はじめに:誰に教わったわけでもないのに
朝、目が覚めたとき。長い会議のあと。デスクから立ち上がったとき。
私たちは大きく口を開けてあくびをしながら、両腕を上げ、背中を反らせ、全身を突っ張らせます。
この動作を、誰かに教わった記憶はないと思います。それでも、世界中の人が同じ形でやっています。それどころか、犬も猫も、ほとんど同じ形で伸びをします。
教わっていないのに、種を超えて同じ形をとる。 これは、その行動に何らかの機能がある可能性を示しています。
この現象には「パンディキュレーション」という名前がついています。
🎯 この記事で伝えたい3つのこと
1. あくびと伸びは、多くの動物に共通する定型的な行動である
2. 休息と活動の切り替わりに起きることが知られている
3. 休んでいるあいだに生じた体の変化を、埋め合わせている可能性が提唱されている
1. 種を超えて、ほぼ同じ形をとる
動物行動学の分野では、この伸びの現象が古くから記載されてきました[1]。
そこでの記述によれば、これは系統的で協調した伸びであり、多くの動物種のあいだでほぼ同一の一般形をとる複合的なパターンとして現れます。四肢と体幹を力強く伸展させ、突っ張らせるような形です[1]。
そしてこれは、ヒトにおける相同の行動、つまり私たちが毎日している「伸び」と同じものだと位置づけられています[1]。
犬が前脚を伸ばして背中を反らせる姿と、あなたが朝ベッドの上でする伸びは、生物学的に同じ行動だということです。
いつ起きるのかも特徴的です。パンディキュレーションは、周期的な生物学的行動の移り変わり、とくに睡眠と覚醒のリズムの切り替わりに生じるとされています[2]。
あくびについても、口や呼吸器、上部の背骨の筋肉に及ぶパンディキュレーションの特殊な例として扱われます。伸びとあくびが同時に起こるとき、それはストレッチ・あくび症候群と呼ばれ、睡眠のあとに中枢神経系を覚醒状態へリセットする働きと関連づけられています[2]。
つまり、あくびは「眠いから出るもの」というだけではないかもしれません。モードを切り替えるための装置という側面がありそうなのです。
2. 「休んだ体」を埋め合わせているのかもしれない
では、この行動には具体的にどんな機能があるのでしょうか。
ここからは、確立した事実ではなく提唱されている仮説として読んでください。
徒手療法の分野から出された考察では、パンディキュレーションが筋膜系(全身をつなぐ膜状の組織のネットワーク)の働きを保つ役割を持つのではないか、と論じられています[2]。
具体的には、2つの働きが挙げられています[2]。
- 体の各部をつなぐ適切な連結を発達させ、保つこと
- 姿勢を支える持続的な筋を定期的に働かせることで、組織にかかっている張りの状態を整え直すこと
そしてこの論考には、こんな一文があります。
パンディキュレーションは、その特異的で力強い筋活動によって、休息期間や最適でない動きがもたらす機械的な信号を代償する手段かもしれない[2]。
言い換えるとこうなります。じっとしていた時間や、偏った動きばかりだった時間に体が受け取った信号を、伸びによって埋め合わせているのではないか、ということです。
関連する近年の論考では、こうした自発的な動きが「遺伝的に受け継がれた自己調節の行動」の一部として位置づけられています[3]。
ただし、これらはいずれも仮説の段階にあります。実験によって直接検証されたものではない点は、押さえておく必要があります。
JINENの言葉でいうと
この考え方は、JINENボディワークの発想とよく響き合います。
私たちは「じっとしていると体は固まる」という話をしてきました。動かさないでいると組織は硬くなり、動かすとやわらかさが戻る。これは体の性質として知られていることです。
パンディキュレーションの仮説がおもしろいのは、それがその問題に対する、体自身の答えとして読めるところです。固まるという現象があり、そして固まりを埋め合わせる行動が、教わらなくても備わっている。
だとすれば、伸びは我慢するものではありません。
デスクワークの途中で伸びをしたくなったとき、私たちはつい「行儀が悪い」と思って抑えてしまいます。でも、体が出そうとしているその信号は、長時間の不動に対する体からの要求かもしれない。
ここから、実践としてお伝えできることがあります。
出てきた伸びを抑えないこと。 そして、せっかくなら少し丁寧にやってみてください。突っ張らせたあと、ゆっくり抜いていく。この「力を入れてから抜く」の対比があると、体は緩んだ状態を認識しやすくなります。
JINENで「メルティング」と呼んでいる、溶けるように力が抜けていく感覚も、こうした自然な伸びのあとに訪れやすいものです。
もうひとつ大事なのは、これが誰にでも備わっている働きだということです。特別な技術ではありません。動物も赤ちゃんもやっています。
私たちがボディワークでやっていることの多くは、新しい能力を足すことではなく、もともとある働きを取り戻すことです。伸びをするという、あまりに当たり前の行為の中にも、その原型があるのかもしれません。
補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
1. Fraser AF (1989). Pandiculation: the comparative phenomenon of systematic stretching. Applied Animal Behaviour Science, 23(3), 263–268. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0168159189901172
2. Bertolucci LF (2011). Pandiculation: nature's way of maintaining the functional integrity of the myofascial system? Journal of Bodywork and Movement Therapies, 15(3), 268–280. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21665102/
3. Begin J, Bertolucci LF, Blostein D, Minasny B (2022). Characterizing a common class of spontaneous movements. International Journal of Therapeutic Massage & Bodywork, 15(3), 4–17. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36061228/