はじめに:慣れた動作ほど、雑になる
長くやっている動作ほど、考えずにできるようになります。これは上達です。
ところが同時に、こんなことも起こります。慣れた動作ほど、いつのまにか雑になっている。ずっとやってきたはずなのに、あるとき急に大きく崩れる。自分では気づかないまま、少しずつ形が変わっていた。
「体が覚えている」ことは良いことのはずです。それなのに、なぜズレていくのでしょうか。
運動制御の研究を見ていくと、この一見矛盾した現象が、同じ仕組みの表と裏であることが分かってきます。
🎯 この記事で伝えたい3つのこと
1. 脳は感覚を待たず、結果を予測して動いている
2. 予測があるから、速い動きが可能になっている
3. 予測は感覚で較正し続けないとズレていく
1. 感覚を待っていたら間に合わない
まず、体の反応にどれくらい時間がかかるのかを見ておきます。
腕に外から力が加わったときの応答(一般に伸張反射と呼ばれるもの)を測ると、いくつかの段階に分かれます。もっとも早い短潜時の伸張応答でおよそ25〜50ミリ秒、次の長潜時の伸張応答でおよそ50〜100ミリ秒かかります[2]。自分の意思による反応は、さらに遅れます。
ここで補足しておくと、これらは単純な「反射」ではありません。近年の研究では、長潜時の応答は課題の目的に応じて柔軟に変化する、かなり高度な制御であることが示されています[2]。体が返す反応は、思われていたより賢いのです。
それでも、時間はかかります。
ボールを投げる、ラケットを振る、踏み込む、つまずいて体勢を立て直す。こうした速い動きが完結するまでの時間を考えると、「感覚が返ってきてから修正する」というやり方だけでは、リアルタイムの調整には限界があることが分かります。
では、どうやって速い動きを制御しているのでしょうか。
2. 脳は結果を予測している
答えは先回りです。
運動制御の研究では、小脳が体という運動装置の「内部モデル」を持っているという考え方が提示されています[1]。頭の中に、自分の体と道具の性質を写し取った模型があるようなイメージです。
この内部モデルには2種類あるとされます。ひとつは、目標とする動きを実現するための神経の指令を生み出すもの。もうひとつは、行為の結果を予測することで、感覚フィードバックにつきまとう時間の遅れを克服するものです[1]。
後者が重要です。
古武道で例えると、刀を握って振り始める時点で、脳はすでに「この重さと長さのものを、この速さで振れば、肩にはこのくらいの力が返ってくる」という予測を持っている。だから、返ってくる前に、あらかじめ関節の硬さや筋の張り具合を設定できる。
「柄から返る圧を感じた瞬間、肩が安定する」という体感は、この予測が的中して、関節がちょうどよい硬さで働いた瞬間のものだと考えられます。関節が緩すぎれば道具に振り回され、固めすぎれば筋力頼みの動きになります。ちょうどよさは、予測によって作られています。
同じことは、重い荷物を持ち上げる瞬間にも起きています。持つ前から「これくらいの重さだろう」と見積もって体を用意している。だから予想より軽いと体が跳ね上がり、予想より重いとガクンと崩れる。日常の何気ない動作も、予測の上に成り立っているわけです。
3. 予測はズレていく
ここまでは良い話です。問題はこの先にあります。
内部モデルは経験によって作られたものです。ということは、実際の体や状況が変わればモデルはズレていきます。
体は日々変わります。疲れている日、寝不足の日、年齢を重ねた体。道具も変わります。それなのに、予測モデルだけが昔のまま更新されていなければ、予測と現実の間に少しずつ差が生まれます。
そしてやっかいなのは、予測だけで動いているときはそのズレに気づきにくいということです。感覚を照らし合わせていないのですから当然です。
「慣れた動作ほど雑になる」「長くやっていると気付かないうちに崩れていく」というのは、こういう状態だと考えられます。予測が独走して較正されていない。
だとすれば、感覚フィードバックの役割は「その場で動きを直すこと」だけではありません。次の動きに向けて、予測モデルを較正し続けることのほうが、本質的な役割かもしれません。
フィードフォワードとフィードバックは、対等に並ぶ2つの仕組みというより、予測が主役で、感覚はそれを整備し続ける係という関係にあると考えられます。
JINENの言葉でいうと
JINENボディワークで「毎回、感じながら動いてください」とお伝えしてきた理由が、ここにあります。
同じ動きを何百回繰り返しても、感じていなければそれは予測モデルの独走を強化しているだけかもしれません。回数は増えてもズレは較正されない。
逆に、一回一回に感覚を通わせながら動けば、そのたびに予測が現実と照らし合わされます。回数ではなく、較正の回数が動きの質を決めているとも言えます。
ゆっくり動くことにも意味が出てきます。速い動きは、予測に頼るしかありません。しかしゆっくり動けば、感覚が間に合います。ゆっくりやるのは易しくするためではなく、較正できる速度まで落とすためです。
武道で例えると、型稽古も同じように読み直せます。決まった形を繰り返すのは、形を固めるためではありません。同じ条件で繰り返すからこそ前回との違いに気づける。違いに気づけることが、較正の機会になります。
これは武道に限りません。フォーム練習、素振り、基礎練習、ウォーミングアップのルーティン。決まった動きを繰り返す習慣を持っている方は、それを「確認の機会」として使えます。同じことをやるからこそ、今日の自分のズレが見えるのです。
大事なのは、自動化そのものは悪くないということです。自動化がなければ、速く滑らかな動きは成り立ちません。問題なのは「感じない自動化」のほうです。
たまに立ち止まって、いつもの動作をゆっくりやってみる。そのとき「あれ、こんな感じだったかな」と違和感が出てきたら、それは較正が働きはじめた合図です。
補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
1. Wolpert DM, Miall RC, Kawato M (1998). Internal models in the cerebellum. Trends in Cognitive Sciences, 2(9), 338–347. https://www.cell.com/trends/cognitive-sciences/abstract/S1364-6613(98)01221-2
2. Pruszynski JA, Scott SH (2012). Optimal feedback control and the long-latency stretch response. Experimental Brain Research, 218(3), 341–359. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22370742/