いつも気を張っている。他人を警戒してしまう。一度動揺するとなかなか元に戻れない。
こうした状態は、「ストレスに敏感すぎる」だけでは説明できません。幼少期の逆境体験(Adverse Childhood Experiences、ACE)と成人後の生理反応を調べた研究から見えてくるのは、反応の強弱よりも、必要に応じて切り替わる幅の問題です。
反応は大きくなるとは限りません
2022年の系統的レビューとメタ解析では、37文献から得た83研究を統合し、急性の実験室ストレスに対する心血管系とコルチゾールの反応を検討しました。その結果、ACEへの曝露が多いことは、全体として反応の相対的な鈍さと関連していました[1]。
これは「打たれ強い」という意味ではありません。心拍や血圧、コルチゾールの変化は、目の前の課題に対処するための準備でもあります。必要な場面で反応が十分に立ち上がらない可能性があるため、著者らは結論で「ストレス反応システムの複数要素の調節不全」と表現しています。
一方、2026年に大学生159名を対象として行われた研究では、ACEの数が多いほど、課題中の収縮期・拡張期血圧の上昇が小さく、課題後は拡張期血圧の回復が不十分でした[2]。ただし、これは1回の実験室研究であり、「すべての生理反応が戻りにくい」と一般化はできません。
つまり、現時点の知見に近い表現は、単純な過敏や鈍麻ではなく、状況に応じた身体の調整がうまく働きにくい可能性がある、というものです。
「切り替え」を理解するための3つの状態
この「切り替え」を考えるとき、ひとつの地図になるのがポリヴェーガル理論です。
ポリヴェーガル理論では、自律神経の働きを大きく3つの状態に分けて捉えます[3]。
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腹側迷走神経系が働く状態
安全を感じ、人の顔を見たり、声を聞いたり、自分の考えを言葉にしたりしやすい状態です。体は落ち着いていますが、ただ力が抜けているのではなく、必要なら動ける余力も残っています。 -
交感神経系が働く状態
闘う・逃げるために心拍や筋緊張を高め、行動のエネルギーを出す状態です。交感神経は悪者ではありません。仕事に集中する、危険から離れる、意見を伝えるといった場面には、この動員が必要です。 -
背側迷走神経系が優位になる状態
これ以上は対処できないときに、動きを止め、エネルギー消費を抑える状態だと説明されます。ぼんやりする、何も感じにくい、体が重く動けないといった反応を、この枠組みでは「シャットダウン」として捉えます。
大切なのは、どれかひとつを「よい状態」として固定することではありません。安全な場面では人とつながり、必要な場面では交感神経の力を借り、危険が去ればまた落ち着く。状況に合わせて移り、そして戻れることが重要だと、この理論は考えます。
ただし、これは自律神経が3本の独立したスイッチで動く、という意味ではありません。実際の反応は重なり合い、同じ人でも場面によって変わります。
ポリヴェーガル理論には論争があります
ここは、はっきり分けておく必要があります。
ポリヴェーガル理論は、トラウマや対人場面で起きる反応を理解する地図として広く使われています。一方で、腹側・背側という迷走神経の機能分担、進化の順序、呼吸性洞性不整脈(呼吸に伴う心拍の揺らぎ)の解釈など、中核となる生理学的説明には強い批判があります。2026年には迷走神経、自律神経、比較生理学などの専門家らが、主要な前提は現在の神経解剖学・生理学では支持できないとする評価を発表しました[4]。これに対してPorgesは、批判側が理論を単純化して捉えているとして反論しています[5]。
したがって、3つの状態を確定した解剖学的事実として扱うことはできません。それでも私は、「いまは安心して人とつながれる状態か」「動いて対処する状態か」「止まって身を守る状態か」と分けて観察することには、実践上の価値があると考えています。理論の生理学的説明に論争があっても、反応を性格や意志の弱さだけで片づけず、状態として見るための地図にはなるからです。
切り替わりにくいと、何が起こるのか
問題は、交感神経が働くことでも、動けなくなることでもありません。必要があって始まった反応が、場面が変わっても終わりにくいことです。
動員された状態から戻りにくければ、何も起きていないときも周囲を警戒し、首や肩を固め、呼吸を浅くしたまま過ごす可能性があります。人の表情や声を危険寄りに受け取り、休んでいるのに体は休めていない、ということも起こります。
反対に、止まる反応から動員へ移りにくければ、頭では「やらなければ」と分かっていても体が動かない、考えがまとまらない、人との関わりを避けたくなる、といった状態が続くことがあります。外からは落ち着いて見えても、本人は安心しているのではなく、感じること自体を小さくして耐えているのかもしれません。
また、ずっと緊張して動き続けたあとに急に何もできなくなるように、過活動とシャットダウンのあいだを大きく往復する人もいます。これは診断ではなく、現場で状態を見分けるための見方です。ACE研究が示した「反応の鈍さ」や「回復の不十分さ」も、単純な強弱ではなく、こうした調整の幅という視点で見ると理解しやすくなります。
