感覚的な概念を科学の言葉に翻訳する
022の記事で「上虚下実」の概念を紹介しました。上半身はゆるく脱力し(虚)、下半身はどっしりと安定している(実)。東洋的な身体観の核心にあるこの状態は、JINENボディワークの目指す姿勢の理想形でもあります。
しかし、「上虚下実ですね」と言われても、客観的に確認する方法がなければ、指導者の主観に依存してしまいます。この状態を、現代の計測技術でどこまで捉えられるのでしょうか。
測定の試み①:重心動揺計
重心動揺計(スタビロメトリー)は、直立時の体の揺れを計測する装置です。
上虚下実の状態にあるとき、重心は低く安定し、動揺の振幅は小さく、かつ「硬直」ではない適度な揺らぎを持っているはずです。
逆に「上実下虚」(上半身に力が入り、下半身が不安定)の人は、重心が高く、動揺が大きく、しかも不規則になると予測できます。
重心動揺計の研究では、姿勢制御の安定性が前庭覚、固有感覚、視覚の統合度を反映することが知られています [1]。つまり、上虚下実の「下の安定」は、これら3つの感覚統合の質として測定可能かもしれません。
測定の試み②:足圧分布(フットプレッシャー)
圧力分布マット(フットスキャン)を使えば、足裏のどこに体重がかかっているかを可視化できます。
JINENの理論では、上虚下実の状態は「足裏全体に均等に体重が乗り、特に踵にどっしりと重みがある」状態です。上実下虚の人は、つま先側に体重が偏り、指が浮いている(浮き指)傾向がある。
014の記事で解説した「足裏のセンサー」が適切に機能しているかどうかの、ひとつの客観指標になりえます。
測定の試み③:筋電図(EMG)
表面筋電図を使えば、特定の筋肉がどれだけ活動しているかをリアルタイムに測定できます。
上虚下実を筋活動で捉えるなら:
- 上半身:僧帽筋(肩の筋肉)のEMGが低い=肩に余計な力が入っていない
- 下半身:大腿四頭筋、大殿筋のEMGが適度に活動している=下半身が安定している
もし上僧帽筋のEMGが高く、大殿筋のEMGが低ければ、それは「上実下虚」の客観的な証拠になる可能性があります。
まだ測れないもの
ただし、正直に書くと、上虚下実の「本質」はこれらの計測だけでは捉えきれません。
上虚下実は単なる筋肉の配分の問題ではなく、神経系全体の状態を反映しているからです。腹側迷走神経(005参照)が安定的に機能し、ニューロセプション(007参照)が「安全」を感知している状態。その結果として、上半身が脱力し、呼吸が深くなり、下半身が安定する。
この「神経系の安全モード」を直接測定する方法は、HRV(008参照)が最も近い指標ですが、まだ上虚下実との直接的な相関を示す研究は確立されていません。
上虚下実の測定は「部分的には可能」だが「全体像の把握は未来の課題」。 現時点では、熟練した指導者の観察眼と、上記の客観指標を組み合わせることが最善のアプローチです。計測技術の発展により、いずれこの東洋的な身体観が科学的にも解明される日が来ることを期待しています。
補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
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Peterka, R. J. (2002). Sensorimotor integration in human postural control. Journal of Neurophysiology, 88(3), 1097–1118. ↩︎