はじめに:同じことを教えても同じ動きにはならない
同じ説明を聞いて、同じ手本を見ているのに、出てくる動きは人によってまるで違います。
そして、同じ人でも日によって違います。昨日できたことが今日できない。硬い床ではできるのに、畳の上ではできない。ひとりでやるとできるのに、相手がいるとできない。
これを「集中力の問題」や「反復不足」で片づけてしまうと行き詰まります。
運動学の分野には、この現象をきれいに説明する枠組みがあります。動きは、脳が一方的に命令して作るものではないという見方です。
🎯 この記事で伝えたい3つのこと
1. 動きは、体・環境・課題という3つの条件が重なったところから生まれる
2. 床や道具は「外部の条件」ではなく、動きを形づくる一部である
3. 動き方を直すより、条件を変えるほうが早いことがある
1. 動きを決めている3つの条件
運動発達の研究に、動きの成り立ちを3つの制約から捉えるモデルがあります[1]。
個体の制約は、その人自身の条件です。身長、体重、手足の長さ、筋力、その日の疲労、意欲。
環境の制約は、その人を取り巻く条件です。床の硬さ、地面の傾き、明るさ、温度、周囲の人の存在。
課題の制約は、何をしようとしているかの条件です。目的、道具、ルール、制限時間。
このモデルが言っているのは、動きはこの3つが重なり合った中から立ち上がってくるということです[1]。脳の中に「正しい動きの設計図」があって、それを再生しているのではありません。
だとすれば、3つのうちどれかが変われば、出てくる動きは変わります。同じ人が同じつもりでやっても、床が変われば動きが変わるのは当然だということになります。
2. 環境は、動きの外側にあるのではない
この見方をさらに進めたのが、身体と環境の対話を重視するアプローチ(エコロジカル・ダイナミクス)と呼ばれる枠組みです。
ここでは、熟練した動きを「頭の中に運動の記憶を蓄えた結果」とは考えません。行為する人と環境との、絶え間ない相互作用から生まれてくるものとして捉えます[2]。
もともとこの発想の土台には、環境そのものが行為の可能性を差し出しているという考え方があります[3]。床は「そこに在るだけの平面」ではなく、押し返してくれる相手です。道具は「持たされている物体」ではなく、動きを引き出してくれる相手です。
つまり、環境は動きの外側の条件ではありません。動きを構成している要素の一部です。
この視点は、指導のあり方も変えます。この枠組みでは、指導者は「最適な動き方を指示する人」ではなく、動きが立ち上がる環境を設計する人として位置づけられます[2]。動きを直接教え込むのではなく、条件のほうを操作することで、その人に合った動きを引き出していく。
3. なぜ、条件を変えると動きが変わるのか
もう少し踏み込むと、こういう説明ができます。
人間の体には、関節も筋肉も膨大な数があります。理屈のうえでは、ひとつの動作をするのに無数の組み合わせがありえます。それなのに、なぜ私たちは滑らかで再現性のある動きができるのか。これは古くから「自由度問題」として問われてきました[4]。
ひとつの答えが、環境と結びつくことで、制御すべき自由度が減るというものです。
床に足をつければ、その瞬間から足は自由に動かせる部品ではなくなります。壁に手をつけば、腕の可能性は制限され、そのかわり動きはまとまりやすくなります。制限されることが、そのまま安定を生む。
だから「動きが定まらない」とき、動き方を細かく指示しても効きにくいのです。それよりも、接する条件を変えるほうが早い場面があります。
JINENの言葉でいうと
JINENボディワークの指導が「肩をこう動かして」ではなく、「床を感じてください」「ここに触れてみてください」という形をとってきた理由が、ここではっきりします。
これは動きを教えていません。条件を変えているのです。
「床支点」も、この枠組みで読み直せます。
床は踏み台ではなく、動きを一緒につくっている相手です。「外から力をもらう」という言い方も同じで、私たちは自分の内側だけで動いているのではなく、環境と結ばれた状態で動いています。
そう考えると、練習の設計とは、制約の設計であると言い換えることができます。
何を持つか、どこに触れるか、どんな床の上か、どんな速さで。これらを選ぶことが、そのまま動きを選ぶことになります。
古武道で例えると、稽古で使う道具や間合いの取り方を変えるだけで、出てくる動きが変わります。同じことは、スポーツの練習メニューでも、リハビリの設定でも、楽器の練習でも起きているはずです。
ここから、自分の練習に持ち帰れることがあります。
うまくいかないとき、私たちは「もっと意識しよう」「もっと正しくやろう」と、自分の動かし方ばかりを調整しがちです。しかし変えられるものは、それだけではありません。
- 持つ物の重さを変えてみる
- 触れる場所を変えてみる
- 速さを変えてみる
- 目を閉じてみる
- 床や履物を変えてみる
条件をひとつ変えるだけで、動きが勝手に整うことがあります。それは、自分の努力が足りなかったからではありません。その動きが立ち上がる条件が、まだ揃っていなかっただけです。
自分を変えようとする前に、自分と世界のあいだにあるものを変えてみる。この順番を持っておくと、身体の探求はずいぶん楽になります。
補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
1. Newell KM (1986). Constraints on the development of coordination. In Wade MG, Whiting HTA (Eds.), Motor Development in Children: Aspects of Coordination and Control (pp. 341–360). Martinus Nijhoff, Dordrecht.
2. Woods CT, McKeown I, Rothwell M, Araújo D, Robertson S, Davids K (2020). Sport practitioners as sport ecology designers: how ecological dynamics has progressively changed perceptions of skill "acquisition" in the sporting habitat. Frontiers in Psychology, 11, 654. https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2020.00654/full
3. Gibson JJ (1979). The Ecological Approach to Visual Perception. Houghton Mifflin, Boston.
4. Bernstein NA (1967). The Co-ordination and Regulation of Movements. Pergamon Press, Oxford.