大事なのは切り替えられること
この見方に立つと、緊張をただ下げ続けることが目標ではなくなります。 必要なときには反応し、終わったら落ち着く。その行き来を少しずつ取り戻すことが大切です。
JINENのアプローチも余計な力を足すのをやめ、本来の調整が働ける余地をつくる考え方です。
たとえば足裏に体重を預け、床から返る力を受け取る床支点は、自分の筋力だけで姿勢を保とうとする負担を減らします。少し床を押して、また預ける。力を入れることと抜くことのどちらかに固定せず、小さく行き来するのがポイントです。
これはACE研究が効果を実証した方法ではなく、研究から得られる「強弱より調整」という視点を、JINENの実践に引き寄せた解釈です。過去の体験による反応がボディワークで変わると、今回の研究から断言することもできません。
それでも、ここまで慎重に書いたうえで言えば、私は体から取り組む意味は大きいと考えています。現場では、ずっと力が抜けなかった人が、床に支えを預ける一瞬を見つけたり、固まったあとに小さく動き直せたりすることがあります。大きな変化より先に現れる、こうした小さな「切り替え」が大切です。
切り替えにくさは、弱さの証明ではありません。過去の環境に合わせて身についた反応である可能性があります。だからこそ、別の条件のもとで、新しい反応を体に経験させていく可能性まで閉ざす必要はありません。
頭で「もう大丈夫」と言い聞かせるだけでは変わりにくかった人も、あきらめる必要はありません。床のように変わらず支えてくれるものを使い、上がる・下がる、動く・休むを小さく往復する。そうしたボディワークの積み重ねが、体だけでなく、楽に生きられる幅を広げる入口になると私は考えています。
補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
この記事は、過去の体験の評価や診断を目的とするものではありません。つらさが続く場合は、専門機関にご相談ください。
参考文献
1. Brindle RC, Pearson A, Ginty AT (2022). Adverse childhood experiences (ACEs) relate to blunted cardiovascular and cortisol reactivity to acute laboratory stress: A systematic review and meta-analysis. Neuroscience and Biobehavioral Reviews, 134, 104530. PMID: 35031343. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35031343/
2. Costello AM, Plagge A, O'Riordan A (2026). Adverse Childhood Experiences Are Associated With Blunted Cardiovascular Reactivity and Poorer Recovery From Acute Psychological Stress. Psychophysiology, 63(5), e70307. https://doi.org/10.1111/psyp.70307
3. Porges SW (2025). Polyvagal Theory: Current Status, Clinical Applications, and Future Directions. Clinical Neuropsychiatry, 22(3), 169–184. PMID: 40735382. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40735382/
4. Grossman P, Ackland GL, Allen AM, et al. (2026). Why the Polyvagal Theory Is Untenable: An International Expert Evaluation of the Polyvagal Theory and Commentary upon Porges, S.W. (2025). Clinical Neuropsychiatry, 23(1), 100–112. PMID: 41768017. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41768017/
5. Porges SW (2026). When a Critique Becomes Untenable: A Scholarly Response to Grossman et al.'s Evaluation of Polyvagal Theory. Clinical Neuropsychiatry, 23(1), 113–128. PMID: 41768026. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41768026/