinary neoteny of synaptic spines in the human prefrontal cortex. Proceedings of the National Academy of Sciences USA, 108(32), 13281–13286. ↩︎