はじめに:それは「支えている」のでしょうか
ふらつきそうなとき、壁や手すりに指をそっと添える。すると、体重を預けたわけでもないのに、なぜか安定します。
字を書くときも同じです。ペン先を紙に軽く当てて書くと、宙に浮かせて書くよりずっと文字が安定します。
こうした現象を、私たちはつい「支えているから」と説明してしまいます。ところが姿勢制御の研究は、体を支えられないほど弱い接触でも体は安定することを示しています。
支えていないのに安定するなら、そこで起きているのは力学ではなく、別の何かです。
🎯 この記事で伝えたい3つのこと
1. 体を支えられないほど軽い接触でも、姿勢の揺れは減る
2. 接点は「力の出入口」であると同時に「情報の出入口」である
3. 「床を感じる」「ゆだねる」の正体は、接点から情報をもらうことにある
1. 100グラム分の力では、体は支えられない
姿勢制御の研究に、指先の接触と姿勢の揺れを調べたものがあります[1]。
参加者は、足を前後に一直線に並べた不安定な立ち方をします。この状態で、固定された金属バーに指先で触れる条件と、触れない条件を比べました。
触れる条件はさらに二つに分かれます。ひとつは好きなだけ力を加えてよい条件。もうひとつが、0.98ニュートン未満、およそ100グラムの重さに相当する力までしか加えてはいけないという条件です[1]。
100グラムというのは、卵2個ほどの重さです。この程度の力で、人ひとりの体を支えることはできません。
ところが結果は、この弱い接触が、思い切り力を入れた場合や、目を開けて周囲を見た場合と同じくらい姿勢の揺れを減らしたというものでした[1]。目を閉じて何にも触れていない条件と比べると、その差は明らかでした。
支えていないのに、安定する。ここに、この現象のおもしろさがあります。
2. 接点は「情報の出入口」でもある
では、何が体を安定させたのでしょうか。
指先が受け取っていたのは力ではなく情報です。
接点では、圧力の変化、摩擦、ごくわずかな振動、滑りの気配、触れている方向といった情報が、絶え間なく神経系へ送り返されています。体が右に傾けば、指先の圧力は変わります。その変化が「いま自分の体はどちらへ動いた」という報告になります。
神経系はこの報告を受け取って、筋肉の緊張度、関節の位置、重心の置きどころを、意識の下で微調整します。
つまり、こういう順序で安定が起きています。
接点 → 感覚情報 → 神経系の自動調整 → 体の安定
ここで意識は何もしていません。「まっすぐ立とう」と念じたわけでも、「体幹に力を入れよう」としたわけでもない。情報が入ってきたから、体が勝手に整ったのです。
私たちはこれまで、接点を「力を伝える場所」として捉えてきました。床反力、摩擦、張力。それは間違っていません。ただ、それだけではなかった。接点は力の出入口であると同時に情報の出入口でもあるのです。
JINENの言葉でいうと
JINENボディワークで「床を感じてください」とお伝えする理由が、ここにあります。
床支点は、情報支点でもあります。 床は体を支えているだけでなく、「いまここに重心がある」という情報を送り続けてくれています。それを受け取れるかどうかで、体の整い方が変わります。
おもしろいのは、床からの反力は感じる前からずっとそこにあったということです。物理的には何も増えていません。変わったのは、その情報を神経系が使うようになったことだけです。だから「感じようとした瞬間に体が変わる」という、一見不思議な現象が起きます。
これは5原則の第一に「感じる」を置いていることの意味でもあります。感じることは、確認作業ではありません。感じること自体が、体を変える働きかけになっています。
そして「ゆだねる」の正体も、ここから見えてきます。ゆだねるとは、ただ力を抜くことではありません。接点から返ってくる情報を使って、無意識の自動制御に仕事を任せることです。意識で体を操作するのをやめ、情報を受け取る側にまわる。その結果、体は軽く、自然に動きます。
外から力を「もらう」という感覚も同じ方向を向いています。私たちは無重力空間に浮かんで体だけを動かしているのではありません。床があり、道具があり、相手がいる。そこから力と情報の両方をもらいながら動いています。
まずは、立っているときの足裏に注意を向けてみてください。押し返してくる感じ、体重が乗る位置、その微妙な移り変わり。それを感じ取ろうとするだけで、余計な力みが引いていくのが分かると思います。
補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
1. Jeka JJ, Lackner JR (1994). Fingertip contact influences human postural control. Experimental Brain Research, 100(3), 495–502. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7813685/