【178】考え続けることが、体の反応を長引かせる

Sep 01, 2026

出来事は終わっても、体の中では終わっていない

会議で言われた一言が、帰宅してからも頭を離れない。

「あの言い方は何だったのだろう」 「もっと別の返し方があったのではないか」

布団に入っても会話を再生し、翌日の展開まで何通りも予測する。相手はもう目の前にいないのに、肩は上がったまま、あごは固く、呼吸も浅い。こういう経験はないでしょうか。

私たちはこれを、つい「考え方の癖」や「気にしすぎる性格」の問題として扱います。けれど、反芻にはもう一つ見落としやすい側面があります。

考え続けることは、終わった出来事を体の中で延長することでもあるのです。

過去の嫌な出来事を繰り返し考えることを反芻、これから起こるかもしれない問題を繰り返し考えることを心配と呼びます。両者をまとめた概念が、反芻的認知(同じ否定的な考えが長く続くこと)です。

ストレスは「その瞬間」だけに起きるわけではない

従来のストレス研究は、厳しい質問をされたとき、失敗したとき、危険に直面したときなど、出来事の最中に起きる反応を主に調べてきました。

しかし2006年のレビューは、ストレスにはその前後があると指摘しました。まだ起きていない出来事を何度も予期したり、終わった出来事を頭の中で反復したりすると、ストレスに関連する感情や生理反応が、出来事の前から始まり、終わったあとにも続く可能性があります[1]

この仮説を検討した2016年の系統的レビュー・メタ分析では、健常者を対象とする60研究が統合されました。その結果、反芻的認知は、実験研究では高い収縮期・拡張期血圧と関連し、実験研究と相関研究の双方で、高い心拍数とコルチゾール、低い心拍変動(HRV)と関連していました[2]

つまり、嫌な出来事を思い出すたびに、体は単なる「過去の記録」を読んでいるとは限りません。心拍の速さや血圧、ストレスに関わるホルモン、自律神経の調整まで含めて、その出来事に応じる状態が続くことがあるのです。

もちろん、反芻が特定の病気を直接引き起こすと、この研究だけから断定することはできません。メタ分析でも、関連の大きさは指標や研究条件によって異なり、性別、反芻を起こす方法、測定時間、研究の質などにも左右されていました[2]。それでも、「考えているだけだから体には関係ない」とはいえないことは、かなり明確になってきました。

問題解決と反芻は、似ているようで違う

考えること自体が悪いわけではありません。

問題解決には、次の行動や一区切りがあります。「明日、本人に確認する」「必要な資料を準備する」と決めたら、いったん離れることができます。

一方、反芻では、同じ問いが形を変えながら戻ってきます。

  • なぜあんなことを言われたのか
  • 自分の何が悪かったのか
  • また同じことが起きたらどうしよう

考えるほど答えに近づくようで、実際には同じ場所を回り続ける。しかも、その間も肩や胸、お腹は出来事に備えたままです。頭の中の会議が終わらないため、体も「もう対応を終えていい」と判断するきっかけを持ちにくくなります。

ここで「考えないようにしよう」とすると、さらに苦しくなることがあります。考えていないかを確認するには、結局その考えを見張り続けなければならないからです。思考を止めようとする努力が、もう一つの思考の仕事になってしまいます。

必要なのは、頭の中で思考によって解決をはかることではありません。

体を動かすことに希望はある

では、頭の外へ出る方法はあるのでしょうか。

2025年に発表された系統的レビューは、反芻や心配などの反復的な否定思考に対する身体活動介入19研究を整理しました。運動やヨガ、身体活動と心理的トレーニングを組み合わせた介入などには、否定的な思考の反復を減らした研究が複数ありました[3]

ただし、どんな運動でも同じように働いたわけではありません。対象者、運動の種類、期間、強度によって結果にはばらつきがあり、健康な人では効果が小さい、または不安定な研究もありました。身体活動だけで十分ではなく、心理的な取り組みと組み合わせたときに良い結果が出た研究もあります[3]

それでも、ここには希望があります。反芻に対して、身体を含む別の入口からも関われる可能性があるということです。

ボディワークで、注意の行き先を増やす

私がボディワークで大切だと考えているのは、反芻を力ずくで消すことではありません。思考に占領されていた注意が行ける場所を、少しずつ増やすことです。

たとえば、足裏と床の接点を感じます。右と左では、どちらに重さが多いでしょうか。歩くなら、足が床に触れ、体重を受け取り、また離れていく変化を感じます。イスに座っているなら、坐骨にかかる重さや、吐く息で肋骨が小さくなる動きを確かめます。

ここで大切なのは、身体感覚だけに集中することではありません。思考が残っていてもかまいません。JINENでいうアンカーは、意識の一部を足裏や坐骨の重さなどに置いておく方法です。わずかでも体の感覚に注意を残せれば、注意の世界は思考だけではなくなります。

立って行うなら、足裏と床の接点で重さを支え、反力を受け取る床支点も手がかりになります。自分の力だけで頭を静かにしようとするのではなく、床に体重を預け、外から支えられていることを感じる。すると思考から、一瞬でも離れやすくなります。

これは、足裏を感じれば血圧やコルチゾールが下がる、という主張ではありませんが、私が伝えたいのは、反芻に対して、思考の内容を変える以外にも対処する方法があるということです。

考えが戻ってきたら、また足裏へ。数秒後に再び考えていたら、また坐骨や呼吸へ。その往復は失敗ではありません。戻るたびに、注意の行き先を一つ増やす練習をしていると捉えてみてください。

問題が完全に解決していなくても、体は今いる部屋の床に触れています。過去の会話を再生しながらでも、現在の重さや呼吸を感じることはできます。

「反芻しない人」になる必要はありません。考え続けている自分を責めるのでもなく、考えに飲み込まれたまま耐えるのでもなく、何度でも体へ戻れる道をつくる。

頭が休まらない夜は、答えを出す前に、まず体が触れている場所を一つ感じてみてください。考えを止められなくても、今へ帰ることはできます。

補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。

考えが止まらない状態が長く続き、睡眠や仕事など日常生活に支障が出ている場合は、専門機関にご相談ください。

参考文献

  1. Brosschot JF, Gerin W, Thayer JF (2006). The perseverative cognition hypothesis: a review of worry, prolonged stress-related physiological activation, and health. Journal of Psychosomatic Research, 60(2), 113-124. PMID: 16439263. doi: 10.1016/j.jpsychores.2005.06.074. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16439263/

  2. Ottaviani C, Thayer JF, Verkuil B, Lonigro A, Medea B, Couyoumdjian A, Brosschot JF (2016). Physiological concomitants of perseverative cognition: A systematic review and meta-analysis. Psychological Bulletin, 142(3), 231-259. PMID: 26689087. doi: 10.1037/bul0000036. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26689087/

  3. Wang S, Lu M, Dong X, Xu Y (2025). Does physical activity-based intervention decrease repetitive negative thinking? A systematic review. PLOS ONE, 20(4), e0319806. PMID: 40168446. PMCID: PMC11960971. doi: 10.1371/journal.pone.0319806. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40168446/

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