体がよくモノにぶつかる。人混みを歩くだけでどっと疲れる。混雑した場所を避けたくなる——こうした悩みをもつ方は少なくありません。
原因のひとつとして考えられるのが、体の感覚と視覚のバランスの崩れです。
過緊張と「視覚への偏り」
私たちの脳は、空間の中で自分の体がどこにあるかを把握するために、3つの感覚を組み合わせて使っています。
- 視覚(目で見る情報)
- 固有受容感覚(関節や筋肉の位置・動きを感じるセンサー)
- 前庭覚(内耳にある、傾きや回転を検知するセンサー)
通常、この3つが協力して姿勢や動きを制御しています。ところが、慢性的に緊張が強い状態(交感神経が優位な状態)が続くと、固有受容感覚や前庭覚の処理が低下し、視覚への依存度が不釣り合いに高くなることが分かっています。
不安障害の患者を対象にした姿勢制御の研究では、視覚的な動きの刺激(オプティックフロー)を与えると、健常者に比べて姿勢の揺れが有意に増大することが報告されています [1]。つまり、不安や過緊張の状態にある人は、視覚に頼りすぎているがゆえに、視覚情報が乱されると体のバランスまで崩れやすいということです。
さらに別の研究では、不安を感じている状態での姿勢制御が、視覚情報の処理方法に依存していることが実証されています [2]。
注意の範囲が狭くなる
過緊張の問題は感覚の偏りだけではありません。注意そのものの範囲にも影響します。
心理学の古典的な理論に「手がかり利用仮説」(Easterbrook, 1959)があります [3]。覚醒レベルが上がると(つまり緊張・ストレスが高まると)、脳が処理できる情報の範囲が狭まるという理論です。
実際に、高ストレス下での反応を調べた研究では、対象者の79%がいわゆる「トンネルビジョン」(注意の狭窄)を経験したと報告されています [4]。
これは物理的に視野が狭くなるわけではなく、正面に注意が集中し、周辺の情報が処理されにくくなる現象です。
「前面だけで空間を判断する体」になる
ここまでの2つ——感覚の視覚偏重と注意の狭窄——が重なると、どうなるか。
体の前面、つまり目に見える範囲の情報だけで自分の体と空間の関係を判断するようになります。背中側や体の横幅がどれだけのスペースを占めているかの感覚が薄れ、結果として次のようなことが起きます。
- 体の側面や背中をモノにぶつけやすい
- 人混みで人との距離感がつかめず、避け続けることで疲弊する
- 狭い通路やエレベーターにストレスを感じる
この現象は、近年の神経科学で注目されている「ペリパーソナルスペース」(体の周囲の防衛空間)の研究からも理解できます。ペリパーソナルスペースは視覚・触覚・固有受容感覚を統合して形成されますが、不安やトラウマがある人ではその表象が変容し、空間認知に偏りが生じることが報告されています [5][6]。
また、身体図式(ボディスキーマ)の研究からは、固有受容感覚が機能しなければ、たとえ視覚があっても身体図式を環境に応じて更新できないことが実証されています [7]。視覚だけでは不十分で、体の内側の感覚が空間認知には不可欠だということです。
「前面軸」から「中心軸」へ
JINENボディワークでは、こうした方に共通する動きのパターンを「前面軸」と呼んでいます。無意識に体の前面に動きの中心をもち、そこを軸にして回転したり方向転換したりする。車にたとえれば内輪差を考慮せずに曲がるような動きです。だから肩や腕が壁や人にぶつかります。
対処のひとつとして、動くときの軸を体の真横か少し後ろ(背骨のあたり)に意識することがあります。これだけで体の横幅や背面が「存在する」ことを脳が思い出し、空間認知が広がります。
しかしこれは応急処置です。根本的には、過覚醒状態を鎮めて固有受容感覚を取り戻すワークが必要です。自律神経科学の研究からは、腹側迷走神経(安心・社会交流モードを担う最新の神経系)を活性化させることで、感覚の統合力が回復し、過剰な視覚依存が緩和されることが示唆されています [8]。
持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)の研究では、視覚依存・姿勢の硬直化・不安の3つが悪循環を形成し、それを断つには感覚の再統合と自律神経の調整が必要であることが報告されています [9]。
過緊張は「性格」ではなく、神経系の状態です。状態は変えられます。体の内側の感覚を取り戻すことが、空間の中で楽に動ける体への第一歩です。
補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
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Redfern, M. S., Furman, J. M., & Jacob, R. G. (2007). Visually induced postural sway in anxiety disorders. Journal of Anxiety Disorders, 21(5), 704–716. ↩︎
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Ohno, H., Wada, M., Saitoh, J., Sunaga, N., & Nagai, M. (2004). The effect of anxiety on postural control in humans depends on visual information processing. Neuroscience Letters, 364(1), 37–39. ↩︎
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Easterbrook, J. A. (1959). The effect of emotion on cue utilization and the organization of behavior. Psychological Review, 66(3), 183–201. ↩︎
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Artwohl, A. (2002). Perceptual and memory distortion during officer-involved shootings. FBI Law Enforcement Bulletin, 71(10), 18–24.(157名の警察官調査:79%がトンネルビジョン、84%が聴覚の狭窄を経験) ↩︎
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Graziano, M. S. A., & Cooke, D. F. (2006). Parieto-frontal interactions, personal space, and defensive behavior. Neuropsychologia, 44(6), 845–859. ↩︎
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Rabellino, D., Frewen, P. A., McKinnon, M. C., & Lanius, R. A. (2020). Peripersonal space and bodily self-consciousness: Implications for psychological trauma-related disorders. Frontiers in Neuroscience, 14, 586605. ↩︎
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Cardinali, L., Brozzoli, C., Luauté, J., Roy, A. C., & Farnè, A. (2016). Proprioception is necessary for body schema plasticity: Evidence from a deafferented patient. Frontiers in Human Neuroscience, 10, 272. ↩︎
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Porges, S. W. (2007). The polyvagal perspective. Biological Psychology, 74(2), 116–143. ↩︎
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Staab, J. P., Eckhardt-Henn, A., Horii, A., Jacob, R., Strupp, M., Brandt, T., & Bronstein, A. (2017). Diagnostic criteria for persistent postural-perceptual dizziness (PPPD): Consensus document. Journal of Vestibular Research, 27(4), 191–208. ↩︎