はじめに:正しいフォームを、毎回コピーする?
「正しいフォームを、毎回まったく同じように反復する」。これは理想的な練習のように思えます。ところが運動科学の知見は、この直感に修正を迫ります。
動きのわずかなばらつきは、取り除くべき欠陥ではなく、学習と適応を支える大切な機能でありうるのです。この記事では、なぜ「ばらつき」が体にとって必要なのか、そしてそれがJINENの「正解のフォームはない」という発想とどうつながるのかを見ていきます。
🎯 この記事で伝えたい3つのこと
- 動きのばらつきは「ノイズ」ではなく、より良い動きを探すための力である
- 熟練者ほど、結果を一定に保ちながら、動き方は毎回変えている
- 上達の核心は「感じ分ける力」を高めることにある
1. ばらつきは「探索」の力
動きのばらつきについては、二つの見方があります[1]。ひとつは、ばらつきは神経系が消すべき望ましくないノイズだ、という伝統的な見方。もうひとつは、ばらつきは動きの探索を可能にし、より良い解を見つける助けになる、という近年注目される見方です。
運動学習のレビューは、後者を支持する知見を整理しています。ある程度のばらつきがあるからこそ、体はさまざまな動き方を試すことができ、最適でない動きに「はまり込む」ことを防げるのです[1]。中枢神経系は、体がもつたくさんの「自由度」(動かせる関節や筋肉の組み合わせ)を探索しやすくするために、あえて内側にばらつきを保っている、と考えられています。
2. 熟練者は「結果だけ」を揃えている
この分野の古典的な観察に、熟練した鍛冶屋のハンマー打ちの研究があります。多関節の動き(腕・肩・手首の使い方)は毎回わずかに異なっているのに、ハンマーの打点(最終的な結果)は驚くほど一貫している、というものです[1]。
これは何を意味するのでしょうか。体には、ひとつの動作に必要以上の自由度があります。熟練者は、それを無理に固定するのではなく、個々の関節の動きは毎回変えながら、それらを協調させて、最終的な結果だけを一定に保っているのです[1]。うまさとは「すべてのばらつきを消すこと」ではなく、ばらつきを賢く配分することだったのです。中枢神経系は、ばらつきを単に抑え込むのではなく、戦略的に構造化しています。
そして、上達の多くは「実行のなかの微妙な側面への感受性を高めること」からなる、と指摘されています[1]。つまり、より繊細に「感じ分ける」ことが上達の中心なのです。なお、ばらつきの意味は課題によっても違い、高い精度が求められる場面では変動を減らすことが有利になる一方、新しい動きの習得や探索が求められる場面では、変動を増やすことが有利に働きうると考えられています[2]。
JINENの言葉でいうと
この運動科学は、JINENボディワークの発想を明快に裏づけます。
まず、「正解のフォームはない」ことの科学的な根拠です。熟練者ですら、動きは毎回わずかに異なります[1]。ひとつの固定された「正解の形」を毎回コピーしようとすることは、むしろ体がもつ探索と適応の力を殺してしまいます。JINENが形をなぞることより「感じる」ことを重んじるのは、この知見と一致します。
次に、「感じ分ける」ことが上達の核心だということです。上達とは、実行のなかの微妙な違いへの感受性を高めることだと示されています[1]。これはJINENの5原則の第一に置かれた「感じる」と、そのまま重なります。より繊細に体の状態や力の流れを感じ分けられるようになることが、動きの質を高めていくのです。
そして、多様に動くことが適応力を育てるということ。同じ動きだけを繰り返すのではなく、多様な動きや状況を経験することが、環境に応じて柔軟に対応できる体を育てます。「固まらない」とは、ただ動く量が多いことではなく、多様に動けることなのです。
補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
1. Cohen RG, Sternad D (2009). Variability in motor learning: relocating, channeling and reducing noise. Experimental Brain Research, 193(1), 69–83. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2756422/
2. Editorial: The role of movement variability in motor control and learning, analysis methods and practical applications. Frontiers in Psychology (2023). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10435985/